カーテンから差し込む薄日に、浮上するはっきりしない意識の私と…

いつまで寝てるんだっ!と叱咤する自分とで、瞼を勢い良く押し上げた。

酷い低血圧の私は、朝が苦手で目が覚めても動けないなんて事があったりする。
加えて、最近は落ち着いてきたとは言え体調の変化も伴って結構しんどくて、どうしても駄目な日は旦那様が朝御飯を用意してくれるなんて事もあるのだ。

そして今日も…

ダブルベッドでいつも腕枕をしてくれる愛しい旦那様の温もりが無いのと、微かに鼻を刺激するお味噌の匂い…

「…はじめくん、ご飯用意してくれたんだ」

仕事に行く旦那様にご飯も作らず奥さんが寝ているなんて…
そう思っても起き上がれない自分が恨めしい。
早く、動けっ。私っ!と重い身体でごろんと寝返りをする。
何度か寝返りを打っていると、ガチャっとドアが開く音がして視線を足元に移すと、愛しい旦那様。
頬が緩むと同時に、優しく微笑んでベッドに来る彼に申し訳なくなり視線を逸らした。

「どうした?気分が優れないか?」

ベッドに腰をかけて、額に左手を置くと心配を滲ませた瞳で見つめてくる。

本当に、鋭いんだ。

少しの表情の変化も敏感に感じて、こうやって優しく気にかけてくれる…
全てが完璧で、朝も起きれない自分が嫌になる。

「…また起きれない」

薄い掛け布団で口許を隠すように引っ張り上げた。
ベッドが軋んで、はじめくんが座って沈んだ所が跳ねる。
無言の彼に、いい加減呆れちゃってるよね…
情けなくて、目頭が熱くなって涙が出ないようにきつく瞑ると、布団が退けられたのか、身体を包んだ籠った暖かい空気が消えていく。
乱暴な剥ぎ方に吃驚して目を開けるとフワッと浮上する身体に目の前に、はじめくんの端正な顔…

「えっ、え、はじめくんっ?!」

「動けないなら、俺が抱けばいいことだ。朝食とて同じ。なまえが辛いときは俺が作ればいい。気に病むことはない」

「はじめくん…」

"大好き"とギュッと首に腕を回し、首筋に顔を寄せる。
大好きなはじめくんの匂いが鼻を付き幸せな気持ちが胸にじんわり広がった。
視界に入る首がほんのり色付いていて、視線を少し上げると、頬を染めたはじめくん。
何に照れたんだろう?
照れ屋の彼は、良くこうやって頬を染める。
私にしか見せないその照れた顔がまた堪らなく幸せな気分にしてくれるんだ。

リビングに向かうと既に、ダイニングテーブルには食欲を誘う美味しそうな匂いが漂っていて、視界にとらえた彼の作るだし巻き玉子で口の中の唾液を飲み込んだ。
彼の作る料理は、どれも美味しいけどその中でも出汁の効いただし巻き玉子は随一の美味なんだ。
甘党の私はあま〜い卵焼きしか受け付けなかったのに彼の作るだし巻き玉子で、清く出汁派に乗り換えた。

椅子に座らせてもらうと、ご飯をよそおうと立とうとする私の肩に手を軽く置いて、きびきびとキッチンからご飯とお味噌をお盆に乗せて食卓に並べてくれる。
そのスマートで無駄の無い動きに見とれてしまう。

はじめくんは、容姿端麗な顔だし頭は良いし、家事も出来るし、運動神経も良くて、加えてそそる良い身体してるし…本当完璧だ。
若干ずれたけど、本当にかっこ良くて優しくて…
こんな人と結婚できたなんて運を使い果たしてしまったんじゃないかと思ってしまう。

「何かついているか?」

「うん…はじめくんと結婚できて幸せだと思って」

「…なっ」

真顔でそんなことを言う私に頬をほんのり赤くしたはじめくんが可愛くて仕方ない。
頬を緩ませてだらしない顔をした私は、はじめくんの背後の壁に掛けてある時計に目がいった。

「は、は、はじめくんっ!9時っ、9時だよ!会社っ」

「調整休だ。問題ない」

「あっ、そっか。…あぁ私は大学行かなきゃ…はじめくんと居たいから休ん「駄目だ」

「けち」

「けちではない。あと少しなのだ、頑張れ」

口を尖らした私に"おれとて、一緒にいたいのだ…"と辛うじて聞こえた彼の低い声に幸せな気分で朝食を頂いた。





講義も終わり、机に広げたものを片付け出した私は肩を落としていた。
時計は11時半を回った所を指していて、皆何を食べようかと浮き足立っている中、しょんぼりと項垂れた。

財布を忘れたのだ。
仲の良い友達は、講義が無くて来ていないし財布の為だけにはじめくんに来て貰うなんて出来ない。
肩を落として、最後にペンケースを突っ込むとスマホを出してサイレントからバイブにしようと画面を見るとメールが届いていた。

はじめくんからで、文章を読んでやはり私の旦那様は完璧すぎると小さく笑った。



「はじめくんっ!」

芝生の広がる一角に何台かテーブルと椅子が並べてある。
11月に入ったけど、今日は比較的暖かい。

「おまたせ、ごめんねっ」

小走りに走る私を立ち上がり眉根を寄せたはじめくんが制止を掛けた。

「なまえ、走っては駄目だ!何度言ったら分かるのだ。転んだら大変だ。大体、あんたはいつもいつも」

腕を組み、眉根をこれでもかって程寄せて口を開いたはじめくんのなが〜い説教が始まる気配に、慌てて小走りからゆっくり歩くと、はじめくんに抱きついた。
今は周りには、ちらほらしか人は居ないからいっか。
大体はお昼を摂りに、食堂か外に食べに出てるんだろう。

はじめくんを黙らせるには此が一番なの。
ほら、固まって…あ、耳まで真っ赤。
首筋にチュッと軽く触れて離れると目を見開き左手で口許を隠しちゃってるし。

「はじめくんのご飯食べたいよ。座ろう?」

「…あ、あぁ」

ぶらんと下げられている右手を掴んではじめくんが座っていた椅子へと一歩踏み出すと、掴んだ手を指を絡めて繋ぎ直すのにニタニタが止まらない。

太い幹が根を張る、木の下にある幾つかのテーブルセットに腰を掛けた。
この木を満開の花で彩る季節は、人気のこのベンチも今の時期は不人気だ。

「寒くはないか?」

黒い大きめのバックから、家で使っているピンクのふわふわの膝掛けを出して膝からお腹に掛けてかけてくれた。

「はじめくんは寒くない?」

そう言って、お尻で移動してピタリとくっつくとはじめくんの膝にも掛けた。

「俺は大丈夫だ。なまえは冷やすな。大事な身体なんだからな」

そう言って膝掛けを、私に掛けなおすと優しくお腹を撫でてくれる。

「この桜が満開になったら産まれるかな?」

お腹を優しく撫でてくれる手からの想いに瞳を細めて微笑むと微笑み返してくれて…
頭上に広がる青い空をバックに存在する木の枝を仰ぎ見て口にした。
お腹を愛おしげに見つめたはじめくんに少し主張を始めたお腹に視線を移した。

「あぁ、産まれているだろうな」

「さくらにちなんで、さくらにしようか」

「…腹の子は、男だと言っていたが?」

「あっ、そうだった」

「母親に似て、そそっかしくならなければいいが」と口にしたはじめくんの慈しむ視線に、そんなところも好きなくせに…と頬を染めた。

「ねぇ、はじめくん」

「なんだ?」

「もしこの先、女の子が産まれても、一番は私ね?」

「まだ、腹の子だって産まれてもないぞ」

まだ見ぬ娘に嫉妬をするなど、可笑しな話だけど、男の人は娘にメロメロになるって言うし。

「いつまでもはじめくんの一番は私が良いの」

口を尖らした私はぷいっとそっぽを向くと、何も反応しない彼に段々不安になり振り向くと、頬に触れた柔らかなもの。
凄まじい早さで離れていくはじめくんは落ち着かないように瞳をさ迷わせた。

「此処では…此が精一杯だ…」

ぼそっと呟いた彼の不意打ちに、頬を朱に染めるのは私の番…
だって、真面目な彼は外で必要以上にくっついてこない。
手を繋ぐのだって始めは渋っていたんだから。

「じゃあ、おうちでいっぱいしてね」

二人して真っ赤になった私たち。

もうすぐ三人になるけど…

真面目だけど、天然で優しい旦那様にいつまでも、恋をしている自信がある私は今日も幸せに包まれています。





fin



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