夢幻の気持ち


まだ用事があるからと言う兄貴と別れて、一足先に帰ってきた。
内心、ソウルとヒビキを家に二人きりにするのは気が引けていた。
ヒビキの言動や行動、それから視線。
これらから俺は推測していた。

“ヒビキはソウルを好きなのではないか…。”

ソウルを盗られる。何度そう思ったことか。
盗られたくないから、どんなことをされても俺は拒まなかった。
基本的にソウルは俺を傷つけるような行為はしない。
しかし、“あの時”だけは、俺がどんなに嫌がってもやめてはくれなかった。
怖くて、今でも行為の前に発作を起こしてしまうこともある。
それでも拒まないのは、ソウルを俺の隣に繋ぎ止めておきたいから。

「………ソウルは嫌じゃなかったのかな」

事後の会話を盗み聞きしてしまった。ヒビキからも口止めされている。
遠巻きに二人を見ていたが、いつもと変わらない様子。
ソウルは器用な子じゃないから、嫌だったらヒビキのことを避けるだろう。

ソウルは避けてない。それはつまり、嫌ではなかったと言うことなのか?本人に聞きたいが、口止めされている為、聞けない。

胸が締め付けられるように痛かった。ソウルとヒビキの間に俺は入れない。
楽しそうに会話をしているのを、体育の授業で一緒に行動しているのを、いつも見てるだけ。
不安でたまらない。表には出さない、いや、出せない。
そういう風に、俺は変わってしまった。
ヒビキに口止めされたときに言えばよかった。

「ソウルは渡さない」

ヒビキは諦めた様子だが、きっと好きなままで居続けるだろう。
ソウルが拒まない限り。

頭が痛い、息が苦しい。不安な心を一人で抱えて、誰にも言えない。
既に何時間と俺は湯に浸かっている。ぬるくなったお湯はどんどん体を冷やしていく。
頬を滴が伝う。汗なのかお湯なのか、それとも…。

「お前まだ入ってたのか!?ふやけるぞ!」

突然ソウルが入ってきた。俺は微動だにせず、水面を見つめる。

「湯も冷めちまってるし、体だって…ほら、でるぞ」

腕を引かれ、浴槽からでる。
部屋に戻れば速攻でベッドに寝かされる。

「もう熱が出てきてる。まったく…なんであんな冷めきった湯に浸かってんだか」
「お前のことを考えていたら温度すら感じなかった」

ソウルの手が止まる。そう言えばこんなこと言ったのは初めてだったな。

「お、ま……な、なに言い出すんだ」

顔を赤くし、動きが鈍くなるソウル。
その襟首を力一杯引き、噛り付くようにキスをする。
俺には余裕なんてない。安心できる言葉が、温もりが欲しい。

「お前は、俺がいなくなっても笑っていられるか?」
「俺は、そんなの嫌だ。俺がいなくても笑ってるお前なんか、いらない…、いらない…!」

ソウルの胸に顔を押しつける。
どうしてだろう、涙がでない。でも、俺は泣いてる。

「俺はお前が消えてしまうのが怖い。お前のいない世界で生きていけるわけない」

ソウルは一言ずつ俺に言い聞かせるように話し出す。
頬に手が添えられ、上を向かされる。

「お前が笑うから俺も笑う。お前が泣くから、俺は笑うんだ」

ほら、ソウルが笑ってる。頬を伝う冷たい感覚、俺は、泣いている。
雫を舐めとられ、少しずつ、自分の心が落ち着いていくのが分かる。

「何があったか知らねぇが、俺が好きなのは…。………あ、愛し、てるの、は…ハートだけだから」

珍しいことを言う。それだけ俺が情けない顔をしてたのかな。
どもりながら慣れないことを言うソウルが愛しくてたまらない。

「だったら……ずっと俺のことを見てて。俺のために、笑って」

吐き出すことのできない不安はこれからも俺を苦しめるだろう。
そんな時はソウル、お前の笑顔を思い出すから。
どうか、俺のことをずっと好きでいて。


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