*太光馴れ初め *ほのぼのとシリアス *太光
あの時のことは今でも鮮明に思い出せる。
もう何年も前の話。
グラウンドでサッカーをしていて、ふと窓を見上げた時だ。
3階の窓の向こうにいた黒いぱっちりとした目と、俺の目がぶつかった。その黒い目をした下級生はサッと教室の奥に引っ込んで行ってしまった。
なるほど。ここ最近感じていた誰かの視線はあいつのだったのかと、納得。
「八神ー! ボーッとすんなよー!」
「わりぃ!」
友達に呼ばれて、窓から無理矢理視線を外した。
サッカーをしていても、あの黒い瞳の下級生のことが頭から離れない。なんでだかわからなくて少しモヤモヤした。
そいつはよく俺がグラウンドでサッカーをしていると、教室からずっと俺のことを見ている。サッカーがしたいのかもしれないと思った。
「あぁ、あいつ? 確か一つ下の泉光子郎だって」
友達から聞いてみると、そいつについてあまり良い話は聞かなかった。
パソコンにやたら詳しいけど、友達もいない暗い奴だと友達は言う。
たしかに廊下とかで見かけるといつも一人でいた。登校中も、下校中も、休み時間もずっと一人だ。友達の言うとおり暗い奴だ。
でも、時々その黒い瞳と目が合うと、もっと見ていたいって思う。それぐらいに綺麗な目をしていたんだ。
「なぁなぁ、お前なんで一人なんだ?」
ある日の放課後、誰もいない教室でボーっとしていた泉を見かけて思わず声をかけた。すると泉は異常なぐらいびっくりして、座ってた椅子から転げ落ちる。
「大丈夫か!?」
頭ぶつけたみたいだから一様痛いところがないか聞いて見ると、ふるふると首をふった。その動きが小動物みたいで可愛い。それでついヒカリにしてやるみたいに泉の頭を撫でる。するとリンゴみたいに顔を真っ赤にして慌てるもんだからおもしろい奴だなと思った。
「変な人ですね、八神さんって」
「ははっ。変な人ってはじめて言われたぜ」
やっぱこいつおもしろいわ。こんどは頭をぐしゃぐしゃと撫でてやると「やめてください!」って言われた。
「泉さ、なんでいつもひとりなんだ?」
こんなにおもしろい奴なのに。そう言うと、泉は暗い顔になった。いつも見る泉の表情だ。
「一人でいては、いけませんか?」
いや、いけないわけじゃないけどさー。
「寂しくないか?」
「……」
あ、俯いてしまった。あまり聞いてほしくなかったのか? 泉は何も答えない。泉も俺も喋らないから、外からカラスの鳴き声が聞こえてきた。
「……なぁ、泉! 一緒に帰ろうぜ!」
思いつきで提案してみると、泉はまた驚いたように顔を上げる。「なんで」とでも言いたげな顔だ。
「俺は泉と友達になりたい! だから一緒に帰るんだ!」
ダメか? って聞いてみると、泉は「そういう訳では……」と言った。じゃあいいんだな! 嬉しくなって泉のランドセルを持って手を差し出す。それは少し重かった。
少しためらいがちに俺の手をつかんだ泉の手は、思ったよりも小さくてびっくりした。
なんだろう。この手を握った瞬間、こいつのことを守ってやらなきゃって思った。
それが恋心だと気付いたのは、それほど遠くない未来の話。
お前と俺と、とある日の放課後
(なぁ、泉のこと光子郎って呼ぶからさ、お前も俺を名前で呼んでくれよ)
太光馴れ初め、太一さんside。独りぼっちの光子郎と、彼を知りたくて仕方ない太一さん。最初は純粋な興味が、恋心になるにはそれほど時間はかからない。
いつか光子郎sideも書くかも。
20111201