*ほのぼの *フロンティアの子供たち



「青いなー」
「なにが?」
「今日の、空」
 本格的な寒さになった1月初めにしては珍しく、外にいても暖かいと感じる日だった。まぁ、暖かいといっても10度を下回っているわけだが。
 拓也はその鷲色の瞳をずっと空に向けたまま、気のぬけた声を発した。その隣で木の幹に背を預けた泉も空を仰ぐ。つられて友樹や純平も視線を上へ流す。
 突き抜けるように真っ青な空のキャンバスには、白の絵の具で描かれたかのようにハッキリと羊雲が散らばっていた。昨日まで雨が降っていたことが嘘のよう。
 このくっきりとしたコントラストがいい。今にもセミの鳴き声が聞こえてきそうな……まるで夏の空のようだ。
「空は夏みたいだけど、今は真冬なんだよね」
 マフラーに顔を埋めた友樹はぽつりと言う。純平はそれに「当たり前だろ?」と小さく笑って返した。そして会話は途切れる。
 目の前を、小学生たちが駆けた。昔は自分たちもあんな感じだったんだよなと、ほんの少しだけ寂しさを覚える。
 あの冒険からすでに10年と数ヵ月。すっかり顔立ちも等身も変わった彼等は、気が抜けたようにその場に立っていた。
 神社の初詣の賑やかさとは相反した彼らの雰囲気は、少し異質だった。
 なんだかんだで、みんな揃って会うのは五年ぶりな訳だが、なんとなく硬い雰囲気が流れていた。気まずいと言うよりも、戸惑いがあったといった方がいいだろう。
 高校を卒業すると、人は大きく雰囲気を変えるが、拓也たちはまさにそれだった。
 皆、あの冒険の頃にあったあどけなさはない。拓也も純平も大人の体つきになり、泉ももう大人の女性といっても差し支えない。友樹に至っては、カッコいいと言える顔立ちになり、身長も拓也と変わらないぐらい伸びている(先程は拓也に思いっきり「誰だ?」と言われたくらいの変わりようだった)
「……輝二と輝一、遅いな」
「そうね」
「そうだね」
「そうだな」
 視線を下げて投げ掛けた言葉は、キャッチされただけで投げ返してはもらえなかった。また沈黙が戻ってきたので、拓也は視線を空へ戻した。相変わらず青い。
(話したいこと沢山あったんだけどな……)
 ここに来る前は頭の中を駆け巡っていた話題たちは、一つも思い出せなかった。
 重ねていうが、別にこの沈黙が気まずい訳ではない。ただ、互いに顔を合わせて胸がいっぱいになったのだ。この沈黙も、気の抜けた感覚もきっとそれのせい。
 強く冷たい風が吹き抜けた。思わず細めた視界の端を、赤く丸いものがよぎる。
 それはガサリと丸裸の木の枝を揺らし、垂れていた糸を密集する枝に絡ませた。「あ、」と拓也の唇から短く声が上がる。それは風船だった。どこかの露店で配っていたものだという事をぼんやりと思い出す。
「ふーせん! れーちゃんのふーせん!」
 拓也の足もとに駆け寄ってきた小さな女の子が、舌足らずな口調声を上げる。れーちゃん≠ニは恐らく自分のことで、あの風船はこの子の物だろう。
すぐに母親であろう女性が駆け寄ってくる。木に絡まった風船を見て諦めるように子供に諭すものの、女の子は頑なにその場を動こうとはしない。
「ふーせん! れーちゃんの! とってー!」
「え? 俺?」
「こら! 人様に無理言わないの!」
 女の子はとってくれない母親に訴えるのを止め、今度は拓也に訴え始める。
横からその様子を眺めていた友樹は、そんな女の子にかつての自分を見た気がした。
(別に登れない高さでもないよな……)
 やがて泣きじゃくり始める女の子を見て、拓也は一つ息を吐く。そしておもむろに木の根っこに足をかけ、右手で太めの枝をつかむ。
「ちょ! 拓也!危ないわよ!」
「大丈夫だって。体育学部なめんなよ」
 泉と女の子の母親の静止の声がかかるが、拓也はお構いなしに反動をつけつつ体を浮かせる。運動神経だけは並み以上の拓也には造作もないこと。しかし、木に登るなんてデジタルワールドを冒険した時以来だ。なんとなく体が覚えている感覚を頼りに登っていく。
(前にも同じようなことがあったな……)
 そんな既視感を覚えつつ、一際丈夫そうな枝に飛び乗って細い枝に絡まった風船の糸に手を伸ばす。思った以上に複雑に絡んでいた。しかし、取れないほどでもない。
「あれ……拓也?」
「なにしてるんだ?」
 糸がほどけ拓也の手に収まると、下から懐かしさを孕んだ2つの声が聞こえた。輝二と輝一だ。やはり二人とも最後に会った時とは大きく変わっていたが、面影はしっかり残っていた。
「お! 二人ともやっと来たか!」
 昨日の雨のせいだろうか。双子に手を振ろうと体を回転させた直後に、滑りやすくなった木の枝からつるりと拓也の足が前にはみ出た。
「あ」
 勢い余って右足が空を蹴る。重心が後ろへ傾く。
「れ?」
 視界が反転して、視界いっぱいに夏のような青空が広がった。
 耳が空を切る。体がどこにも触れていないこの状態は、昔になんども経験したものだった。
「拓也さん!」
「あの、馬鹿っ!」
 鈍い、潰れたような声と両脇に誰かの手の感触。地面に叩きつけられるはずだった体は、それよりもずっと柔らかいものに受け止められた。
 拓也は純平の真上に落ちたらしい。双子が受け止めて衝撃を緩和してくれたのだろう。
(あれ、これはデジャブのような……)
「大丈夫?」
「馬鹿野郎! なにしてるんだ!」
「輝二、怒るなら拓也を上からどかしてからにしてくれっ!」
 そんな会話を聞きながら、促されるままに拓也は純平の上からどいた。「ふーせん!」と駆け寄ってくる女の子に拓也は風船を返した。
「……なんか。前にもこんな事あったわね」
 お礼を言いながら去っていく親子を眺めつつ、泉はぽつりと呟いた。友樹が「確か僕の帽子が風に飛ばされて、木に引っ掛かった時だね」と思い出しつつ同意する。
 友樹がぐずって駄々をこね、泉の静止も聞かず、拓也が木に登って帽子を取った時に薪拾いをしていた双子が戻ってきて、うっかり拓也が木から落ちて、純平を下敷きに着地した。細かいところまでまるまる一緒だ。
 思わず6人は顔を見合わせて笑った。
 そこで拓也は、先程まで感じていた固い空気の正体に思い至った。
(変わってないところもちゃんとあったんだな)
 姿形は変わっても、仲間たちの本質はだれ一人として変わっていない。先程の出来事でみんなそれを悟り、6人の間には穏やかな空気が流れ始めていた。
 そして、6人がほぼ同時に口を開き、示し合せたかのように同じ言葉を口にした。

――あけまして、おめでとう



まるで願掛けのように
この絆がいつまでも続けばいいと、思うのです。

愛と一緒に羊ちゃんにぶん投げたよ!
20120101

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