* * *


エレメントの入れ物としてしか扱われてこなかった薄っぺらな体に戦闘兵器としての力が宿っていくことを一番喜んでいたのは、恐らく俺だと思う。その感情をメルキューレ本人が抱くのならばさほど違和感はないけれど、抱いたのが俺だった時点でそれは歪んでいた。
「メル」
未だにその名で呼ばれ慣れていない彼は戸惑った目で俺を見る。戦う力を身につけていくことにも、彼は喜びなんかよりもむしろ戸惑いを抱いていた。
「来いよ」
本気を出すと流石に練習にはならないので、緩く構えて呼びかける。俺を見て、メルはためらいを吹っ切るように頷いた。地を蹴る軽い音の後、前で交差した腕に浅い衝撃。腕を引き戻す動きにあわせてメルの横髪が舞った。交差をほどいて腕を伸ばす。拳を作らず伸ばしたままの指がメルの頬を掠め、爪が赤い筋を残した。
彼の目は俺から離れない。最近は読心の精度も上がってきて、実際にこちらが攻撃を仕掛ける前から応対ができるようになった。ただ、視線は定まらない。いつもぐらぐらと揺れている。ためらっている、惑っている。
『俺はここにいてもいいのか』
『触れてもいいのか』
『戦ってもいいのか』
『傷を付ける意図で触れてもいいのか』
「そういうとこ、まだまだ甘いよな」
大振りで放たれた上段蹴りを片腕で受け止め、軸足を払う。ぶれた肩を掴み、そのまま体重をかけて地面に引き倒した。
「大振りはやめとけ。もっと体裁きのスピードが上がってからな」
「……っ」
悔しそうな顔をしても、甘い眼だった。それこそ産まれたときから戦うことが決まっていたアグニやヴォルフは、戦うとなると瞳の色が変わる。獣のように全く揺らがない光を宿す。今まで戦うことを知らなかった面々は惑うのが当たり前だ。でも俺は、この男にそういった甘えを捨ててほしかった。
「メル」
「……?」
軽く上がった息を整えながら、メルキューレは首を傾げる。地の上を銀髪が這った。
「俺はきっと、お前に教えることを間違えたな」
傷つけるために他者に触れるやり方よりも前に、ただ慈しむために他者に触れるやり方をお前が欲していたのも分かっている。けれど俺は、お前に強くなってほしいと願っていた。二度と一人で涙を枯らすことなどないように。
「間違えた、な」
血のにじんだ頬に指を当てる。メルは、ぱしりと俺の手を掴んだ。
「俺に手を伸ばしてくる誰かがいる。だから、お前は間違っていない」
鏡面のような目は俺の揺れをいっさい映さず、迷いがない。こういうときばかり、触れるのをためらわない男だった。
「お前についてきたことは、間違いじゃなかった」
本当は、お前は太陽の当たる場所で静かに生きるべきだったんだ。こんな闇に愛されることなんかなく。でもお前がそれを間違いと呼ばないのなら、俺を許すのならば、俺はお前を愛し続けるよ。

noise


当サイトが一万Hitした時の記念に羊ちゃんから頂きました!
もう羊ちゃんキャラの心理描写好きすぎてもう私のライフは0よ!メルキューレ受け好きすぎて//////

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