『まる殿

誕生日、おめでとう。』


ポーン

と、私のパソコンが新着メールを告げた。

昼休憩も終わり、みんなが眠気と戦っている様子が分かる社内で、私はその音にハッと肩を揺らした。

いかんいかん、船をこいで居たようだ。

辺りを見回して、みんなに気づかれていないかと確認した私の目は、しっかりと捉えてしまった。

背筋を伸ばして、行儀良く座っている、向かいの席の

斎藤一さん

が、私を見つめている…!!

し、しまった!見られてた!?

やだもう、よりによって斎藤さんに見られるなんて、一生の不覚!!

斎藤さんは、社内で噂のイケメン集団の中の一人。

そんなイケメンの向かいの席をみんなから羨ましがられて、一時期はいじめ問題に発展するかと思われて居たけれど…。

私の一言で問題は無事に解消された。

『あんなイケメンの前で仕事してられないよ!居眠りこいてヨダレなんて垂らしてたもんなら、一瞬で幻滅されるんだよ!!私の気持ちも分かってぇ!!!』

魂の叫びだったらしい。

同僚の水城と久雨が、後ろで大爆笑をしていたことを、私は忘れていない…。

それはともかく、今はヨダレの確認を!!

急いで口元を押さえた私を、斎藤さんが怪訝そうに伺っている。

いやだ、見ないでください、ヨダレなんて垂れて…せ、セーフだよね?口角が少しぬるっと…、セーフだよね!!?

慌ててパソコン画面を見つめるように顔を伏せて、ヨダレを拭うと、私の目に飛び込んで来たのは、新着メール通知。

あ、そうだった、これで起きたんだった。

…ね、寝てないからね、オキテタカラネ!?

メールをチェックし始めた私の様子を伺っていた斎藤さんが、自分のパソコンに視線を落とした。

ちなみに、余談だけど。

私のパソコンはノート型、斎藤さんのパソコンはデスクトップ。

スペックが違います、仕事量も違います、斎藤さんくらいの遣り手では、ノート型じゃぁ追いつかないんですよぉ。

イケメン集団はみんなデスクトップなんです。

顔も良くて仕事も出来るなんて、本当に存在がイケメンとしか思えない。

っと、余談過ぎた。

でも、だから、要するに、斎藤さんはパソコン画面から少し顔をずらしてこちらを伺っていたと言う事で…。

寝てたから見られていたわけじゃ無いよね。

…ネテナイカラネ。

「ん?」

そんな、脳内お花畑の私の口から、疑問符が飛び出た。

「有難うございまーす。…ん?」

メールに返事をする私。

だけど、脳内のお花畑は、一瞬で疑問符の花が咲き乱れた。

確かに、誕生日です。

有難うございます。

でも、誰…?

差出人不明です。私のパソコンには登録されていないアドレスで、登録アドレスに名前も貼り付けられていないらしい。

アドレスを見ても、誰だか分からない。

分かるのは、社内の誰かからのメールだと言う事だけ。

社内の誰かから…か、なら、誕生日を知っていても不思議ではない。

でもでもでも、誰だろう!

辺りを見回しても、そんな事をしてくれるような人は見当たらない。

水城も久雨も他部所だから確認出来ない…もなにも、今朝既にメールを貰ったし、ロッカーでプレゼントも貰い、夜は飲みに行く約束をしていて、更には…アドレスが違う。

「えー?誰ー?」

呟いた私の言葉は、静かな社内の一角には確実に響いた。

ちょっと、みんな!こんな呟きが響いちゃうくらいに寝てるって、どうゆうこと!?

いや、確かに春の陽気は暖かで、暁を覚えずデスガ。

うぬぬぬぬ…

唸っている私の向かいの席、斎藤さんが突然立ち上がった。

呆けている私の顔をチラリと見て、斎藤さんが音もさせずにデスクを離れて、更には部屋から出て行った。

勿論、忙しい斎藤さんが席を外すことは、よく有ること。

だけど、私の顔をチラリと見てから行く事なんか無かったのに…。

って、違う、私が斎藤さんと顔を合わせないように伏せていて、後ろ姿を見送る日々だったからかな?

なんで顔を伏せるのかって?

だって、見てる事が分かっちゃったら、私が斎藤さんの事を好きだってバレちゃいそうで!!

こっそりと盗み見する時間が至福です。

ええ、妄想の虜ですよ。

先日も、給湯室で水城と久雨と一緒に語り合っていたの。

斎藤さんの服はいつもピシッとして整っているけれど、あれが乱れた姿が見たい!!って。

そんな話をしていたら、先輩のまみさんが偶然入ってきて、それで更に盛り上がってしまった。

けど、私は気付いた。

まみさんも斎藤さん狙いだって!!

まみさんは私と違って優秀で、斎藤さんと仕事の話をしている姿はかっこ良いし、さり気ない気配りが出来て、憧れの人だったから…、勝ち目が無いのー!!

って、あ、目が覚めた。

さて、仕事に戻りますか…。

パソコンに向かって、改めて資料と睨めっこを開始した私は、部屋の扉が開いた音に再び顔を向けた。

って、さ、斎藤さんが、斎藤さんの衣服が!!

み、みだ、乱れてるぅー!!

スーツの上着が肩から落ちかかっていて、ネクタイが緩められている。

うんざりとした表情で、スーツを引っ張って整えながら席へと戻ってくる斎藤さんがネクタイを直している姿は…。

乱れているの意味が多少違ったけれど、最高です!

ネクタイを直すイケメンとか、もう妄想の広がりが果てしないよね!

なぁんて思わず興奮中の私は、斎藤さんの動向から視線を逸らすのをすっかり忘れていて…

斎藤さんがデスクに戻ってきてこちらをチラリと伺ってきて、バッチリと視線が合ってしまった!

ここで逸らすのもオカシイよね、ど、どうしようか…。

「あの、珍しいですね、こんな短時間に何があったんですか?」

こそっと話し掛けた私に、斎藤さんが一瞬目を見開いてから、取り繕うように一回ネクタイを外しながら咳払いをした。

ネクタイ外した斎藤さん、キターーーー!!

こ、興奮で鼻からヨダレが出そうです!

それは鼻水です、なんてツッコミは今は受け付けていません!

「何が…とは?」

斎藤さんの囁きで、耳が至福に疼きます!

「あの、あまりスーツを乱した所なんか、見たことなかったので…。」

もしかしたら、短時間に…は余計だったかもしれない、短時間じゃぁあれやこれやは出来ないなんて一瞬のうちに妄想が二週三週してしまったのがいけなかったー!

内心バクバク、取り繕うのに必死なのは何故か私の方。

「あ…ああ。総司が…。呼び出すから何事かと思ったら、こんなくだらないイタズラを…。」

「ああ、沖田さんですか。あっちは今、暇じゃない筈ですけどね…。」

沖田さん、グッジョブ!!

頭の中で沖田さんへの評価がうなぎ登り中の私の前で、ネクタイを閉め終えた斎藤さんがデスクに行儀良く座った。

眼福でした。ご馳走様です。合掌。

でも本当に、沖田さんの部所は水城と一緒で、今は凄く忙しいから沖田さんを眺める時間が減ったー!って嘆いていた筈…。

「見苦しくて、すまなかった…。」

斎藤さんの言葉に、パソコン正面の顔を少し横へとずらすと、斎藤さんもこちらを伺っていた。

苦しさの滲むその眼差しも素敵です!

「いえ。いつもキッチリとしているから珍しいとは思いましたけど…、かっこいい人は何をしていてもかっこ良いんですね。」

「…。」

「…。」

「……。」

「……。」

しまった!今何か口走った!

「す、すいません!あの、わ、忘れて下さい!」

慌てて顔の前で両手を振って誤魔化すけれど、誤魔化しにはなってないですよね、はい、そうでございますね。

あー、やっちまったぃ。

私は顔を手で扇いで、パソコン画面へと視線を戻し

にんまり

とした。

頬を赤く染めた斎藤さんなんて、見れるものじゃ無いですよ。

眼福眼福。

良い誕生日になりました。



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