*闇堕ち *暗め *太一+啓人


 蝶が、マジックアワーの空に吸い込まれて消えてく。その様子をぼんやりと眺めていたけど、蝶が見えなくなったから視線をおろす。
 燃える緋色と静かな藍色が混ざり合う空。世界は変わろうとしていた。夕方から夜へと。それは、太一さん達がやろうとしていることの暗示みたいで、不思議と気持ちが高ぶっている。きっと、今の俺の瞳は、赤い。
 太一さんや大輔のデジタルワールドは美しいと思った。広がる森と海、砂漠、カラフルな町。極寒の氷山の天辺から見下ろすこの世界は、どこを見ても様々な色に染まっている。こっちのデジタルワールドは荒地ばかりで味気ないから新鮮だ。
「俺はこの世界が好きだ」
 ふと、下から聞こえた声。ギズモンの上ひょっこりと顔を出すと、オレンジのような茶色のような、不思議な色合いの瞳と目が合う。地平に沈みかけてる太陽のせいかな。光のないはずの瞳は、少しばかり光り輝いていた。
 きらきら。
 外見に釣り合う、子供のような目。闇にふさわしくない、純粋な色。
「かつて、この世界に焦がれた男がいた。この世界に選ばれなかった大人だ」
 聞いてもいないのに、彼は語り出す。俺に向かって、空に向かって朗々と。彼のものであり、彼のものにはなりえない記憶≠フ話。
「男は死して蝶になった」
 その男のことを、俺は知っていた。太一さんが言おうとしている言葉の、続きを。
「「そして彼は無数の蝶となってデジタルワールドに散った」」
 声が重なる。体験してきた彼と、観てきた俺。その語りの重みには雲泥の差があるだろうけど、同じものだ。
「蝶はな、命の象徴なんだってさ」
 アステカに伝わる話だ。魂、あるいは苦悩する者の口から吐き出される、命のシンボル。
 男は苦悩の果てに、愛するこの世界を見守る蝶となった。
「俺はこの男が羨ましい」
「死んだのに?」
 太陽が沈む。オレンジは藍色に塗りつぶされ、世界は夜の闇へと堕ちていく。傷口から血が噴き出すかのように、太一さんの瞳が光を掻き消し、赤く染まっていく。闇に映える鮮やかなスカーレット。滑稽なほど俺たちにふさわしい、赤。
「死してこの愛しい世界と同化する!……こんな理想的な死に様が他にあるか?」
 愛、か。ずいぶんと重い愛だ。歪みきったこの恋慕が、この世界を、いや、いくつもの世界を脅かすなんてね。
「今から死に様を望んでどうするんです?」
「生まれ方は選べなくとも、死に方くらい選んだっていいだろう?」
 闇が、満ちた。あぁ、平和な朝日は、もう拝めないね。
「さぁ、来い啓人=v
 差し伸べられる手。俺はギズモンから降りて、その手を取った。
 
 さぁ、お仲間ごっこもとい、ゲームのはじまりだよ。


蝶の亡骸
(ねぇ、この世界を愛するあまり堕ちた、俺の憧れの人。俺に貴方の最期を看取る権利をくれませんか?)

長編番外。前日談。
命=蝶という考えもあれば、ミツバチや蠅だという解釈もあるそうです。もっと浸透しているものだと花や鳥のほうが一般的かもしれません。
及川さんの命は蝶となり、ずっとデジタルワールドを見守っていくのでしょう。
20120810

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