*グロいよ!エグいよ! *ダーク *双子(拓→二、一←友風味
照りつける日差しに、紺碧の空に映える真っ白い雲のコントラスト。すべて俺の眼球には強烈過ぎる。上げていた首を下げて、目を閉じれば軽い眩暈が襲ってきた。
思わず隣に座っていた輝一の肩に額をくっつけると、輝一の膝に乗っていた赤色の目をした黒猫がにゃあと一回鳴く。この公園の野良猫だ。輝一の体はこの炎天下の中なのに少しだけひんやりとしていた。
「輝二?」
「……日差しが強すぎて、日射病になりそうだ」
「はは。夏だしね」
今は八月一四日の午後一二時半。夏真っ盛りだ。
輝一は猫を撫でながらけらけらと笑うと、どこかふてぶてしく「でも、まぁ夏は嫌いかな」とぼやいた。
「どうしてだ?」
「別の季節が恋しいのさ」
そう言いながら、輝一は自分のかぶっていた帽子を俺の頭にかぶせた。バンダナに帽子っておかしくないか? そう聞いたら「じゃあ輝二のバンダナを俺に貸して?」と冗談っぽく手をのばす。すると……
「「あ」」
するりと輝一の膝に乗っていた猫が、飛び降りて走り出した。
「待って、そっちは……っ!」
瞬間に輝一も走り出す。一拍遅れて俺も体を動かした。
この公園はそれほど広くない。走っていく黒猫と輝一の行先には、道路と信号が見えた。猫が道路に飛び出す。
信号の青が点滅して、赤に変わった。輝一は猫ばかり見ていて、それに気付かず道路に身体を突っ込ませた。
「輝一! 危ない!」
「え?」
思わず叫ぶと輝一が道路の中間で俺を振り返る。「どうしたの?」と言うようないつもの輝一の表情は、次の瞬間に掻き消えた。
ドン、と鈍い音。トラックのブレーキと通行人たちの高い悲鳴。
べちょり。体の右半分に、ぬるりとした熱いようで冷たい液体と、油にまみれた塊が降り注ぐ。
赤く染まった視線を下に下げると、人の形をほぼ失った肉塊が見える。辺りには、まだ脈動している内臓が散らばっていた。胃?腸?肺?心臓? どれも教科書で見た写真よりも生々しい。
驚いて足を少し動かすと、夥しい量の血と、人間の油がぴちゃりと跳ねる。
肉塊の頭部らしき部分が、ごろりと転がった。一回転半。それは血に染まった眼球で俺を見上げた。蒼い蒼い、俺と同じ片割れの瞳……。
「こー……い、ち」
呟いた。慣れ親しんだ輝一の匂いと、濃い錆臭さと油の匂い。公園にさいていた花の香り。夏の木々や草の青臭さ。それがごちゃごちゃに混ざり合って、俺の肺に一気に入り込んできた。胃が圧迫されるような感覚の直後、俺は思いっきりむせ返る。道路の向こう側に、悲しげに佇む白猫の姿があった。
「子供が轢かれたぞ!」
「誰か救急車を!」
「見ればわかるだろう!もう死んでいる!」
死んでいる? もう首が体から離れているぜ。
誰が? 輝一が。
なんで? トラックに轢かれたからさ。
嘘だ。 嘘じゃないぞ。
浮かんでくる言葉に答える声。首を横に向ける。俺と同い年くらいの黒い服をまとう、赤い目の茶髪の男がそこにいた。陽炎のようにその男の姿は揺らめいている。
俺を見据える赤色の目は、先程の黒猫によく似ていた。
まるで世界にいるのが、俺とこの男だけになったような気がした。周りの音はもうなにも聞こえない。
男は俺を見て嗤う。そしてまたゆっくりと言った。
「嘘じゃないぞ」
これは全て嘘じゃない?
「輝一は、死んだ」
嘘だ、嘘だ。そんなの信じない!
聴覚が急激に戻ってくる。痛いくらいのセミの鳴き声が鼓膜を盛大に、激痛を感じさせるほど震わせた。そして開いた口からも、蝉に負けないぐらいの絶叫が口をついた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!」
視界が反転する。夏の水色と白が、蝉の音に掻き回されるように混ざり合うのを最後に、視界が日差しにくらんだ。
*******
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!」
悲鳴を上げながら布団を跳ね除けて体を起こす。
「……ゆ、め?」
心臓がどっどっと早く脈を打っていた。マラソンをした後のように息が苦しい。服や髪が大量の汗で体に張り付いていて、酷く気持ち悪い。
しかし、妙だ。
「俺は……なにの夢を見ていたんだ?」
わからない。わからない。
すべてが霧に霞んでいてなにも見えない。
枕元の携帯に手を伸ばして、時刻を確認する。八月一四日の午前一二過ぎくらいだ。日付は変わったばかり。
気分が悪くて窓を開ける。外はまだ暗い。
からからっと軽い音とともに、生ぬるい風と蝉の泣き叫ぶ声が響いてくる。なぜかあの夢の中で聞いた蝉の声だけが、鮮明に思い出された。
「今日は、輝一と会うんだったな……」
「あ」
少し、不思議だなと思った。
「どうしたの?」
そう訪ねてきた輝一の顔は、夕日の緋色に染まっていた。
「……」
公園のベンチに座っていたら、思い出せなかった夢のことを思い出した。この公園を出た所で、輝一がトラックに轢き殺されたなんていう馬鹿馬鹿しい夢だ。
思い出して、背筋が凍った。思わず輝一の手をぎゅっと握った。よかったちゃんとここにいる。
「顔が真っ青だけど、具合悪いの?」
「いや、少し嫌なこと思い出しただけだ」
「そう?」
適当に誤魔化して、空を見上げる。
濃い緋色は真っ赤な血を連想させた。それをバックに騒音を立てる建設中のビル。その天辺にぶら下がっている鉄柱が鋭いナイフのように感じられた。あぁ、不気味だな。
「……もうすっかり夕方だね」
輝一は俺の手を引いて立ち上がる。それはもう帰ろうかという合図なのだろう。確かに今日は話し込み過ぎたな。
公園を抜けて道路にでる。無意識の内に輝一の手を強く握っていた。
風が緩く頬を撫でる。近くの店がつけている風鈴の音が耳に届いた。
にゃー。と猫の鳴き声。横を見ると公園の小さな林の中で、昨日の黒猫がこちらをじっと見据えていた。
ガコンと鈍い音に、視線を猫から外す。周りの通行人は、みんな上を見上げて口を開けていた。
突き放すように繋がれていた手が離れる。
ずしゃり。ドガッ。
夕日の緋色を鈍く反射する鉄柱が輝一の胸を貫いて、コンクリートを抉った。
鉄柱に押し出された肺や肋骨やらが、コンクリートごと鉄柱に潰される。溢れだした鮮血が辺りを染めた。
俺たちの近くにいた女が、耳を劈くような悲鳴を上げた瞬間、堰を切ったように周囲が大パニックに陥った。
風が吹いて、濃厚な血の匂いが立ち上る。人々の劈く悲鳴と遠くの風鈴の音がぐるぐるとから回る。
ふと視線を感じて振り返ると、夢の中にいた男が赤い瞳を細めて笑っていた。やはりあの黒猫とどこか似ている。
ワザとらしい作り笑顔で「夢じゃないぞ」と笑って俺の頬に触れる。まるで俺を壊れ物として扱うかのように、優しい手つきだった。
そしてまた世界が眩む。ちらりと見えた輝一の横顔は、笑っているようにも見えた。
*******
「ちょっと輝二!?」
背後の輝一の戸惑った声には気付かないふりをして、俺は輝一をつれて走る。少なくとも死の危険がないような場所まで。
そうして駆け込んだ大きな書店。ここなら大丈夫だ。車も鉄骨もここにはない。
「無駄だぜ、輝二」
ハッとして辺りを見回すと、入り口の近思いっきりくにあの男がいた。
「運命は、変わらないんだ」
にこりと、そう男は笑う。どういう意味かと問いただそうした時、背中を突き飛ばされた。
ドサドサと鈍い音とともに、傾いた俺の体は男に受け止められる。
悲鳴と、重いものが倒れた音と、ぐしゃりと何かが飛び散った音が重なった。血の匂いが空気を侵食する。首だけを回して背後を振り返ると、倒れた巨大な本棚の下から一本だけ腕が伸びていた。周りの本は、どす黒い赤に染まっていた。
「…ぁ…ぁあ」
「だから言ったろ?」
震える俺の体を、男は柔らかく抱きしめる。愛しい者を愛でるように。
「だから受け入れろ。この運命を」
耳元でささやいてくる男の声が鼓膜を震わす。
「運命……?」
輝一が死ぬ、この運命をか?
なんで輝一なんだ? なんで輝一じゃなきゃいけないんだ?
「っ!そんな運命なんて認めてたまるか!」
そう怒鳴って男を突き放すと、再び世界が眩んだ。
そして俺はまたベッドで目覚めて八月十四日を迎える。何度も何度も、蝉が五月蠅く戦慄く、同じ光景を見た。
その日は階段から落ちた。
その次は信号無視のバイクに轢かれた。
その次は橋から子供にぶつかって転落。
その次は通り魔に刺された。
運命は変えることなんてできない。
その度に男はそう言って俺を抱きしめる。そうして世界が眩んで、俺はまたベッドの中で目が覚める。
もう何十年の間で八月十四日を繰り返したのだろう?
もう何千回輝一の死を見たのだろう?
男は言う。俺が死≠受け入れられない限り、世界は何度でも巻き戻ると。
「なぁ、輝二……そろそろ輝一を楽にしてやろうぜ? 何回も死ぬ痛みを与えたらかわいそうだろう?」
男は囁く。
そうだな。俺のやっていることは輝一を苦しませているかもしれないな……。
……ホントはわかっていたんだ。この無限のループから抜け出す、たった一つの方法を。
こんなよくある話なら、結末はきっと一つだけ。
「「輝二!?」」
先を進む輝一を押しのけて、道路に飛び込む。
輝一と男の声が重なる。そんな彼らの背後に、白い猫が緑色の瞳で俺を見つめているのを見た。
ドン!と体に衝撃が走る。世界が赤く染まっていく。体が痛みを感じ取るその前に、軋む体が中に浮いた。
限界まで見開かれた片割れの蒼と視線がかち合う。その唇が「どうして」動くのを見て、俺は笑いかけた。
その表情のまま、文句ありげに唇を噛みしめる赤い瞳の男に「ざまぁみろよ」と捨て台詞を吐いてやった。
お前は言ったな。死≠受け入れろと。
輝一の死を受け入れることばかりではない。俺が輝一の代わりに死ねば、無限ループは終わる。受け入れろとは、そういうことだろう?
輝一、ごめんな。何百回も死んでいく痛みを味あわせて。俺のこの一回じゃ到底償えるものじゃないけども……。
血の赤も、空の青もすべて見えなくなって、俺は真っ暗な世界に落ちて行った。
実によく在る夏の日のこと。そんな何かが、ここで終わった。
バラバラになった輝二の亡骸の傍で呆然と涙を零す輝一。そんな輝一を背後から抱きしめる、白い服を纏った緑の瞳を持つ少年の姿があった。
「輝二。お前はどうしてもその結末を選んでしまうんだな」
そんな哀れな双子と、明らかに異質な白い少年を見据えながら、黒い少年は小さく呟く。
「俺はただ……お前に生きていてほしかったのにな」
その呟きは猫の鳴き声として、輝一の耳に届いた。
*******
目を覚ました直後の視界は、涙で滲んでいた。俺は幾度か瞬きして枕元の時計を確認する。八月十四日の午前零時過ぎ。いつまでたっても変わらない日付だ。
「また廻ったね」
布団の傍らに立って俺を見下ろしているのは、茶色い髪と緑の瞳を持った男の子だ。
「そうだな……」
気だるげな体を無理矢理起こすと、男の子はじゃれつくように俺に抱き着いてくる。
「……また、ダメだったよ」
そんな俺の呟きを、白い少年は抱き着いたままただ悲しげに聞いていた。
白黒陽炎と繰り返す夏の日
(両者が望む限り終わらない無限ループ)
(はたして、どちらが先に輪の外に出ていくのか)
羊ちゃんへ捧げます!リクエストありがとうございました!
少年:輝二 少女:輝一 黒猫:拓也 白猫:友樹 の配役です!
私の趣味と独自解釈詰め込みすぎたぜ(ぐふぅ
20120102 BGN.カゲロウデイズ