一目惚れなんて、22年間無いと思って生きてきた。

それなりに恋愛経験はあるけど…

一瞬で、惹かれるなんて有り得ない。

でも、この私の概念をぶち壊す出会いをすることになったんだ…







(一目惚れの奇跡)







真新しいぱりっとした事務服に袖を通し、配属になった部署の面々の前に立つ。
経理課に配属されたのは私だけで、緊張で震えそうになる足に、グッと力を入れた。

何日も前から考えていた挨拶の言葉。

ネットで調べて、あまり長くては駄目だと簡潔にしたけど、今更不安になってきた…
これでいいのだろうか。


「みょうじなまえです。一日でも皆様のお力になれるようにがんばりたいと思います。宜しくお願い致します」

「皆さん、困ったことがあったら助けてあげてくださいね。では、業務に戻って下さい」


私を見て優しそうに目を細めて頷く井上課長の言葉で皆、席へと戻っていく。
とても、物腰が柔らかくて優しい眼差しの上司に私の緊張も幾らかマシになってきた。


「みょうじさん、わからないことは教育係の藤堂くんに教えてもらってください」

「はっはい!」


席へと戻る人々を見ながら、私はどうしたらいいのか分からず、視線を彷徨わせていると、そう掛けられた言葉に、私の近くへと近づいてきた…

ずっと顔は上げていたけれど、緊張で課の人たちの顔を一人ひとりしっかりなんて見れなかった。

初めて、ちゃんとピントを合わせて藤堂さんと言われたその人を見れた私は息を呑むこととなる。


「藤堂平助です。なんで俺が教育係か自分でもわかんねぇんだけど、」

そう、苦笑いした藤堂さんは…

「よろしくなっ!」そう言って眩しいぐらいの笑顔を向けてきた。
息を呑んだまま、身体の奥のほうがじんわり暖かくなる笑顔を向けられて。


「お、おい、緊張してんのは分かるけど。息吸え!息っ!」


背中をドンドン叩かれて、少しの痛みで現実に引き戻された私は、ごほごほと言いながら息を大きく吸い込んだ。


「っ、はぁっ、はぁ、はぁ」

「は…ははっ!おもしれぇなみょうじさんは。」

「はい!あ、じゃなくてっ!よろしくお願いします」

しどろもどろになりながらも、そう口にすると目一杯腰を曲げた。


「肩の力を抜いて行こうな」とにかっと笑った顔に、自分は…赤面していないだろうか。
確かに高鳴る胸の鼓動にどうしたらいいのか分からず「はい」と小さく返事をするので精一杯だった。



あれから、色々な説明を聞き自分の席へと着いて簡単だからと言う書類の説明を聞き、打ち込み作業をしていた。

初日、緊張でガチガチの身体でキーボードを叩く作業は手元が覚束ない。
早く仕上げなきゃと言う思いと、ミスは出来ないと言うプレッシャーをひしひしと感じていた。

そうして作業をしていると、遠慮がちに肩を叩かれた。

横のデスクの…えっと、確か雪村千鶴先輩。


「大丈夫?」

「へ?何がですか?」

「えっと、身体に力凄い入っているみたいだったから。私も、新人の時は凄く緊張したから。誰でも通る道だからリラックスしてね?」


小首を傾げてふわりと笑った先輩の笑顔が素敵すぎて。
その気遣いの言葉と、笑顔に助けられて何とか冷静さを取り戻して仕上げることが出来た。


「雪村先輩、先輩の言葉のおかげで無事出来ました。有難うございます」

「ふふ、よかった。」


そう言って目元を緩めた先輩に、「藤堂さんにチェックしてもらってきます」と元気の良く席を立った。

隣の先輩も至極優しい人だし、頑張れそう。
そして、藤堂さんの席へと近づく程に乱れる息と早くなる鼓動…


これは、最早動悸息切れ…


と、薬の箱に書かれている症状じゃないのかってぐらいの不調を訴える身体。


「と、と、藤堂さんっ!出来ましたっ!」

デスクに座って書類整理らしきことをしている彼の背に声を掛けると弾かれたように振り向いた…

彼の顔を見て…

確信してしまった。

この、動悸息切れ…は、病気なんかじゃなくて、否…恋の病故の症状だと思う。

してしまったんだ、一目惚れというものを。




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