46.襲撃者


 一面の純白に、墨汁を零したかのような黒が広がった。
 ずるり。それは水のように揺らめいて、白い花畑に2つの影を吐き出した。少年の影と、小さなデジモンの影。花を輝かせる太陽光に照らされ、彼らを取り巻いていた闇が溶けていく。
 花弁を舞い上がらせる風に吹かれて、闇は砂のように四散した。その場には、赤茶の短い髪に赤褐色の瞳を持った少年と、黒い小さな小竜型デジモンだけが取り残された。
「へぇー、いい所じゃん」
 純白の花に包まれた天使の城。眼前に広がる美しい光景を目にして、少年は口笛を吹いた。
「元三大天使、オファニモンの居城か。これで綺麗な女の子でもいれば完璧だな」
 おちゃらけた口調でおどけてみせるが、その赤褐色の瞳は鋭い。傍らの小さなデジモンの赤い瞳も、ただターゲットだけを見据えている。
「ただこの隣のエリアが少しなぁ……」
 東にそびえる黒い摩天楼のあるエリアは、確かにこのエリアとは不釣り合いだ。しかし、その歪な地形もデジタルワールドならではだと思えばそう悪くはない。
「まぁ、このエリア自体は気に入ったし、あの城ごと俺のものにするか」
 言いながら、少年は四角い小さな機械と、手の平サイズの機械を手に取る。小さい方の機械はメタリックブラックの塗装をされており、ボタンキーや画面は薄ら赤い。
 四角い機械の蓋が開く。現れた画面に映し出されているのは、八つのデジタマのようなアイコンだ。それは黒いプログラムレイヤーをむき出しにし、画面の中で回っている。その内の一つが、ズームアップされた。
「とりあえずは、城の中にいる邪魔者の始末だな。……ブイモン」
 言葉とともに小さい機械が赤く光を放つ。画面からふわりと浮かび上がってきた黒いデジタマに近いものは光を放ち、傍らのブイモンと呼ばれたデジモンを取り込んで、姿を変えていく。
 その様子を見据えつつ、少年……大輔は楽しげに笑った。









46.襲撃者








 張りつめた空気の中で、子供たちは不意に重苦しさを感じた。
 肌に纏わりつくような空気の正体を真っ先に察したのはデジモンたちだ。メイルバードラモンが羽の先を丈から逸らし、ワイズモンはペンを走らせるのを止めて顔を上げた。テントモンとゴマモンも同時に扉へと目を向ける。細かな細工彫りがされた重厚な金の扉へと。
「どうした?」
「殺気だ」
 短く答え、臨戦態勢をとったメイルバードラモンにならい、キリハはクロスローダーを構える。
「この感じ……さっきの」
「さっきって、ここに来るまえかい!?」
 ゴマモンの言葉に、丈がサッと青褪めた。さっきと言われて真っ先に思い浮かぶのは、リリスモンやリヴァイアモン、そしてヴァンデモンだ。縛られたこの状態であれらを相手取るのはご遠慮願いたい。流石の光子郎も焦りの表情を浮かべて「この拘束を外してください!」と訴えた。しかし、臨戦態勢のキリハはまともに取り合う気はないようだ。
 このまま強引に進化すると言う手も考えたが、デジヴァイスはワイズモンの机に置いてある。光子郎のパソコンも一緒に。
「どうも最悪な事態ばっかり続いてしまいますなぁ」
 テントモンが投げやりに呟いた直後、城全体が大きく揺れ、暑さ10p以上はあるであろう金の扉が木端微塵に吹っ飛んだ。その衝撃と爆風で、積み上げられていた本たちがばさばさと飛ばされて散らばり、紙片が舞い上がる。立ち込めた粉塵と埃が城内を満たした。
「お邪魔しますよーっと」
 開け放たれた扉から陽光が降り注ぐ。風が立ち込めた粉塵を吹き飛ばして視界を切り開き、軽い口調で入ってきた人影の姿を露わにする。
「大輔君……?」
「……の、偽物ですね」
 小さい丈の言葉に、光子郎の否定が入る。いくら大輔でも、こんな乱暴な入り方はしないだろう。それに、大輔の瞳はあんなに鮮やかな赤い色ではない。光子郎の言葉が正しいことは、ここにいるデジモンたちが証明していた。
(先程の工藤タイキの姿を模していた少年と同じく、デジモンの気配を持った人間……おもしろい研究対象だ)
 ワイズモンはいつの間にか悠然と距離を取り、二階にあるゲートのような物の前から下を見下ろしていた。彼にとってこの状況がどうなろうが関係はないのだろう。
「偽物とはどういうことだ?」
「あいつらの仲間ではないということか」
 キリハとメイルバードラモンの脳裏にタイキとそっくりな少年の姿が映し出される。あの大輔≠ニ呼ばれた少年は、なんらかの関係があるに違いない。
「偽物なんて失礼だな」
 大輔≠ヘそんな彼らのやり取りを聞き、不満気に唇を尖らせる。すっ、と体を横に引くと、背後に控えていたデジモンが進み出る。四つ足の大きなデジモンだ。
 頭部には、ホルスモンを思わせる文様が入った黒い兜。その下からは長く黒い二本の牙が鋭く突き出している。四本の足は赤と黄色ので彩られており、フレイドラモンを想像させる。その目は大輔≠フように赤い。
「さぁ、最初は誰がこのセトモン≠フ相手をしてくれるんだ?」
 その体をぺたぺたと軽く叩く大輔≠ヘ、ぐるりとここにいる者たちを見回す。その声に答えたのはキリハだ。
「メイルバードラモン」
 静かな呼びかけに答えるように、メイルバードラモンはキリハの前へと踏み出す。城の中で巨体な二体のデジモンが相対するその様子は、もともと圧迫感があったこの空間に、さらに拍車をかける。ぴりぴりとした殺気が、子供たちの肌を静電気のように痺れさせた。
「最初はお前たちか。名前はなんていうんだ?」
「……偽物ごときに名乗る名はない」
 瞬間、セトモンが咆哮を上げて、メイルバードラモンへと牙を向けて突進してきた。紙が、本が、粉塵が再び舞い上がった。「弾き返せ!」とキリハの鋭い声とともに、メイルバードラモンは龍の手のような尾を振り上げる。
「トライデントテール!」
 刃と刃が噛みあうような、硬質な音が響く。メイルバードラモンの体へ向けられていた牙が巨体ごと跳ねあげられ、上に向いた。ぎょろりと、セトモンの赤い目が下に向く。鋭い歯が並ぶ口が開いた。メイルバードラモンの感覚が熱を感知すると同時に、開かれた凶暴な喉の奥で、炎がちらついた。その様子はキリハも捉えていた。
「外に放り出すんだ!」
 体制を低くしたメイルバードラモンがセトモンの腹へとぶつかる。セトモンの口から、炎の放つ光が光子郎たちにも視認できると同時に、メイルバードラモンがありったけの力でセトモンを外に押し出す。セトモンは潜り込んできたメイルバードラモンを潰そうと前足をばたつかせた。二体の咆哮。城が揺れる。穴の開いた扉へと、その巨体が叩きつけられた。さらに大きな穴が開き、再び粉塵と無残に千切れたた本が舞う。白い花畑の上に、黒い巨体が押し出され、花弁が空へと飛び立つ。セトモンの体を押し上げ、口が上を向いたところでメイルバードラモンが素早く距離を取った。
 一拍おいて、セトモンの口から炎が吹き出す。火山の如く天空へ火柱を上げ、熱風を巻き散らした。舞い上げられた白い花弁が一瞬にして炎に包まれ、火の粉となって降り注ぐ。
「危ない所でしたね」
「あんなん城の中でやられとったら大変でしたわ……」
 城の中にまで伝わってくる炎の熱に汗がにじみ出る。ここには大量の本があるのだ。炎技など使われたら一発で火の海だろう。
 にやにやと戦いを傍観する大輔≠一瞥し、キリハは外に飛び出すと青いクロスローダーを構えた。
「リロード! グレイモン!」
 キリハの声とともに、光に包まれた青い竜がメイルバードラモンの隣に立つ。「やっと出番か!」と上げられた咆哮は、メイルバードラモンと同じく、重厚のある落ち着いた声だ。
「あれがグレイモンだって!?」
「アグモンが進化したグレイモンとはずいぶんと違いますが……」
 青い体は前傾姿勢、鼻先の角は金属の刃に、二本の曲がった角の間には金属装甲、尻尾の先には刃がついた、メタルグレイモンを彷彿させる機械のような体。それは聞きなれたデジモンの名前でありながら、光子郎たちが見たことのない姿をしたグレイモンだった。
「ほぅ。世界が違うと、デジモンの姿も異なるとは興味深い情報だ」
「ワイズモン!」
「やい! お前は戦わないのか!」
「私は肉体派ではないのでね」
 突っかかるゴマモンをさらりと流したワイズモンは相変わらずだ。
「やはりキリハさんは、異なるデジタルワールドの選ばれし子供でしたか」
 五つの異なるデジタルワールド。他の世界に、自分たちと同じような役割を持った子供がいても、何ら不思議ではない。何よりも、キリハの持っていたクロスローダーは、光子郎たちのデジヴァイスとは、形も機能もなにもかも違うようだ。きっと、ここに来る前に助けた子供たちも、他のデジタルワールドの選ばれし子供たちだろう。
「五つデジタルワールドを救った世界の子供たち……」
 ふと、傍観していた大輔≠ェ光子郎たちに目を向け、口を開く。大輔と全く同じ姿をしているはずなのに、これほどまでにハッキリ別人だとわかるのも変な話だ。
「お前たちはゲストプレイヤーとして¥オ待されたんだよ、この世界創造ゲームに」
 扉から、熱風。
 キリハは大輔の言った言葉を聞くことなく、再びクロスローダーを構えた。

「グレイモン! メイルバードラモン! デジクロス!」



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