*甘 *ほのぼの


 初めて重ねた唇は柔らかかった。かさつきをまだ知らない互いの唇。それはまだ十年ちょいしか生きていない幼さゆえなのかもしれない。その思考が完結する前に、頬に走ったのは乾いた音と痺れるような痛み。
 目の前にはしまった≠ニ言いたげな顔をした輝二が、頬を張った右手を持てあましている。その口が「ごめん」と言葉を紡ぐ前に、軽く指先を当てて抑えた。
「悪いのは、俺」
 接触嫌いの(だいぶ改善されてはいるが)輝二に、こんな不意打ちをしてしまえばこうなるなんてわかり切っていたことだ。はじめてなら尚更のこと。
 と言っても最初からそうするつもりだった訳ではない。その場の雰囲気と流れによる衝動的な行為だ。頬を張られるまで自分が何をしたのかさえ、あんまり理解していなかった。
 輝二が「ごめん」っていいかけたという事は、少なくとも嫌ではなかったってことなんだろう。多分脊髄反射ってやつ。そう思うだけで頬の痛みなんて気にならなくなる俺は、多分末期症状なんだろうな。
「でも、痛かっただろう?」
 別にそこまで心配されるほど痛くはない。おそるおそる頬に触れてくる輝二の濃藍は不安げに揺らいでいる。馬鹿だなぁ、こんなことでお前を嫌いになるなんてありえないのに。
「じゃあさ、輝二からキスしてよ」
 そう思いつつも口から出るのは意地の悪い言葉だ。頬に添えられた手を自分の手で包むと、ぴくりとその指先が動く。
 少し調子のりすぎたかな、なんて思った直後に手を振り払われて、微かに痛む頬に柔らかいものが触れる。
「わぉ……」
「なんだ、その反応は」
 だって、正直またビンタされるかと思った。
 離れようとする体を腕の中に閉じ込めて、ニヤついてしまう顔を隠す様に輝二の肩に顔を埋めた。
 居心地悪そうに身を捩る動きを、腕に力を入れて抑える。苦しいと小さな抗議が聞こえるけど無視だ。
「今度は口にしてほしいなぁ」
「……そのうちな」
「じゃあ俺からは?」
「好きにすればいいだろ」
 もう少し素直に言ってくれてもいいのに。
 なんてぼやきたくなる声を押さえて、真っ直ぐ俺を見る吸い込まれそうな濃藍の双眸に身を委ねるまま、もう一度唇を重ねた。


恋の過程で治療中
(接触嫌い完治まで、あともう少し)


フロンティア10周年記念その一
20120407

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