学パロ




結露のおきた窓を手で拭って、窓の向こうを眺めていた。その日は雨だった。
降り続く雨は冬という季節と相まって冷たく、空は雲に覆われていた。世界の全てが長年磨かれずにいたスプーンのように薄暗い。
教室の空気は息を吸って吐くのもなんだか重たく感じる。
どろどろと水たまりが増えていく校庭は乾くのに時間がかかりそうだと思った。

そういえば、隣の席の彼はまだ来てないなあ。もうすぐチャイムが鳴ってしまうのに。
遅刻だろうか、もしかして欠席だろうか。そうだったら寂しいなあ。

「あ、」

ぽつりと声が零れた。心配は無用だったらしい、淀んだ灰色の景色に迷い込んだ華やかな金色の髪。
傘もささずに大股で走りぬけていた。その勢いの良さにばしゃばしゃと跳ねる大きな水たまりがズボンを汚しているのも気にしない。
自分の視界を横切っていく途中、大きく鐘の音が響いた。「げ、しまった」そのような事を言っているのがここからでも分かる。その様子が面白くて、ふっと笑ってしまう。手すりに掴まりながら静かに見つめていた。しかしこちらの視線に気付いてしまったのか。急がないと先生に怒られるというのに、彼はにこやかに笑ってみせて、まるで久しぶりの再会とでもいうように、こちらに大きく手を振った。
どきりと心臓が跳ねて、降り返すべきか否か、状況的に。だけど自分に振ってくれたのだから、宙をさ迷う手をそろりと上げる。恥ずかしさから伝わるか伝わらないかという程度に、小さく振り返した。

「おはよう、ユウナ」
「う、うん、おはよう。風邪引いちゃうよ」

運がいい事に、先生はまだ教室には来ていなかった。ここまでの道のりで何度も怒声を浴びせられたようだけど、走って逃げきったらしい。
そうしてやってきた彼の髪や服や鞄から、ぼたぼたと零れ落ちる雫で教室がどんどん濡れていく。
私は今にも水たまりの出来そうな床を見つめていたが、当の本人は全く気にせず隣の席に腰を掛けてこちらを向き笑った。いやあ、ホント参っちゃうっスよね、雨を指差しながら冗談めいたよいにぼやいてみせる。いつも通りの彼の様子に、私は苦笑いをした。
べたりと力をなくした髪、とりあえず、鞄からタオルを取り出して差し出す。とても一枚じゃ足りない気もするが。

「サンキュー」
「うん。あの、傘は?」
「走ればオッケーだと思ったんだけど、ベタベタっスねえ」

髪をばさばさ乱暴に拭くと、周りに雫が飛び散っている。傘を持てば少しはマシだったのではという質問にけらけらと笑って答えてみせるが、その内容は…。
彼の足はとても速い事を知らないわけではないが、一体何がオッケーなのか。そこは私には分からなかった。

「帰りまで雨降ってたら、私の傘…」

そこまで告げて、言葉に詰まる。こういう時、何て言えば良いんだろう。
"入っていかない?"なんて、そんな誘い方私には出来なかった。上手に言葉が組み合わない。暖房の入った部屋のせいもあるかもしれないが、頬がどんどん赤くなるのを感じた。

「え、ひょっとして、傘入れてくれるんスか?やった!」
「あ…うん!良かったら…」
「止みそうにねえもんなあ、ありがとうユウナ」

ああ良かった。途切れた言葉でも伝わってくれた。不安をすっぽり包んでしまう彼の言葉に、ほっと胸を撫で下ろす。
そこにようやく戻ってきた担任、ワッカの怒声が響き渡って、取り払われたばかりの不安でまだ落ち着かない心臓が強く跳ねる。自分が怒られているわけではないのに、ぎくりと肩が反応をしてしまった事の恥ずかしさに、思わず俯いた。

「おいティーダ!お前どんな格好で…」
「げっ」
「げっじゃねえよお前…ジャージあんだろ!さっさと着替えな」

開けることなく置き去りにされていた鞄からジャージを取り出して抱えると、先生にずるずる引っ張られ連れ去られていった。着替えるついでに、お叱りを受けるのだろうか。へらず口を叩く彼と先生の言い争いはある意味学校の名物だったりする。
彼の去り際にそちらへ向けた視線ががっちり合って驚いた。「またこれだよ」不満で仕方ないというような顔で先生を親指で指し示すその動作に、吹き出してしまった。

どよどよと騒がしくなった教室で、私はまた窓の外を見る。
雨はまだ続いてくれるだろうか。


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