*擬人化 *本編捏造 *ケルビモン×輝一



 忘れてしまうほどの昔に、兎は考えた事があった。

――もし、自分がビーストではなくヒューマン型のデジモンだったのなら。

 我ながら馬鹿馬鹿しい考えだと、兎は自分自身で一蹴した。
 それは今までの自分の人生を、長い時をかけて築き上げた価値観を、行いを、全てを否定することに他ならなかったからだ。ただのデジモンなら、それが出来たのかもしれない。しかし、自分は普通のデジモンとは違うのだと言う自覚と責任が、それを考える事すら許さない。
 考える代りに、兎は壊す事を選んだ。
 自分を否定しない代わり、兎は己の手で守ってきたものを全て崩壊させ、蹂躙した。今思えば、そう導かれたような気もしたが、それは些細な事。結局のところ、兎は本当に求めたものを手にすることは、未来永劫叶わなくなったのだから。
 戯れに人の姿を取ってみても、何一つ心が晴れることはない。全てが無意味な行為だ。
 そんな兎の前に現れたのは、一人の人間の魂だった。
 それはまだ子供の器にも関わらず、抱えていた負の感情はその器から大きく溢れ出していた。おおよそ子供が持つにしてはあまりに重すぎる感情だ。それだけだったら何も思わなかったのかもしれない。しかし、その中で必死に保ち続けている一つの感情が、兎の興味をひく。
 兎は少年の目の前に立つ。子供が顔を上げる。綺麗な藍色の瞳だと思ったのは一瞬で、次の瞬間、兎の心には様々なヴィジョンが流れ込んできた。この子供が知り得る限りの、過去と真実が。そして兎は知る。この子供が、あの女天使が目にかけていた人間の双子の片割れだということを。
「母親の……他者の幸せ、か」
 ふと思い出すのは、かつての自分。他者の為に身を粉にしていた自分、三大天使とまで謳われた己の過去を。
 この子供は少し自分に似ているかもしれないと思った。他者の幸せを願う傍らで、他者への負の感情を煮え滾らせていく。
「……気に入った」
 兎の口角が自然と弧を描いた。「お前は?」と問う少年の手を取り、無理矢理立たせる。思ったよりも子供は小さかった。自分の鳩尾程度のちっぽけな存在。しかし、それが抱えていたものは重い。
「私は闇の解放者だ」
 兎はそう名乗ってから自嘲した。善を司るはずの自分が自ら闇を名乗るだの、堕ちたものだ。
「闇……?」
 女天使が目にかけていた子供は、整った顔立ちをしていた。もちろんその片割れも。ぐっ、と顔を近づければ、少年は戸惑ったように兎の赤い目から視線を外そうとする。だが、両頬に添えられた大きな手がそれを許さない。
「憎いか?」
 問う。子供の瞳が揺らいだ。
「お前たち親子に理不尽なこの世界が」
(ビーストであるが故の理不尽な仕打ちが)
「お前のことを知らずに幸せな生活を送っている他者が」
(私の気持ちなぞ理解せずに笑いあう彼女たちが)
「他者とは違う役割を与えた運命が!」
(何故私でなければならなかった!)
 闇が揺らめいた。藍色の瞳にある光が闇で曇った。その闇が自分の物なのか少年の物なのかの判別はつかない。
「……憎い」
 少年は答える。憎いと、理不尽だと、苦しいと、悲しいと、寂しいと。兎は答えを聞いて細く、歪に笑む。
「その心を忘れるな」
 兎は持っていた闇のスピリットを手に持つ。そこに眠るはずの闇の闘士は未だに足掻き続けていた。だがそれは些細な事。
 スピリットを手にしたまま抱きすくめた小さな体は、意外にもあたたかい。そのぬくもりにまた過去を見たような気がした。
「その憎しみを、世界に、弟に向けろ。その為の力をお前に与えてやる」
 チクりとした胸の痛みを無視して、兎は少年の耳元で囁く。
 手に持ったスピリットはすんなりと少年の体の中へ潜り込んでいく。「どうやら適合したようだな」と力の抜けた体を片腕で支える。綺麗だと思った藍色の瞳が、虚ろに兎を見上げた。
「今この瞬間から、お前は私のものだ」
 感じたのは優越感。
 決して手に入れられないと思ったものを、この手にできたかのような錯覚。それはこの子供が天使と同じような姿をしていたからだろう。
 冷たくなった少年の頬を愛しげに撫で、この少年の中で芽生えた新しい闇の闘士を歓迎した。


否定の代わりに崩壊を
(それすらも仕組まれた運命だとは気付かない、哀れな黒兎)

ケル一は愛情でなく身代わりか依存対象だとうまい。
20120828

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