Stand By Me.

20

「どうしたんだお前ら」

昇降口に下りて来た私と花巻を見た岩泉の台詞が、何を見て何を感じたものによるものかはわからない。けれど今自分の顔が相当酷いことになっている自覚はあったから、私は黙って俯き上履きをローファーに履き替えるしかなかった。

バレー部の四人に混ぜてもらって、もうすっかり暗くなった帰り道を歩く。で、何があったわけ。意外にも口火を切ったのは松川で、聞かれた花巻はまるで他人事のようにさっきの遣り取りを一切の脚色抜きで語ってくれた。無論私が殴り込み彼女を糾弾した挙句、その物言いにキレて手を上げた下りも余さずきっちりである。花巻貴大とはそういうヤツだ。

「は?ってこたァ白崎お前…殴ったのか?」
「平手一発入れただけだよ。普段の岩泉の方がアグレッシブ」
「俺と比べんな。相手を考えろ、クズ川だぞ」
「なるほど超絶納得した」
「ひどっ!?玲ちゃん女の子の発言じゃないし!マッキーてばどんな育て方しちゃったわけ?男庇って平手打ちとか男前過ぎるでしょ!」
「黙れ及川。お前の言う女子になるくらいなら両生類に生まれ変わることを希望する。あとついでに死ね花巻」
「そこまで!?」
「そのついでの意味って何?」
「花巻ドンマイ」
「うっせー笑うな松川、俺これでも傷心中なんだけど?」
「…アンタがまともに怒るなりなんなりすれば私だって大人しくしてたよ」
「何それ、どういうこと?」

腹の虫がおさまらないとはまさにこのことだ。今でもあのセリフの一つ一つ、あの顔を思い出すだけで反吐が出るほど腹立たしいのに、張本人の花巻の飄々とした様子といったらない。
怪訝そうに首を傾げた及川に、溜まっていた鬱憤をのせて口を開いた。

「…手を出したのは悪かったと思ってる。どんな理由が在ったって暴力を振るっていい理由にはならないし。でもあんな理不尽言われて責任転嫁されて、まるで自分は被害者ですみたいな態度とられておきながら、花巻が仕方ないって顔してんのが腹立ったんだよ」
「あー…まあ確かにでも浮気はないデショとは思ったけどさ。男はさ、引き際ぐらいカッコよくしないと惨めじゃん?」
「とかなんとかくだらない言うと思ったから、そのしょーもない男の見栄を張らせてやる代わりに私が喧嘩売ったんでしょうが。いい加減殺すよ」
「え」
「こわっ!?」

私が一体いつから花巻の友達やってると思ってるんだ。花巻が感情を隠すのが及川に次ぐか並ぶレベルで上手くて、女の私の前じゃ出来るだけ弱みを見せたくないヤツで、あの子のことが本当に好きで、これまでになく幸せそうにしてたことを私はそれなりに近い距離から見て来た。

「あの場であんたは理不尽に貶されて黙ってて、だったら悪役やってでも汚名返上するのがあの時の私の役目だ。そもそも私は男同士の仲間と違って、花巻の役に立てない部分がただでさえ多いんだ。私に何か出来る機会があるならなんだってしたいと思ってる」

だからこそ裏切りを目の当たりにした時どんな思いがしただろうとか、どうして花巻の異変とか感情の揺れとか在ったはずのその変化に気付けなかったんだろうとか。そんなこと考えては、ただ黙ってた花巻にも何も知らなかった自分にも腹が立つんじゃないか。

「それから花巻、あんたが軽く見える割に結構繊細ですこぶる良いヤツだってことは私だってわかってんの。いい?私の自慢の友達にまともな彼女が出来ないなんて選択肢があってたまるか。絶対にだ!」

腑抜けた顔すんなって一発張り飛ばしてやりたいところを穏便なる叱咤で済ましてやり、私は憤然と言い切って花巻の肩をシバいた。岩泉みたいな肩パンは真似できないが、私にとっては目一杯の攻撃である。
しかし花巻は文句を言うでもやり返すでもなく、ぽかんとして殴られたまま私を見下ろしていた。何時の間にか全員が足を止め、数秒流れる沈黙。完全に呆気にとられていた花巻より先に、徐々に堪え切れなくなったらしい及川が爆笑しはじめた。

「ぶっ…ふふっ…あははははは!玲ちゃんホント…ホント岩ちゃんみたいなとこあるよね…!」
「はあ?なんで俺だよ」
「いや、その男前っぷりとかさ、マジ意外と似てると思う…っ」
「あー、まあたまに女子にしとくにゃもったいねーとは思うけど」

つられた松川がそっぽを向いて笑って、突っ込んでいたはずの岩泉まで苦笑して肯定する。ここで気にしたら負けだ。女子としていろいろアレなことは随分前から自覚済みである。好きに笑ってくれ、こういうときにしか私は花巻にこう、あんたは私の大事な友達なんだぜみたいなこっぱずかしいことを伝えられないんだから。

ホントは言いたいことは山のようにある。わかってたんだね花巻、だから私に彼女の話をすることなくなったんだね、あの子と一緒に弁当食べてくるって昼休み出てったあんたは一体どこ行ってたのさ、ていうかなんで私に何も言わなかったわけ、まさか気を遣ったとか言わないよねバカじゃないの、あんた気遣われる側であって何の関係もない私の反応とか正直どうでもいいに決まってんじゃん、何考えてんのバカなの死ぬの?

でも言わない。百の言葉より一つの温度の方がずっと救われることを私は知っている。それは他でもない、割とお喋りなくせに私が辛い時には黙って傍に居てくれるばっかりの花巻自身がそう教えてくれたのだ。
だから私もこの件に関しては、今日をもって今後私から話題にするつもりはない。花巻が話したくないならそれでいいし、話したいならいつでも聞こう。

「ちょっと花巻、返事は?」
「エ、あ…お、おう」
「よし。…それと、何も気づかなくてごめん」

再び歩き始めた最後尾で告げる。ずっと言いたかった謝罪だ。花巻はいつもわたしの異変に目ざとい。時には彼女との約束があるのに私に構おうとすることもあり、その度に明日話すからと背中を押して教室から追い出すのだ。
私ももっとこいつをよく見てないと。改めて決意した私の頭を、不意に大きな手がくしゃりと撫でた。

「…いーよ、別に」

降ってきた声の余りの優しさに、一瞬面食らって顔を上げた。大きくて骨ばった手が私の髪をかき混ぜ、小さい子にするみたいにくしゃくしゃに撫でてゆく。乱れた前髪の下から見えた花巻の眼差しがあんまりに優しくて、口元に浮かぶ笑みがあんまりに柔らかいものだから、思わず私は言葉を失って花巻の顔をバカみたいに見つめるしかなかった。

「傷心中ってのは嘘じゃないけど、そりゃホントに好きだったし。でも今、実はそこまで落ち込んでないんだよネ」
「…何それ」
「だって白崎が突っ込んでったせいで落ち込むヒマもなかったし、俺が言いたいこととか全部言っちまうし」
「…」
「まあそんなわけだから、俺は白崎が自分で思ってるより救われたってわけ」

ありがとな。

(…ずるいなあ)
乱れた髪をちゃんと整えてから大きな手は離れてゆく。頭を撫でるために詰められていた距離が人ひとりと半分の距離感に戻った。私と花巻の、曖昧で測りがたいいつもの適正距離。

そんなすっきりした顔で言われたら、まだ怒ってる私の方がバカみたいじゃないか。
唇をゆがめて黙り込んだ私の心境はきっと花巻には筒抜けなんだろう、花巻が喉を鳴らして笑った。笑いたければ笑っていい。なんてったって私は、自他ともに認めて花巻の一番の女友達なんだから。

141022
限りなく需要の無さそうな続編。すみません。
恋愛方面に続いても面白いかもしれない。

141116
シリーズ化しました。完全見切り発車です。すみません。

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