*輝一兄さんが狂ってます *シリアス狂愛 *一二




「輝二」

 名を呼んで手を伸ばしてくる輝一の腕をとることに、恐怖を覚え始めたのは何時からだろう。と輝二は腕に爪を立てられた痛みを感じながら考える。
 思えば、現実世界に戻ってきてからその兆候はあったのだ。ただ輝二が見ようとしなかっただけで、輝一は徐々にその狂気を肥大させていった。
「輝二、大好きだ」
 愛おしそうに輝二の血がついた手で、頬を撫でられる。そして爪を立てられたことでついた腕の傷を舐めた。血を舐めとるために。
 あぁ、また絆創膏の数が増えるな。いや、包帯じゃないだけマシか。なんてぼんやりと思いつつ、輝二は動くことをしない。少しでも抵抗すれば、輝一がこの行為をエスカレートさせることは目に見えている。
 輝一は輝二の血を「甘い」と言うが、口移しで感じた自分の血液を甘く感じたことなんか輝二は一度もない。ただ錆臭かっただけだ。
「……っ!」
 傷口に輝一の歯が立てられた。声にならない悲鳴を上げて輝二は身体を跳ねさせる。思わず逃れようと身をよじると輝一が顔を上げる。
 自分と同じ色をした瞳はどこまでも深い闇を孕んでいて、恐怖を感じた輝二は視線を兄から外した。それが気に食わなかったのか、輝一は目を細めると勢いよく輝二を押し倒した。艶やかな漆黒の髪が床に広がる。
「俺が怖いの?」
「……まさか」
 些か強く背が床にぶつかったため涙目になりながらも輝二は首を振る。
 本当はものすごく怖いくせに、輝二は決して怖いと言う事はない。輝一もそれをわかっていて、あえて輝二に問いかけるのだ。
 輝一は知っていた。人を強く縛ることができるのは愛情でも友情でもなく、ただ純粋な恐怖≠ナあるという事を。
 愛情と友情など、いくら大きくなってもいつかは消えてしまう儚いもの。それに対して、恐怖は一度強く、深く植え付けてしまえば一生消えることはないのだ。
「そういえばさ、今日拓也に会ったんだけど……」
 そう言いつつ服を脱がして、その下で輝二の体を覆っていた包帯を手近にあった鋏で裂く。輝二は彼の声を聞きながら、自分の上半身を動き回る鉄の冷たさに身を強張らせている。
「彼、いつもと態度が違ったんだよね。俺を見て「輝二が最近よく怪我してるみたいなんだけど、お前はなにか知ってるか?」って聞いてきたんだよ」
 あれは明らかに俺を疑っている目だったなぁ。と輝一はさも楽しそうに笑った。それに輝二は背筋に冷たいものが伝うのを感じたが、輝一は「別に輝二に怒っている訳じゃないよ」と言って鋏をジョキと大きく動かした。
 包帯がすべて切り裂かれ、輝二の素肌が露わになる。そこに刻まれていたのは大小様々な傷だ。
「ただ、輝二はあまり知られたくないだろう?」
 輝一にとって拓也は友人であると同時に、どうでもいい他人≠ナもあるのだ。自分自身が彼にどう思われようと知ったことではない。
 それに彼が真実を知ったところで、輝二はこの行為を承諾しているのだ。誰に訴えようとそれは無意味なことなのだ。
「でも、さ」
 ふと、輝一から笑顔が消える。閉じた鋏が床に突き立てられた。輝二の顔のすぐ横に。床に広がった髪の一部は間違いなく切れただろう。
 しかし、輝二は恐怖で目を見開いて小刻みに震えているためにそれに気付くことはない。
「気にくわないなぁ……」
 するりと赤い跡がたくさん残る首筋に手を滑らせる。
「輝二、自分から拓也に話しただろ?」
「そんな、わけっ」
 問いを即座に否定で返そうとする輝二を笑って黙らせる。「嘘はつかないって、約束したよな?」と再び床から鋏を引き抜く。それに身の危険を感じた輝二は咄嗟に「ごめんなさい」と声を絞り出す。
 それに満足したのか、輝一は持っていた鋏を遠くに放り投げる。
「プライドの高いはずの輝二が拓也には打ち明けられたってことはさ、そのぐらい彼に心を許しているってことだよね?」
 それが友人としてでもなんでも、輝一には許せなかった。弟は自分だけのものであり、心を開くのも自分だけでなくてはならないのだ。
「俺には、輝一だけだからっ」
 兄の思考が手に取るように理解できてしまった輝二はすぐさま取り繕うように口を開く。
 そんな輝二を見て、まるで弟が自分の手のひらの上で踊っているような甘美な感覚を味わいつつ、輝一は額に口づけを落とした。
「俺もだよ。俺にはもう輝二しかいないんだから」
 だからどこにも行かないで。言葉で鎖を付けて輝二を縛り付けていくことに、輝一は罪悪感を微塵も感じていなかった。


 あぁ、哀れで可哀想で愛しい弟。
 お前はきっと「輝一には俺しかいない」とか「輝一のため、俺が側にいてあげなくてはいけない」とか思ってくれているんだろう?
 ホントは逃げ出したいほど怖くて泣きたくてしかたがないくせにな。
 でも全くもってその通りだよ。俺にはお前が必要なんだ。残念なのはお前が俺以外にも必要とする人間がいることだ。
 それじゃダメなんだ。お前には俺だけが、俺にはお前だけが必要とされなきゃいけないんだよ。
 なぁ、輝二。どうすれば、そこまでお前は堕ちてくれるんだ?
 




狂った鋏が赤く染まるまで
(愛してるよ、輝二)
(お前もそうだろう?)


ツイッターにてヤンデレ輝一兄さんの話題が上がったので滾った結果である。驚き1時間クオリティー。実際に人を束縛するなら恐怖が一番効果的なんだと思う。やらないけども。
はさみって漢字で鋏って表記すると狂気めいてると感じるのは私だけかな?
20111206

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