幕間 それは本番前の前座に過ぎず


 すべての世界が眩い光の中で散り散りに散っていくその様子を、中央の水鏡で眺めていたタイキはゆらりと顔を上げる。
「お前のせいで、余計な手間が増えた」
 禍々しい紫色の灯りが照らすだけの薄暗い部屋に、苛立ちを隠しきれていない低い声が嫌に響いた。暗い深海の蒼が、赤褐色の瞳を鋭く睨み付ける。
「俺のせいじゃないっスよ、タイキさん」
 赤褐色の瞳を持つ少年は、怯えた様子も見せずに肩を竦めて見せると間延びした口調でタイキに弁解する。
「リリスモンを抑制できなかったのは間違いなくお前の責任だ」
「おぉ……タイキさん手厳しい」
 ぴしゃりと弁解を叩き落とされて少年はおどけたように、別の少年の背後に隠れた。
「タイキ、そう大輔を責めるなって。これは配役を間違えた俺の責任だ」
「太一は大輔に甘すぎる」
 見かねたのか、太一と呼ばれた少年はタイキを宥める。タイキは気に食わないと言いたげに鼻を鳴らした。
「でもタイキさんの言いたいこともわかるなぁ」
 琥珀色の髪をした少年は、紫色のデジモンの頭上から気怠そうに言う。
「だって面倒なのは少ないほうがいいよ」
「啓人は自分が仕事したくないからだろー?」
 大輔の指摘に「バレちゃったか」と啓人は舌を出した。すると彼等の中で、一際身長が高い少年が掌に拳を打ち付ける。
「俺ぁこっちのほうがいいな」
 ゲームがすぐに終わってもつまらねぇだろ? と笑うと、その隣の緋赤銅の瞳をした少年は些か呆れた様に息を吐いた。
「マサルは喧嘩がしたいだけだろ」
「んだよ。拓也だって同じだろ?」
「まぁ、な。このまま終わってもつまらないし」
 血の気の多い二人の発言に、啓人は「野蛮だなぁ」と呟き、作戦のミスを嘆くでもなく、逆に楽しみ始めた彼らにタイキは痛む頭を軽く抑える。
「どいつもこいつも……」
「あ? おめーだってオリジナル≠殺そうとしたらしいじゃねーか。あれも命令違反だろ」
「あれは単なる脅しだ」
「どーだか」
 タイキとマサルが睨み合い、空気が張りつめる。大輔は「相変わらずおっかねぇ」と呟き、太一は溜息を一つ吐くと口を開いた。
「どの道、俺達はまだ体現者≠ニしての力は弱い。時間が与えられたと思っていいんじゃないか?」
 失敗は取り消せない。この誤算を利用して更なる力を付けた方が余程有意義だ。太一のこの言葉に二人も反論の余地がないのか、互いに視線を外して顔をしかめる。
「俺は勝手にやらせてもらうぜ。もうお前らの指図は受けねぇ」
「手順さえ間違えなければなにも言わないさ」
 マサルは太一の言葉を聞くなり、身を翻して暗がりに消えた。
「いいのか?」
「マサルは俺とタイキのことが嫌いだからなぁ。好きにさせておくのが無難だろ」
 性格の問題なのだろう。こればかりはどうしようもない。しかし、大まかな任務が遂行されていれば微調整はこちらですればいい話だと太一は思っている。タイキは中々割り切れていないようだが。
「じゃあ、俺も行こうか」
 そうぼやいて拓也も踵を返す。
「一応言っておくが、オリジナルはまだ殺すなよ?」
「……わかってますよ、太一さん」
 一瞬だけ顔をしかめて、拓也もまたこの場から消えた。
「じゃあ、俺達もそろそろ動くかな」
 それは解散の合図だ。直後にタイキも消え、続いて大輔も名残惜しそうにこの部屋を去る
「啓人も頼んだぞ」
「はーい」
 太一の姿も闇に溶け、その場には静寂が満ちた。そんな中で、くすくすと啓人の笑い声だけが空気を震わせる。
「頼んだぞ、か……。太一さんもほんと人が悪いよねぇ」
 誰に向かってでもなく、言葉を紡ぐ。

「俺たち体現者≠フ間に、信頼もなにもあるわけないのにね」

 その笑いにも赤がちらつく瞳にも、感情なんてものは欠片も見いだせなかった。



それは本番前の前座に過ぎず
あとは用意された舞台で踊るだけ




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