会津藩の降伏。
それは、屈辱に満ちた敗戦だった。

その降伏すら受け容れず、更に数日間戦い抜いた人達がいた。
会津藩主の命が下り、直接説得に使者が赴いた時…。
その集団から離脱していた人物がいた。

彼のその後を知る者は居ない…。







生い茂る枯れ草を掻き分けて、小川がさらさらと流れる砂利道へと出て、私はホッとひと息吐いた。
「おっかあ、またここに来たの?」
「おっかあ、おみずのんでいい?」
必死についてきた子供二人は、結構な距離を歩いたのにも関わらず、元気に聞いてくる。
「お水飲んで良いよ。それと、またここに来たのはね。」
腕に抱いた三人目を砂利道へと降ろすと、ヨタヨタと歩き出した。
これまでも、歩きたいと駄々をこねて大変だったのだ、解放されてさぞ嬉しいのだろう、お水を飲みに行った次男を必死に追いかけている。
にや…。
口元を緩めて背負っていた籠を降ろすと、その中から細く割いた竹を取り出して長男に見せた。
竹の先には糸が付いている。
昨夜、試行錯誤して外れないように付けたのだ。
「釣り竿だ!」
嬉しそうに一度飛び跳ねてから竹竿を奪うように受け取った長男が、まじまじと観察してから、嬉しそうな顔を歪めた。
「針が無いよ?」
「針は無いの。でも、ザリガニなら釣れるでしょ。」
イカの干物を焙って、細く切った物を持ってきた。
昼食と兼用だから、一個一個大事に使って欲しいけれど。
なんなら、最初の一本だけで釣りを終えてくれても良いくらいだ。
「そっか。ザリガニなら、針が無くても釣れるね!!」
嬉しそうに釣竿を振り回しながら小川へと走っていく長男に瞳を細めて、私も籠を抱えて歩き出した。
小川は浅く幅も狭いけれど、水が綺麗で、太陽の光を反射してキラキラと輝いていた。
中を覗き込むと、石や土の出っ張りの影に沢山の小物たちがひそんでいる。
「いくぞ!」
長男、雄太が釣竿を大げさに振ってから、糸を小川に垂らした。
けれど、最初に大きく振ったせいで、糸は竿にからまって小川の中へと入っていない。
それでも、雄太は瞳をキラキラさせて小川の中を覗き込んで、ザリガニが釣れる様子を待っている。
「・・・雄太、餌つけてあげるよ。」
糸が小川に浸っていない事は黙っておいてあげよう。
たかが五歳でも、男としての矜持は既に持っている、立派な男なのだ、うちの雄太は。
「あ、そっか!餌が無いとザリガニかからないよな!」
ニコニコしながら己の失態を失態とも思わずに、良い事を教えてくれた!とばかりに振り向いて微笑んでくる雄太に笑顔を返して、私は竿に絡まっている糸の先を手繰り寄せて割きイカを結びつけた。
「いい?ザリガニがイカをしっかりと掴んだら、引き上げるんだよ。」
「うん。分かった!」
雄太の奥では、次男孝太と三男将太が水の中をじっと眺めている。
水を飲むときに盛大に溢していた孝太の胸元はびしょ濡れになっている。
けれど、そんな事を気にする様子も無い。
じ・・・と一点を見つめている二人は、もしかしたら何かを見ているのかもしれない。
「はい、どうぞ。」
結びつけたイカを雄太に手渡すと、雄太が嬉しそうに頬を緩めて、イカを水の中へとボチャンと落とした。
その激しさで魚やらザリガニやらがサーっと逃げていく様子が見えたけれど、雄太には関係が無いらしい。
いつまでもニコニコと笑顔で水の中を覗き込んで、ザリガニが来るのを待っている。
愛いやつめ。
しゃがんで、膝を肘置きにして頬杖をついて三人を眺めていると、飽きる事が無い。
これくらいの小川なら溺れるような心配も無いし、水に濡れたって別に気にしない。
何かあったとき用の着替えは背負ってきた籠に入っているし、そんなに離れた場所に住んでいる訳ではない。
「おっかあ、これなんだ?」
水の中に手を突っ込んで何かを引っ込抜いた孝太が、水をばたばたと自分に垂らしながら掲げて見せてくる。
「水草じゃないの?」
「みずくさぁ?」
「そう。その辺に生えてる草と同じだよ。」
「じゃあ、こっちのくさとおなじなの?」
隣にあった草を引っこ抜いて、今度は土を自分へとばら撒きながら掲げて見せてくれる。
「うん。そうだよ。」
「でも、かたちがちがうよ。」
「そりゃそうだよ。種類が違うもん。」
「ふぅ〜ん。」
言っている事の意味がどれくらい理解出来ているのかは不明だけど、孝太が満足そうに草を両方とも後ろへと投げた。
同じようにふぅん、と口真似をしている将太が、孝太の横が飽きたのか今度は雄太の方へとよたよたと歩いてきた。
「何だよ、来るなよな。今大事なんだから。」
手を突き出して将太を牽制するのに、将太は構わずに雄太へと寄って、あろう事か竿を掴んで振り回した。
「や、やめろって!新入りはでしゃばんなよ!!」
「雄太、どこでそんな言葉を覚えたの・・・。」
突き飛ばそうと伸ばされた雄太の手から庇う様に将太を抱き上げると、私は二人から少しだけ離れて、いつも火を起こすのに使っている石を積み重ねて作った竃へと寄った。
「あれ・・・。」
使った痕跡がある。
ここに来たのは数日振りのはず・・・。
こんなに生々しく使った痕跡が残っているはずが無い。
それに、いつも火を消した後は砂をかけるから・・・、燃えた木が剥き出しになっているのはおかしい・・・。
「ま、いっか。」
将太を下ろして、籠の中から薪を取り出すと、私は火を起こした。
大丈夫、こうゆう使い方をする人は、きっと生真面目で融通が利かない感じの人だから。
大丈夫。
自分に言い聞かせるように心の中で呟いていることには気づいていたけれど、気にしないように、気にしないようにと、火打石を何度も打ち付けた。
その内に、乾いた草に火が燃え移って、竃の火が完成した。
「おっかあ!!まさか、ザリガニ食べる気か!?」
「えー、どうしよっかな、雄太がいっぱい釣ってくれたら食べれるよね。」
「だ、ダメだぞ!!釣ったら家で飼うんだから!!」
「・・・どこに入れる気?」
「いつも水が入ってるやつに。」
「・・・・・・却下。やめてよ、あれは飲み水なんだから。だったら本気で今食べたほうがマシだよ。」
「ダメー!!ダメったらダメ!!」
「分かったよ、冗談だってば。いくら何でも、そこまで飢えてないでしょ。」
雄太も孝太も、まだそこまで量を食べれるほど大きくは無いし。
将太も、問題ない。
問題なのは私の食欲だけですよ。
三人も面倒みてたら、そりゃぁお腹だってすくっての。
イカの干物だって、集めた木の実と交換してもらった物の中に入ってただけだし。
籠の中に、炙ったイカが収められているほかに、味気の無いおにぎりが入っている。
塩も貴重でそんなに使えないし・・・。
「さてと。」
袖を捲くって、紐を取り出して襷掛けすると、私は将太と一緒に小川へと向かった。
「孝太、分かってるね。」
「うん。わかってる。」
「雄太、ちょっと邪魔するけど、大丈夫?」
「じゃましないで。」
「そんなこと言うと、ご飯抜きになるだけだよ。」
「・・・じゃあ、もうちょっとあっちで釣ってくる。」
「見えない場所までは行かないでよ。」
「大丈夫。すぐそこー。」
釣竿を嬉しそうに振りながら、雄太が場所を移動して、見える範囲で再び糸を小川にたらしたのを見届けると、私は手ぬぐいを取り出した。
そっと水の中に浸して、底に敷くと、私の目は一気に鋭くなった。
「良いよ、孝太。」
「うん。」
返事と同時に、孝太が水の中に拳を叩きつけて、小さいながらも水しぶきが立つほどの揺れを起こした。
魚が四方八方に逃げていく。
自分の敷いた手ぬぐいの上に逃げ込んできた魚を、一気に包んで持ち上げて、私は満足気に笑顔で頷いた。
水を滴らせながら萎んでいく手ぬぐいの中で、数匹分の激しい抵抗の動きがしっかりと感じられた。
「自然の恵み様さまだね。」
「だね。」
孝太と手を合わせて成功を祝して、私は竃へと戻って、小さな鍋に手ぬぐいの中に残った水ごと、獲った獲物を放り込んだ。




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