*長編番外編前日譚 *マサル+太一 *ダーク


 なまぬるい、生ぬるい、生温い!!!

 よく日に焼けた肌の上を、吐き気がするほどの悍ましさと嫌悪が駆け抜ける。闇に絡め取られて身動きができない彼の肌を、感情を、心を蹂躙するように。吐き気を感じても、何も入っていないからは何も出てくることはない。この苛立ちと気分の悪さを発散することが出来ぬまま、青年はただただその暗く、光のない常盤の目で世界≠見続ける。
「んなもの、生温くて仕方ねぇ」
 勇気、友情、愛情、誠実、優しさ――家族愛。
 鳥肌が立つほどのごっこ遊びを繰り返す、世界の住人達。それを闇の中から見据え続けるしかない、自分。仮らが羨ましいと感じた訳ではない。その逆だ。どうしてそんな生温い物に触れて、笑っていられる、幸せそうでいられる。
 体が腐り落ちてしまいそうな、その温さは、見ているこっちまで腐ってしまいそうでゾッとする。
 こんなものが見たいんじゃない。と、青年は闇の底で唸った。独りで生きていけない弱い者たちが群れあって、弱さを隠すように支え合って生きていくのが当たり前で、素晴らしいと言う世界の情景。こんな生温い情景を延々と見るためだけに産まれてきたのではない!
 弱さは悪でしかない。生きている価値なんてない。
 強さこそ正義になる。強き者、勝者だけが正しい。
 悪は生きている価値なんてないとのたまうこの世界。なのに蔓延るのは弱い者たちばかり。強い者は悪とされ、排除されるこの世の理。
 弱い者同士が傷を舐め合い、死んで逝くだけの生に、この世界に何の価値があると言うのか!

「じゃあ、価値のある世界ってなんなんだ?」

 延々と繰り返す自問自答。それに歯止めをかけたのは、まだ幼さを残す少年の声。顔を上げれば、オレンジのような茶色のような、不思議な色合いの双眸がそこにあった。青年よりも遥かに年若い……小学校高学年ぐらいだろうか? ただ、身に纏う雰囲気は、子供の物とは言い難い。
 少年が現れて、闇が深く、重くなった錯覚に陥る。否、錯覚ではないのかもしれない。先程までとまた違った悪寒が、青年の背筋を這いあがっていく。
「誰だ、てめぇ。何しにここに来た」
 青年が彼に感じたのは、まぎれもない恐怖だった。ありえない。あってはならない。自分が誰かに、それもこんな子供に、恐怖を覚えるなんてことはあってはならない。一瞬でも感じてしまったその恐怖を誤魔化すように、その少年を睨みつける。しかし少年は動じることなく、青年を見ている。
 そのあどけない顔に浮かぶのは、笑みだ。リーダーが信頼している仲間たちに向けるような、親愛と慈愛に満ちた、太陽のような笑み。青年がもっとも嫌う薄ら寒い微笑みだ。
「お前を迎えに来たんだ」
「迎え、に?」
「お前は、どんな世界を望む?」
 問われ、青年は考える。彼が望むのは、価値のある世界だ。自分が生きるに、暴れるに価値のある世界。己が拳で、相手の血肉を感じることがゆるされ、それにおいて自分の存在価値が確立できるような、そんな世界。
 勉学、知性、理性、合理? そんなものクソ喰らえ。そんなものは強さになんて敵わない。
「……強さこそすべて、弱ければ生きる価値すらねぇ…………強さこそが正義になる世界で俺は生きてぇんだ」
「なら作りかえればいい」
 何を言っているんだ。そう問う前に、少年は語り出す。自分が何者なのか、何の為に此処にいるのか。これから自分が何をしようと言うのか。そして、その為に青年の力がいると言うことも。その話を聞いて、青年の心を満たしたのは、純粋な好奇心と、少年への不快感。
 正直この少年は気に喰わなかった。けれど、彼がやろうとしていることに関してはおおいに興味がわいた。
 闇で燻るだけの退屈な生を終わらす、胸の高鳴り。冷たいはずの自分の身体が熱を帯びた感覚。生きている、実感――。
 常盤の瞳に、朱が宿る。それを見た少年は青年に小さな手を伸ばす。
「こいよ、マサル=v
 身体を絡め取っていた闇が溶けていく。それでも、尚闇はさらに濃く、深く、重くなっていく。戒めの解かれた腕を伸ばして、少年の手にマサル≠ヘ己の手を重ねる。その手を通して感じるのは、悍ましさとそれを上回る歓喜だった。



流れる液体の色を選べ
(血肉沸き踊る狂乱の宴は目前に)


久々ですね。キャラぶっれぶれだわぁ
20130221

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