41.未知との遭遇


 未知の探究者。
 この意味において、自分とそう名乗った目の前のデジモンはとても波長が合っているのではと、光子郎は遠い目でそんなことを考えた。こういう状況でさえなければ、是非とも詳しく話を聞きたいくらいだ。そう、こんな状況でなければ……。
「光子郎はん、目が死んでまっせ」
 テントモンの言葉に、光子郎は逸らしていた思考の焦点を戻した。
「それで、僕たちをどうしたいんだ?」
 目の前で記録を取っているデジモンは、静かに問う丈の声に答えない。
 赤いローブを纏い頭部をターバンのように白い布でおおった人型のそのデジモン、ワイズモンはローブの袖口から出る真っ黒い手でただひたすらに羽ペンを羊皮紙に走らせている。
「……実験動物は警戒と敵対の色を隠すことなく問いを投げかけてきた」
「だーかーらー!質問に答えろやい!」
「青髪の実験動物の横にいるゴマモンは、何やら喚きながら飛び跳ねている」
「むきぃー!」
 ワイズモンはどうやら光子郎たちの観察記録を取っているようだ。他には特に光子郎たちをどうこうする気もないようなので、光子郎は冷静に周りを観察していた。薄暗い石造りのこの空間には上下左右何処を見ても、大量の本がぎっしり詰まった本棚が所狭しと並んでいる。
 なぜこうなったのか、何故ここにいるのかはよく覚えてない。ただ光に包まれ意識を失った後、目が覚めたら丈とゴマモンとテントモンとこの図書館のような部屋の中にいたのだ。手足を鉄球に繋がれたまま、この大理石の床に転がされていた。
 目覚めてからかれこれ30分以上たつが、これと言った進展はない。これ以上の押し問答も無駄だと悟ったのか、丈もテントモンも黙って成り行きを見守っている。そんな中、相変わらずゴマモンだけは未だにワイズモンに喧嘩を吹っかけていた。







41.未知との遭遇






 そこは一面白い花に囲まれた城だった。風が吹く度に白い花の絨毯が揺れ、青い空へと舞い上がっていく。そんな様子を、キリハは仏教面のまま目を細めて眺めている。
 彼の視線は花などには向いていない。この城から遥か東方に見える、霧がかかった高いビルが聳え立つ不気味な街へと向けられていた。さながら、摩天楼が立ち並ぶ黒い都会都市と言った所か。
「……違う、な」
 ぽつりと、誰に言うでもなく呟いた。
 そう、違うのだ。確かに陸続きで繋がっている様に見えるこの花畑と、東の街は明らかに繋がっているはずもない∴痰、もの。それはジグソーパズルで、絵が全く違うパズルから持ってきたピースを無理矢理はめ込もうとするような不自然さがあった。
 世界の統合というとんでもないことを試みた後だ。こういった事があっても不思議ではないのかもしれない。きっとこの不自然さは、2つの世界の地形の一部を無理矢理くっつけようとでもしているのだろうと、キリハはそこまで考えた後に思考を切り替えた。
「どうだった?」
 頭上から鋼鉄の翼を羽ばたかせ戻ってきたメイルバードラモンにキリハは声を投げる。
「この城周辺にはもう誰もいない。あの街の境界線も見てきたが、かなり不安定だ」
「だろうな」
 思い返すのは、かつての冒険。キリハの推測が正しければ、城と街の境界線はデジタル空間の狭間のような物だろう。コードクラウンを使い、ゾーン移動していたあの頃と同じ状況だとすると、あの街に行くには何かしらの条件があり、その条件を満たさなければならないのかもしれない。
 しかし、その条件が以前と同じくコードクラウンだとすると、状況的には不可能に近い。気を失う前に、タイキそっくりのあの少年がかかげたものは、間違いなくコードクラウンだったのだから。
「無理に突破は出来ないだろう。幸い此処の城には大量の蔵書がある。手がかりをつかめるかもしれない。かなり時間はかかるだろうが」
「ワイズモンが捕えた人間はどうする?」
 言うなり踵を返したキリハにメイルバードラモンが問う。その言葉は暗に「必要なら始末する」と言っている様にも思えた。あの偽物のタイキの件を考えると、人間と言うだけで楽観視はできない。様子見が望ましいのだが、そう悠長に構えている暇がないのも事実だ。だが、自分たちと同じように巻き込まれただけとも限らない。
 キリハは瞼を閉じて、少しだけ考えた後に目を開いて東の摩天楼を一瞥した。
「……一度話してみよう。判断はそれからだ」
 足早に城の中へと戻って行くキリハの背に向けて、メイルバードラモンは「ずいぶん甘くなったな」と投げかけた。


*******

 
 ワイズモンが実験部屋に改造した城の一角は、耳を塞ぎたくなるほど騒がしい。その騒がしさの原因がゴマモン一匹だと言うのだから驚きだ。
 本が散らかるそのテリトリーにキリハが足を踏み入れると、ゴマモンはぴたりと喚くのを止めると、目を瞬かせてキリハへと視線を向けた。それにつられて二人の人間とテントモン、そしてワイズモンも、キリハと少々窮屈そうにしているメイルバードラモンへ顔を向けた。
「人間……?」
 ぽつりと呟いたのは、眼鏡をかけた留紺の髪の長身の少年だ。他に人間がいるなんて思ってもみなかったのだろう。自分よりも年上だろう少年の言葉に、キリハは「人間じゃないなら、俺は何に見える?」と返す。少年ではなくゴマモンがなんか反論しようとするのを遮って、雀茶の髪をした少年が代わりに口を開いた。
「貴方は?」
 探るような目をした雀茶の少年の問いかけに「人に聞くときは自分からが礼儀だ」というお決まりの常套句で返す。少年は少しためらった後に「僕は泉光子郎です」と名乗った。光子郎はキリハから視線をずらさないまま、淡々とテントモンや丈、ゴマモンを紹介する。名前だけで他には何もない質素なものだが、それはこの場においては正しいものだとキリハは思う。
「俺は青沼キリハ。こっちはメイルバードラモンだ」
 ぴりぴりと張りつめる空気の中で、ワイズモンは相変わらず紙に羽ペンを走らせていた。どうやら目の前の事態よりも目先の研究対象らしい。
「キリハさんは、ワイズモンの仲間ですか?」
「直接の仲間ではないな。俺の戦友の仲間、と言うべきか」
 ワイズモンはもともとクロスハートのデジモンだ。直接的にはキリハの仲間ではない。「仲間の仲間は、自分の仲間」なんて甘い思考回路をキリハは持ち合わせていなかった。
「さて、今度はこっちからの質問だ」
 一旦切れた会話を繋いで、腕を組む。そこで「待ってくれ」と発言したのは丈だ。
「この拘束を解いてくれないかい? 話をしようにもこの体勢は辛い」
「悪いが、それは無理な相談だ」
 嫌になるほど冷たいその声に丈は憤ったが、反論しようと開いた口が言葉を発する前に、メイルバードラモンの翼の先が丈の喉仏に突きつけられた。鈍く外からの陽光を反射する冷たい輝きに、丈の言葉は声にならない悲鳴とともに喉の奥へと押し込まれる。
「丈になにするんだ! さっきの礼儀ってのはどこにいったんだ!」
「勘違いしないでもらおう、今我らはお前たちとは対等ではない」
 重厚のある重々しい声音でメイルバードラモンは言い、その殺気を目の当たりにした丈とゴマモンは背筋を伸ばした。テントモンが不満げに「そりぁ、わてら縛られてますねん」と小さく呟くが、「敵か味方かもわからない奴を野放しにする馬鹿もいないだろう」と一蹴される。
 少なくともこの場において、キリハたちは光子郎たちよりも優位だ。
 だが、光子郎はまだ余裕があるものと思っている。
 というのも、目覚めた時にワイズモンから断片的に聞いた話だと、事件に巻き込まれて見知らぬ土地に落とされたという状況は同じ。どっちにせよ、キリハは即急に情報が欲しいはずだ。もちろん、光子郎たちも。
 今はここにいない仲間達や、ここに来る前に助けたあの少年たちも行方も探さなければならない。本当ならキリハと手を組めることがベストだ。そうするには互いのことを知らなすぎるし、かと言って一方的にこちらの情報を開示するなんてできない。
(さて、どうしたものでしょうか)
 できるだけ穏便に済ませられる方法はないかと、重苦しい空気を吐き出すように光子郎は思考を沈潜させた。



- 45 -


[*前] | [次#]
ページ:




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -