皆がみんな、そうだというわけではもちろんない。

だけど生きていれば色んなことがある。時には聞く人誰もが驚いてしまう程の出来事に出くわすことだってあるのだ。



「あんた、目障りなのよ!藤岡くんに色目遣って近付いて!」

「わたしは別に色目なんて遣っていないわ。彼のことは友達として好きだけど、恋愛対象としては見ていないし」

「ふーん、だったら金輪際、藤岡くんに近づかないでよね。好きじゃないなら、受け入れられるわよね」



女の世界というものは、高校生から大学生、大学生から社会人になったところで、対した成長を見せることはあまりないのだということを知った。

いつものように会社に出勤して、お給料をもらうために一生懸命働いて、ヘトヘトになりながら退勤。これがわたしの日課なのだけど。

今日は退勤後、違う部署の子に呼び出しされたの。

彼女とは入社式と研修期間中に何度か言葉を交わしたことがあったけど、あれから1年経った今では部署も違うため久しぶりに話すというレベル。

もちろん部署が違っても、研修期間中に仲良くなった人とは今でも交流があったりはする。だけど彼女とはあんまりウマが合わなかったというか、そんなわけで本当にお久しぶりーてな感じだ。

彼女に呼び出されて、あまりいい予感がしなかったものの、連れられるがままにどこかのビル横の暗い路地裏に辿り着く。

そこで話されたのは、わたしと同じ部署の同期である藤岡くんについての話で。



「恋愛対象じゃなくても、彼とは友達だもの。どうしてわたしが、あなたのために彼と友達を辞めなければならないの?あなたが彼のことを好きなのは勝手だけど、あなたがわたしと彼の仲をどうこう言う権利なんてないはずよ」

「…なによ、やっぱり好きなんじゃない。藤岡くんのこと」

「は?どうしてそういう話になるの」

「好きじゃないなら一緒にいる必要ないじゃない」

「あなたは男の人に関わる時、恋愛対象として見るか見ないか。それしかないの?」

「うるさい!!」



目の前にいる彼女は、声を荒げると右手を大きく振りかざした。

あ、わたし、ビンタされるな、って。短い時間の間でそんなことを考えていた。

避けることももちろん出来たと思うけど、わたしを叩くことで彼女の気が少しでも紛れるのならって、そう思った。

わたしは間違ったことを言っているとは思ってないけど、彼女の気持ちが全く分からないというわけでもないから。

こんな風に呼び出しをするのは幼稚だとは思うけれど、藤岡くんのことが本当に好きだからこんなことをしてしまうんだっていうことも理解してるつもりだから。

わたしを叩いて、彼女が少しでも冷静になってくれればと思って避けなかった。

だけど人間には"反射"というものがあるから、彼女の手がわたしの頬を叩こうとした瞬間に思わず目を瞑ってしまう。



「……え」



目を瞑っていても、いつまでも頬に痛みが走ることはなく。それを不思議に思ったわたしは恐る恐る目を開いた。

するとそこには、ちょっと驚いてしまうような光景があって。

そう…まるで漫画みたいな。そんな光景。



「なによ、あんた!邪魔しないで!」

「いいのか、このまま彼女を叩けば、あんたは傷害罪に問われることになるかもしれんが。前科持ちになりたいのか」

「は、」



わたしを庇うようにして、見知らぬ男の人が立っていた。

ただ立っているわけではなくて、わたしを叩こうとしていた彼女の手を掴んで立っていた。



「ふ、ふん!あんた、覚えていなさいよ!」



男の人に手首を掴まれて、おまけに前科持ちになりたいか、なんて聞かれて。

きっと驚いたんだろう、彼女はそんな台詞を残して通りの方へ戻って行った。

そしてその場に残されるは、庇ってくれた男の人とわたしの二人。

お礼とか言うべきなんだろうけど、突然現れたその人の存在に吃驚して言葉が出なくて。

マスクとサングラスをしているせいで顔は全然分からないけれど、わたしはその人の顔をただただジッと見つめた。それも口をぽかんと開けたまま。



「大丈夫か、随分と激しいやり取りをしていたようだが、」



間抜けな表情をしていただろうわたしは、彼の言葉で我に返った。おぉ、いけないいけない。助けてもらった人に、お礼も言わずになんて見苦しい顔を向けているんだ。



「助けてくださってありがとうございます。女の世界というものは色々と難しいもので」

「そのようだな。藤岡くんとやらも罪な男だ」

「あら、聞こえてました?」

「あぁ。やっぱり好きなんじゃない、藤岡くんのこと、というようなところから聞こえていた。ここは俺がよく通る道故、悪く思わないでくれ」

「いえ、そんなことは微塵も思ってませんよ。助けてくださって本当にありがとうございました」



わたしは、彼のおかげで痛い思いをせずに済んだということで、思い切り頭を下げてお礼を言った。

それにしても、こんな路地裏をよく利用するなんて、一体どんな理由があるんだろうなんて思ったりしたけど。それはわたしには関係ないことだから。



「では、俺は急ぐ故」

「は、はい!お引き留めしてしまってすみません!」

「それと、あまり無防備にこういうところに着いて行くことは褒められた行動ではないぞ」

「はい、以後気をつけます」



わたしがそう返事をしてペコリと頭を下げると、その人はコクリと頷いてから去って行った。

名前くらい聞いておけばよかったと思ったのは、自宅へ帰るために帰宅ラッシュの電車に乗り込んだ時だった。

彼…マスクとサングラスのせいで顔がはっきりとは分からなかったけど、誰かに似ている気がして。



家に帰ってから、わたしはその人のことで頭がいっぱいになった。










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