ソウルの心


「おれ、強くなって大人になったら、父さんとハートを守るんだ!…あと、シルバー兄ちゃんも」
そう宣言してソウルは空手を始めた。ソウルはもともと運動神経が良かったんだろう、メキメキと腕を上げていった。

「見ろハート!また優勝したぞ!」
勝ち取ったトロフィーを誇らしげに掲げ、俺に見せにくる。
当時の俺は体が弱く、あまり自分の部屋から出なかった。本当はソウルの試合の応援に行きたかったけれど、勉強があって応援に行けない。でも、試合が終わったらソウルは絶対に俺の所に来て話をしてくれる。
相手がどんな奴だったとか、ほかにもこんな奴がいたとか、試合はこんな風に勝ったとか。
身振り手振りで教えてくれる。
ソウルが俺を守ってくれるんだから、俺も俺なりにやれることをしたいと思って、辛い治療にも耐えた。
小学校6年の時、ソウルの最後の試合。俺は絶対に応援に行くと決めていた。
父さんや使用人の目を盗み、こっそり家を抜けだす。
試合会場ではちょうどソウルがウォーミング・アップをしているところだった。

「ハート!?お前家を抜けだしていいのか?」
「最後の試合は絶対応援に行くって決めてたんだ。はい」
「…おにぎり?」
「形は歪だけど…味は大丈夫だよ!絶対勝てよ、ソウル!!」
「ああ、任せておけ!」
ソウルの試合の順番が来た。俺は応援席へ移動する。ソウルの相手は体が年の割にはかなり大きく、力も強そう。
大丈夫か…?
しかし、心配は不要だった。体格の大きさはテクニックで補えばいい。ソウルの技は綺麗に決まり、見事勝利をおさめた。もちろん、他の試合も順調に勝ちぬいて行き、優勝。
トロフィーを受け取るソウルを俺は誇らしく見ていた。

「なあ、最近親父…お前の扱いが変じゃねぇか?」
突然話し出すソウル。なんでも、ソウルや兄貴には勉強を強要しないが、俺にだけ強要する。
進学先の学校も俺だけ名門私立中学。ソウル達は普通の市立中学。この差がおかしいというのだ。

「親父の野郎…何考えてるんだ?」
「直接聞きに行ってみようか」
ソウルは乗り気じゃないみたいだが、一緒に親父の部屋へ向かった。

「どういうことだ!説明しろっ!!」
親父の部屋から聞こえたのは兄貴の声。何事かと思い俺達は少しだけ扉を開け、仲を覗う。

「俺は知らない女と結婚なんてする気はない!」
「お前にはこの会社を大きくするため、存分に働いてもらう。その第一歩だ」
「ふざけるな!俺はあんたの駒じゃねぇ!!」
「喚きたければ喚けばいい。これはもう決まったこと。お前が成人したら挙式だ」
これって…政略結婚って言うやつ?今親父と話しているのは兄貴だから…兄貴が結婚するのか?

「……あのくそ親父、シルバーを駒だと?」
「ソウル…」
兄貴は何度か親父のことを呼んでいたが、親父は耳を傾けない。兄貴は頭を振り、扉の方へかけてきた。
俺達は慌てて隠れる。
すごい勢いで扉を開け、自室へと兄貴は走って行った。その眼からは涙が零れていて…。

「ハート…戻るぞ」
「でも…」
「もういい!親父と話すことは何もねぇよ…何も!!」
ソウルの目は明らかに怒りを宿していた。俺は声をかけることができず、ただ後ろをついて行くだけだった。

「親父は俺らのことも駒扱いするんだ…絶対そうだ…!俺は、こんな家出てってやる!!」
中学に上がって、本当にソウルは出て行った。
兄貴も留学してしまい、俺は家に一人。時々、本当に時々。半年に2回ほど電話がかかる。
ソウルからだ。

「ソウル、元気か?」
『俺は元気だ。お前は?』
「大丈夫だよ。勉強が難しくて夜あまり寝れてないけど…」
『馬鹿野郎!ちゃん寝ろよ。ただでさえお前は体が弱いのに…』

分かってる、そんなこと。今だって本当は熱が出て寝込んでいる。けれど、今俺とソウルを繋ぐのはこの電話だけ。

『…さむ』
「野宿してるのか?」
『まあな。結構生活のため?にはなるぞ』
「金持ちの子供が何をしてるんだか…」

そう、ソウルはしょっちゅう野宿をしている。学校も行っていないようだ。
自由だな…ソウルは。もし、兄貴みたいに俺達も結婚相手を決められたら、それはソウルが一番嫌う駒になるということ?
そんなのは、嫌だ。強くて、活動的で、いつも俺を引っ張ってくれるソウルが…俺の誇りだ。
それを、穢れさせはしない。


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