*流血表現とベロチュー *シリアス甘? *拓二




 見開かれた蒼に白銀が迫る。
 上がる悲鳴と絶叫。
 一瞬の内に脳裏に浮かび上がる走馬灯。

「輝二――!」

 視界に赤が広がった。
 炎が揺れる。
 敵の断末魔が響いた。
 赤い飛沫が上がる
 鉄の臭いが鼻孔を刺激した。

 今、なにがおこった……?

 ぬるりとした感触を頬に感じる。
 そして倒れてくる身体を受け止めた。
 炎のように熱い液体は鮮血だ。
 まぎれもないあいつに流れている……。

「拓也……?」



 「拓也、まだ目を覚まさないの?」
 静かな部屋に、控えめな泉の声が響く。いつ彼女が入ってきたのかわからなかった。それほど俺は周りの気配を気にする余裕がなかったのだろう。泉の問いに首を振るだけで答える。
 今日の戦いで、拓也は油断した俺を庇って怪我をした。吹き上がった赤が、未だに俺の瞼の裏にこびりついてはがれない。
 戦いが終わった後、すぐに近くの町で手当てをしたが、ベッドで眠っている拓也の胸の傷は思ったより深く、半日たった今でも目を覚ます気配はない。
 ふと外を見れば月が上っていて、月光が部屋を照らしていた。運ばれた時はたしか真昼だったから、ずいぶん長くこうしていたらしい。
 目の前で眠る顔は青白く、重ねた手のひらは冷たい。微かに上下する胸と、時折痛みで歪む表情が拓也は生きているのだと証明する。
「輝二、私が代わる?」
「いや、いい」
 もともと、油断した俺を庇って拓也は怪我をしたから。そう言えば、泉は小さく息を吐いて「無理はしないでね」と部屋を出ていった。気を使ってくれてるのだろう。
 部屋に再び沈黙が戻る。すぅすぅと聞こえてくる寝息に安堵を覚えた。
「……いつもだったら、怪我をしても騒がしい奴なのにな」
 無茶苦茶で大きな怪我をしても、騒がしく笑っていたくせに、なんで目を覚まさないんだ。なんで、死んだみたいに眠ってるんだ。
 重ねていた手を握って、指を絡めてみる。何の反応もないことが、無性に寂しくて悲しくて仕方がない。
 ベッドに肘をついて両手で拓也の手を握りこんでも、ピクリとすら動かなかった。いつもなら、俺がこんなことすればすぐに調子にのってくるはずなのに。
「拓也……たく、や」
 鼻の奥がツンとして、目頭が熱くなる。視界が滲むのは、きっと疲れたから。
 もし、このままお前が目を覚まさなかったら……なんて考えたくもない。でも、そうなったら全部俺のせいだ。
 恐怖が込み上げてきた。どうしようもない後悔と悲しみが頭をぐるぐると掻き乱す。
「……早く目を開けろよ」
 その真っ直ぐな茶色の瞳が見たい。お前の声で俺の名前を呼んでほしい。お前の笑った顔が見たい。触れてほしい。抱きしめてほしい。
 そう思えるくらいに、俺はお前が好きなんだと、改めて思い知らされる。
 溢れてきそうな感情を抑えるために、きつく瞳を閉じて両手に力を込める。すると、ピクっと指先に小さな反応があった。慌てて目を開いて拓也を見ると、ぼんやりとした鷲色の瞳と視線がぶつかる。
「輝二、泣いてるのか……?」
 寝起きで掠れた声が、俺を呼ぶ。その瞬間、我慢していたものが頬を伝う。
 緩んだ俺の両手から拓也の左手が抜け出し、俺の目尻を脱ぐって頬を包んだ。俺が握っていたからなのか、それとも拓也が目を覚ましたからなのか。その手は先程の冷たさが嘘のように、温かい。
「怪我、してないよな」
「怪我してるのはお前だっ」
 勝手に俺なんか庇って、勝手に死にかけやがって! ぼろぼろと流れ落ちる水滴なんて気にかけず、叫ぶように言い放つと、返ってきたのは「よかった」の一言だ。
「輝二に怪我がなくて、よかった」
「……馬鹿かっ!」
 自分の怪我後回しで、俺の心配なんて馬鹿だ、大馬鹿野郎だ!
 俺が知っている限りの語彙を並べて罵倒すると、拓也は上体を起こして苦笑しながら俺を抱き寄せた。
抱き締められ、拓也は宥めるように、顔の至るところに唇を落としてくる。それはこそばゆいが心地よくて、俺はされるままに身を委ねた。
「死ぬかと、思った」
「泣くなって、な?」
 唇に拓也のそれが重ねられる。目を閉じて、ただ触れるだけの幼稚な口付けを受け入れた。
 いつもだったら恥ずかしさのあまり拒否してしまう行為だが、今はそんなことよりも拓也の温もりを感じていたい。
「ごめんな、輝二」
 唇を離し、眉を下げて困ったように微笑む。なんでお前が謝るんだよ。戦闘中に油断したのは俺なのに。謝るくらいなら最初から俺なんて庇うな。馬鹿野郎。
「もう二度と、こんなことするな」
「……それは無理な相談だな」
「たくっ……ん」
 怒鳴ろうとしたら再び口を塞がれた。中途半端に開きかけた口内に、ぬるりと熱い舌が進入してきて背筋がぞくりと震える。
「ふっ……ぁ……んっ……」
 歯列をなぞられて、息を吸われて何も考えられなくなる。丁寧に動き回る舌が気持ちいい。もっと感じていたくて俺からも舌を絡めると拓也の身体が驚いたように跳ねる。
 キスをしたまま、優しい手つきでベッドに寝かされる。
「んぅっ……ふぁ…………ったく、や」
「っ! あんま煽るなっ……」
 その際に離れた唇や、離れた体温が名残惜しくて、拓也の首に腕を回す。拓也は眉を寄せて低く唸ると同時に、今度は荒々しく噛み付くように口付けてきた。
 めちゃくちゃに動き回る舌に答えようと舌を伸ばす。上手く呼吸できず、酸素が足りなくなった頭で、拓也の口内がやけに熱いのを感じた。それは確かに、目の前のこの男が生きていると確信させるもので酷く安堵した。自然と涙が溢れる。
 この温もりだけは絶対に失いたくないと、首に回した腕に力を込めた。それの返答のように、背や後頭部に回された手に力が入った。密着する体温が心地よい。
 互いに息が苦しくなって名残惜し気にどちらともなく唇を離す。
 荒くなった呼吸を整えつつ、傷口が痛むのか一瞬だけ顔を歪めた。
「もう泣くなって……」
 苦笑して涙を拭う拓也の手に甘える。
「だったら、……約束してくれ」
 二度とこんな思いはしたくない。縋るように服をつかんでも、やっぱり拓也は困ったように笑うだけ。服をつかんでいた手をとられて、指を絡められた。
「それは、お前を守るなってことになるから無理だ」
「俺はそこまで弱くないっ」
 お前とともに戦える力もある、少なくともお前の荷物にはならないはずなのに。お前にとって、俺はそこまで頼りない存在なのか?
「そういう意味じゃない。ただお前が大事なんだ。お前を死なすくらいなら、俺が死んでやる」
 絡めたままの俺の手の甲に口付けを落としながら、拓也は小さく笑う。
 笑っていても、真っ直ぐに俺を見下ろす鷲色の瞳は、どこまでも本気だった。そこまで思われているのは正直嬉しい。でも俺の気持ちはどうなるんだ。
「もし、お前が死んだら、残された俺は……どうなるんだ……」
「輝二……」
 お前のいない世界で生きろというのか。そんな世界なんて想像すらしたくないというのに。
「この先、お前が死ぬことがあれば、俺はお前の後を追って死んでやる」
 それが嫌なら生きろ。そう言えば、拓也は目を見開いて驚いた後、破顔した。
「ははっ。不謹慎だろうけど、それすげー嬉しいや」
 くしゃりと頭を撫でられ、額に口付けされる。
「……じゃあ約束する。生きている時も、死ぬ時もずっと一緒だ。嫌だって言っても離さないからな」
「はっ、上等だ」
「すっかり元に戻ってやんの」
 ごろりと俺の横に倒れ込んで、笑いながら抱き寄せられた。
 瞼が重い。そう言えばずっと休んでいなかったな。なんて思いながら、拓也の胸に顔を埋める。包帯で少しごわごわしているけど温かさは変わらない。
「……傷口は、痛むか?」
「まだけっこう痛むけど大丈夫だ」
「そ、うか……」
 ゆっくりとリズムを刻んでいる拓哉の鼓動に導かれるように、俺はゆっくりと意識を沈めた。



それも一つの愛のかたち
(あ、輝二寝ちまったか)


羊ちゃんに相互記念として捧げました!
いろいろ言い訳したいけど、まとめるとごめんなさい!
20111209

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