「手を繋いでいてください」
 俺の肩に額を寄せる孫兵がぽつりとそう言った。俺は「ああ」と返事をして、はじめから握っていたてのひらに力を込めなおした。ギュウと音がするくらいに。
「幼い頃、彼岸花の赤色がとても好きでした。屋敷の庭にたくさん派生していて、縁側から下駄も履かずに駆け寄っては手折っていました」
 言いながら足をぶらつかせる孫兵の足が土を掻く。忍装束を膝まで捲り上げ、白くさらけ出された素足の先が土色に染まる。
「茎をぽきりと折って、指先に触れた樹液を嘗めました。とても苦く、それでいて嫌いな味ではありませんでした。赤い花は机の上に飾っていれば、すぐに黒く変色していました」
 先を促すように、うん、と小さく相槌を打つ。
「だから毎朝、手折っては机の上に並べ、手折っては机の上に並べ、そんなことをしていたら、いつしか庭の彼岸花はすべて顔無しになっていました」
「すげー景色だな」
 くすりと笑いが溢れた。
「ええ、池の周りには細い茎がばらけた長さで生えているだけになっていましたからね。僕は庭の景色などどうでもよく、自分の机の上に楽園を作ろうとしていたのです」
「孫兵らしい」
「けれど、家の者がそれを許してはくれず、はじめの、いち、に本のうちは可愛い子供のすることだと許していたようですが、流石に度が過ぎてしまい、あるとき婆やや女中にすべて棄てられてしまったのです」
 握り合っていた手を一度開き、指を絡めた。ちらりと孫兵の顔を見ると、目を細めて時折眠っているような表情をする。秋がすぐ傍にいるこの穏やかな気温が、午前の委員会活動での疲れと相まって眠気を誘うのだろう。
「大量の彼岸花をどこかへやってしまった彼女たちの腕は、翌日、赤く爛れていました。どうしたのと伺わずとも、僕にはその原因がわかっておったのです、」
「花の毒だろう?」
 空いた手を孫兵の瞼の上にやって、やわらかな睫を撫でる。ふるりと震えたのは俺の指先に反応したのか、それとも過去の記憶の為か。
「……いいえ。ご存じの通り、僕の家系というものは毒を操ることを職にしています。僕自身は自らの血のこともありますし、幼い頃からの積み重ねもあり、毒に害されることはありませんが」
 あの時分、いつつやむっつの頃でしょうか、幼いこどもでしたから。僕から大切なものを奪った罪というのは、とても重かったのです。
「……それはお前が望んで行ったことか?」
 孫兵の頬は夕焼けの色に染まって橙色に滲んでいた。指の腹で輪郭を縁取れば、なまあたたかく感じる温度に、心が穏やかに染まる。
「ええ、してやったり、とほくそ笑んでました」
 肩口に気まぐれに頬をすりつけてくる孫兵は、猫のようで、こちらも首を傾けて髪同士をすりあわせた。
「それでも、彼女たちを思って泣いたのだろう?」
「……、それは、自分の力を操作出来なかった自分が情けなくて、です」
 眠るように目を細めたり、眉間に深い皺を刻んだり、孫兵は無意識に感情を押し殺すことが癖になっているようだ。
「安心しろ、もう時効だよ」
 腕を伸ばし、ふたりの隙間を埋めるように孫兵の体を引き寄せ、肩を撫でる。
「ただ、情けないだけだったんです」
 眠りに落ちる前のように瞬きを繰り返す孫兵の目元から、一滴の感情が溢れ出たのを親指で掬い取った。
「僕の毒は、酷く人を傷つけてしまう。いつだって、いつだって」
 親指で救いきれないほど溢れてくる、孫兵の感情に、こちらまで泣きたくなる。孫兵が毒を持った生き物に多大なる愛を注ぐのはきっと、彼らが孫兵の毒に侵されることがないからなのだろう。俺たちのような人間は、孫兵のように毒術使いとして育てられた人間の毒に耐性がないのだから、抗っても蝕まれてしまうのは仕方のないことなのだ。
「お前は、優しい子だよ」
 静かに泣く孫兵をきつく抱きしめて、囁いた。お前の毒に蝕まれてしまえるのなら、本望だ。そう言いたい気持ちを腕の力に込めた。俺がそんなことを言うと、きっと孫兵は俺を思って俺と距離を置いてしまうだろう。

「傍に、居てください」
「言われずとも此処に居る」
「離れ、ないで、ください」
「俺がお前を離さないさ」
 もう何も言うなと、唇を塞げば流れ落ちた涙の味がした。

 夏を過ぎた風は生温く俺たちを攫っていこうとする。それを拒むように、夕暮れの中で孫兵ときつく抱擁を交わした。


優しい子



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