*暗めほのぼの *トーマサ





 神社に来るなんていつ以来だろうかと、過去の記憶を掘り返す。ぼんやりと霞がかった記憶の淵に、己の母を見た。
「初詣がそんなに珍しいか?」
 除夜の鐘が響き、提灯の明かりが照らす屋台が立ち並ぶ参道。その賑やかな人の流れを少し離れた場所からぼんやりと眺めていたら、さっきまで鐘の鳴った回数を数えていたマサルが息を吐いた。よく感情が読み取れなかったその声音に、参道から視線を外して、横にいるマサルを見る。
「そういう訳じゃない」
「ふーん」
冷たい外気に飛び出した彼の吐息が、マフラーに隠された口元で、白く小さい膜を作っていた。闇の色に白はよく映える。マサルは一瞬だけぶるりと身を震わせた。寒いのだろう。
 視線を参道に戻すと、視界の先に母の手を握る子供の姿が映った。母親の手を引いて歩くその姿に、かつての自分もああ見えていたのだろうと思う。
「……君こそ、なんでここにいるんだい?」
 皆一緒に来ているのだから、僕じゃなくて知香ちゃんやイクトの所にでも行けばいいのに。そうぼやいてみると「気まぐれだ」とぶっきらぼうに返された。
僕がここにいるから、君がここにいてくれる。そうわかっていての質問は少し意地が悪かったね。
「お前は……」
 ふと、肩に重さと温もりを感じる。見なくてもマサルが寄りかかってきたのだとわかった。
「まだ寂しいのか?」
 ちらりと横に視線を移すと、マサルはあの親子に視線を向けている。僕が見ていたからだろう。視線を元に戻すと、子供は母親に買ってもらった綿あめを握りしめていた。
「……どうだろう」
 あの親子はすぐに人の波の間に消えて行く。
 胸に込み上げてくるこの重苦しさが、寂しさからくるものなのかどうかは、よくわからない。ただ肩の温もりがもっとほしくて、手袋もしていないマサルの手に触れる。外気に晒されていた為か氷のように冷たい手に、求めていた温かさはない。
「冷たい」
「寒いんだよ」
 片方だけ手袋をはずしてマサルの手を握り、コートのポケットへ。我ながらベタなことをしている自覚はあったけど、たまにはこういうのもいいんじゃないかなって思う。
 人前でこういう行為を嫌がるはずのマサルは、今はなにも言わずにされるがまま。変に気回しをしてくれているみたいだ。そんな気遣いはいらないのに。まぁ、嬉しいのだけれど。
「もう皆の所に戻るかい?」
「お前がそうしたいんだったら」
 そう言って沈黙がおりる。互いに動き出す様子は欠片もない。
 心地いいとさえ思える沈黙。僕らのこの空気と、参道の様子がまるで別のモノのように感じられた。
 コートのポケット中で少し暖かくなった手に指を絡めると、マサルも応じるように軽く力を入れて答えてくれた。
マサルの手は、記憶の中の母さんの手に比べると硬くてゴツゴツしている。そこまで考えて、無意識の内に母さんとマサルを比べていたことに失笑。
 僕が考えていたことがマサルにもわかってしまったのか(彼は本当に妙な所で敏い)むっとした表情になってしまう。あ、またマサルの機嫌を損ねてしまった。
「俺はお前の母親にはなれねーよ」
 怒ったような、呆れたような、どちらともつかない声に僕は「それはそうだね」と返す。そもそも彼は男だ。僕はマサルに母性でも求めていたのかもしれない。
 遠くからカウントダウンが聞こえてきた。もうすぐ年が変わるのだろう。参道の人々はわくわくした様子で口を揃えて数字を叫ぶ。それを僕らはテレビ画面の向こう側を見ているようにぼんやりと眺める。107回目の除夜の鐘が響いた。
 10……9……8……7……
「おい、トーマ」
 不意に名前を呼ばれ、コートのポケットとは逆の手で胸倉を掴まれる。
 6……5……4……
 ぐっと体を引かれ、褐色の瞳が視界に広がる。
 3……2……
 108回目の鐘の音と、空気を震わす歓声。それと同時に、少しかさついた感触が唇を掠める。
ほんの一瞬のことで、何をされたかを頭が理解するまでにたっぷり数秒の間があった。
「マサル……?」
「俺がお前の母親だと、こういったことはできない」
 ニヤリと悪戯っ子のように笑うマサルに、心に重くのしかかっていたものが少しだけ晴れた気がする。
「これでもまだ寂しいとか言うのか?」
 ……いいや、君がいてくれれば寂しいなんて思わない。そう口では言わない代わりに、今度は自分から弧を描いたままのマサルの唇に自分のそれを重ねる。
 唇を離して、互いの額をくっつけたまま僕らは小さく笑った。




寂しさが薄れた新しい夜
(あけましておめでとう、マサル)
(おう。今年もよろしくな、トーマ)

春原さんに捧げました!今年は一緒にトーマサ語りがしたいです!今年もよろしくお願いいたします!
20110101

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