月影
アイ→レン→櫂で遊郭パロです。
でもあくまで櫂レン。
日も落ちてすっかり薄暗くなった夜道を照らす月。
月光にあてられた石畳を進んでいく者がいた。
「…」
豪奢とも質素とも言えない衣装を纏い、くすんだ茶髪を靡かせるこの男は。
「櫂くん、また来たんだ」
「…ああ」
「レンさんが目当てなんだよね、入って」
この櫂という男は、こういった場所に来る人間には珍しくほぼ全くと言っていい程情事には興味を示さなかった。
いつも決まった娼を指名しては、時間いっぱい部屋で二人の時間を過ごしている。
「レンさん、ご指名ですよ」
「はあい」
奥から気だるげに間延びした声が返ってきた。
そういえばついさっき別の客の相手をして今やっと終わったばかりだった、とふと思い出した。
「お待たせしました」
程無くして身を清めきらびやかに着飾った娼が姿を現す。
長く癖のある赤い髪をふわりふわりと跳ねさせながら、優雅な足取りで櫂の元へやって来た。
「こんばんは、また来たんですか」
「悪いか」
皮肉を交ぜたやり取りもそこそこに、案内された部屋へと消えていく二人。
その後ろ姿を眺めていたのは―…
「どうして何もしないのに態々来るんです」
「別に」
再び会話が途切れた。目一杯の気遣いとして話を切らないようにしていたつもりのレンだったが、櫂は話す気が無いのかぞんざいな返事を一言二言返して終わり、というのを繰り返していたため諦めた。
「…今夜は月が綺麗だな」
彼らしくない独り言が呟かれて、驚いたような顔で櫂を見る。
「暗闇を照らす光がこれだけ大切だとは知らなかった。…お前と会うまで」
見られていることに気付いているかすら分からない様子で、低い月を見つめて更に呟きを溢した。
「櫂…?」
「レン、いつか俺が此処から出してやる…だから」
言い終わる前に口が閉ざされた。
眼前に迫る綺麗な顔に驚愕を隠せない。
「…僕は、」
初めてレンから交わされた接吻。
少し悲しげに目を伏せ、口を開いた。
「きっと此処から出られない。でも…櫂、君なら」
意味ありげに言葉を切る。
「レンさん、そろそろ時間」
薄い障子の向こうから終わりの時間を告げる声。
「…だそうです、あっという間でしたね」
「そうだな、」
「また来てくださいね」
何も言わずに立ち上がり部屋を後にした櫂の背を見送って、レンは先刻の言葉の続きを紡ぐ。
「櫂なら…この鳥籠から、呪縛から僕を解き放ってくれると信じてる」
出られないと分かっているから。
そう付け足して自嘲気味に笑った。
全てを等しく照らし、優しい陰影を形作る月。
星の輝きもない、月だけの真っ黒な空を見上げた。
「お前はきっと知らないんだろうな」
「俺が『月が綺麗』と言った本当の意味」
誰が聞いているわけでも無いのに立ち止まって言った。
俺達が結ばれることはない。