端役とて侮る勿れ

モブは激怒した。
かの傍若無人の学友に物申さねばならぬと思った。

何せまともな説明も拒否権もなく強制on stageの晒し上げ、衆人環視のもと二曲もマイクを握らされたのである。モブとて人間、斯様な同意無き徴用と搾取が罷り通って良いものか、否(反語)。
挙げ句這う這うの体で舞台を降り解放されたと思ったのも束の間、申し渡されたのは「予定の歌手がまだ着かない、休憩と装置入れ替えで時間を稼ぐが間に合わない可能性を踏まえ待機されたし」との旨である。なるほどアレですね、ヒーローは遅れてやってくるし水戸光圀公は何が起きようと20:45にしか紋所を出してこない、そういう意味ですねっt

「光圀とて許せぬッッ!!」

湯○婆の気持ちに過去最高にシンパシー。お客様は神サマ理論は崩壊したのだ、無銭飲食のクレーマーに火の玉ぶん投げて許されるなら生贄準備して大遅刻かますスター歌手()とて吊し上げを食らうべきである。モラトリアムとて社会人予備軍、時間厳守は常識ぞ?上級国民が使い捨てのモブを待たせたところで痛くも痒くもないってか??お???

というマシンガンクレームを叩きつけるより早く気づけば控室という名の実習B棟1Fの一室に放り込まれていた。ご丁寧に施錠されてである。これには流石にモブとて物申した。F**king you ちょっふざけんなコレ監禁だぞ国際法に抵触してらァこちとら屋台のシフトが入ってんだ私がキャベツ刻まなんだら男バレのお好み焼きが焼けねえだろうが売上に影響したらどうしてくれる見込み金額二割増しで請求書送り付けんぞと喚いたら数分後、控室に段ボールが放り込まれた。中には山盛りの10玉のキャベツと、刻んだそれを入れろということであろうジップロックが箱ごと、そこに走り書きされた主将さんからの伝言が一行。

『ステージ後半楽しみにしてるぞ!』

「What the f**k!!」

頭の中の汐崎さんが中指立てて絶叫した。前例のないfワード祭りここに開催である。実物は四つ足を床について絶望してるけども。なんで出る前提なんだ主将殿…!

運営委員が何を言ったか知らないがキャベツ切れりゃいいってもんじゃない。国際法のついでに保険衛生基準も破ってんべやこんな普通の研究室で調理できるか食中毒でも起こしたらどうしてくれると再び喚いてたら「奥にキッチンスペースがあるから」とラインが来た。なんで???頭の上にユニバース広げてたら追加連絡で「研究煮詰まってきた理系学生が寝泊まりする用に拡張されたんだって」。

半信半疑で探索したら実在した備え付けキッチンと、ついでにその隅に積み上がったエナジードリンクの空き缶を見つけ思わず真顔になった。しかもこれ最近のやつだよ、中身ちょっと乾いてないもん。追い討ちにゴミ箱の中のカップ麺を発見した汐崎さんもう涙目。これが科学の将来を支える学生の血肉になるべき糧か?否反語!

待ってろ未来ある若者たち、ばっちゃま直伝のお好み焼き焼いて置いといてやっかんな…!と燃え立って引っ張ってきたダンボール、中からまな板を出してきて気づく。
包丁なくね?

「ええええ嘘じゃんならもう無理じゃん切れねえモブはただのモブ!!」

ドン、ガタン。

本日三度目くらいのセルフ発狂かました瞬間、施錠されてたはずの扉がすんげえ音立てて突破された。

続いて何か金属質なものが崩れるような、ドンガラガッシャンという激しい騒音。ぎょっとしてキャベツ抱えてフリーズしてたら、轟音を背に飛び込んできた人影とばちり、視線が激突した。
マスクに帽子、服装はジーンズにパーカー。背丈ははじめくんよか頭半分低いくらい。そこまで把握した一瞬の膠着、ふとその手の中にある物に目が留まって、

「MIHARUはどこだア!!」
「HOCHOキタア!!」

アッしかもそれ結構お高いやつじゃない?割とちゃんとした包丁じゃない?波形出てるもん、刃の方に綺麗な波形出てるもん。
うわあ助かりますう、主将殿まな板忘れてないのに包丁入れてくれてなかったんですよ、これでどうキャベツ切れって話じゃありません?服役中の囚人だって懲役用に道具は備えられんべ?

「…は?いや、あんた…おっおいそんな持ち方したら手が切れ、…誰だよお前、返せよそれ!MIHARUはどこに、」
「Huh?」

おっと手元が狂ったようだ。今世紀イチ冷えた声出た。まな板に載せてたキャベツの脳天に出刃包丁が垂直降下。ごめんねえその名前今地雷。

「ミハル?ミハルさん?いたいけなモブを晒し者にしてヒーローもクビになる大遅刻かましてるスター歌手()がどこにいるかって?ご存知なら私が一番教えて頂きたいんですけどね?」

キャベツは尊い犠牲になったのだ。抜き取った包丁でキッチン人生最高記録を出す勢いで刻み始めたらその刺し傷の深さにちょっと反省した。ごめんなキャベツ、お前に罪はなかった。美味しく焼くから許しておくれ。
っていうかもしかしてこのお兄さんも被害者だったりする?
はたと包丁を止め、半分呆然としながら1.5センチ角切りキャベツの山を見てるお兄さんの方を伺う。

「エッもしかしてお兄さんも被害者でいらっしゃる…?」
「…!おまえ…いや、あんたもなのか…?」
「同志よ…!!」

被害者の会ここに爆誕。感激で千切りが爆速再開した。

「聞いてくださいよ、説明もなしに屋台から引っ立てられて割烹着剥かれて打ち合わせ2分でオンステージなんて人権あります?やっと終わったと思ったら監禁されてワンチャンもっぺん晒し首とか、さすがのモブとて黙ってられんっていうか、」
「は、…じゃああんた、さっきステージで…!」
「一体どんな事情か知りませんがね、もう大学にもなってンですから、前もってリスケするとか何とかあるでしょうよ運営もそのスター歌手様も!」
「………あんた、何も聞いてないのか?」
「流す曲名だけです。それも一曲目だけ!」

二曲あるとか聞いてなかった。ここに連行される道中もれ聞いた事だが、三つ目を流さなかったのは私が歌えると知っている曲がその二つだけだったかららしい。つまり手札があれば流していたと。

「……代役が必要になった経緯は?本当に知らないのか」
「え、マジで何も聞いてないんですけど…お兄さんご存知なんですか?」

ていうか冷静に考えて私この人のこと何にも知らないな。普通に関係者の方かと思ったんだけど、所属どこだろう。包丁持ってきてくれたし運営の人よね?スター以下略探してらっしゃるみたいだし。
だとすりゃここで油売ってて大丈夫なんだろうか。探しに行かんでOK?

尋ねようと顔を上げて、言葉が舌の上からするりと逃げた。お兄さんはこちらを見ていなかった。

「…あの、お兄さん──」
「脅迫だ」
「お?」
「MIHARUには脅迫が届いているはずだ。『真実を明かせ、さもなくば』、……」

青年が平坦に言う。不自然な無表情は、私に向かって話していない。
…何かがおかしい、モブとてわかる。どこかでボタンを掛け違えた。問題はそれが最初からである可能性の高さである。どうしてくれるこのポンコツ!

「身代わりを用意したってとこか。そうか、そうか、なるほどな」
「…あの、お兄さん?」
「園田美晴はどこだ?どこに隠した、…ああいや、あんたに聞いてもわからないのか。そうだよな、あんたは悪くないんだ、それなら」

真っ暗な目が私に向いた。シリアルが息絶える。手の中の刃物の柄が、ぬるり、滲んだ手汗で滑って、


「その包丁を返してくれないか」









「すみませんあとふた玉切ってからでいいですか」
「………は?」

おかえりシリアル、お前の仕事はこれからだ!
誰だ今ついにこの醤油トチ狂ったかイヤ元からそこそこ狂ってたわ安らかになって線香買いに行ったやつ、戻ってこい死んでないし狂気でもないから。頭の中の汐崎さんは墓穴掘るシャベル買いに行ってた。お前を埋めてやろうかマジで!

考えていただきたい、あの修羅場in KYOTOを経験して鈍感made in MIYAGIをトータル維持できる人間がどこにいると?さしものモブとて察するわ。これ渡したら次見る時血塗れなヤツだよ、キャベツの次に貫通するのが人の腹部とか冗談にもなんないヤツだよ!

「いやマジで、絶対返すんで、ただほんと今切らないと後半の営業に支障が出るんで」
「ふざけて───」
「キャベツ係の私が問答無用で引っ立てられて今に至ってるんで、既に材料足りてないはずなんですよ、ほんとあとふた玉、10分かかんないんで」
「おまえも美晴の味方をするのか!」
「んなわけないじゃないですか私その人のせいで引き摺り出されてここでキャベツ切ってんのに!」
「なら邪魔をするな!!」

憎悪に満ちた恫喝に殴られる。キャベツ用に出したボウルが振動するほどの凄まじい声量。
台所のカウンターを超えてこようとする。掴み掛かられる。察した本能で腹から声が出て、青年に負けじと同声量で怒鳴り返していた。

「何されたんすかあなたは!」

ちなみにキャベツは唾が飛ばないようキッチンペーパーで死守した。いついかなる時も衛生は命の次に大事なのである。うるせえここがシリアスの墓場だ!

「そんだけ怒ってるってことはなんかされたんでしょう、何されたんすか一体!」
「曲を盗まれた!!」

血を吐くような絶叫に思わず包丁を止めた。まるで我が子を殺されたかのような。
憎悪だけだった声に悲痛な響きが混ざる。号哭。

「俺が作って、プロデュースする話だったんだ、一曲じゃない、『アキイロ』に至るまでの曲のほとんど、約束したのにあの女、」

スカウトが来たら俺を切って、捨てて、権利も事務所に、乗っ取られて名義も何もかも。

充血した目で喚き立てるように続いた訴えは、半分過ぎたくらいから泣き声になった。順序が前後する上に専門用語の飛び交う話は、どんどん支離滅裂になっていく。叫ぶほどに力を使い果たしていくように、最後はうめきと嗚咽で言葉にならない呪詛だけが残った。

「殺してやる、あの女、ころしてやる」

研究机に拳を叩きつけ、髪を掴んで頭を抱え、青年はついに床にくずおれる。
指先の皮の厚みに気づく。ギタリストか、あるいはベーシストなのかもしれない。思いながら、ぶるぶる震える線の細い背中を、しばらく言葉なく見下ろした。

ペーパーの下、四角に刻んだキャベツは一玉半。タテヨコ幅は1から2センチ。
…ガタガタだ。売り物に使うには忍びない。

手汗でぬめった包丁をそっと引き出しに仕舞い、脂汗が浮かんだ額を拭って、研究室のキッチンの戸棚を開けた。サラダ油に調味料、埃を被った鯖缶が一つ。上等だ。

フライパンを勝手に借りて火をつける。サラダ油を垂らして熱し、本来白菜がベストなんだけどこの際構わん、キャベツを投下し調味料を少々失敬。後で三倍にして返しますと念じて、鯖缶の中身を投入、蓋をして。

戸棚の物色を続けたら賞味期限の三ヶ月切れたレンチンご飯が発掘された。乾物には3秒ルールならぬ半年ルールを適用するのが我が家流である。これも新品で三倍にして返すと誓い開封、レンジに投げ込んだ。
くつくつ煮え始めたフライパンから、味付けされた鯖とその煮汁、キャベツの甘みが混じり合う湯気が漏れている。これまた勝手に失敬した紙皿と割り箸を、のろのろと持ち上げられた据わった目の前に置いた。

「ごはんにしましょう」

チンッ!
ナイスタイミングでレンジが鳴った。

「お兄さん、ちゃんと食べてないでしょう。大抵のことは食べてからで遅くないですから」

戦には腹ごしらえが必要でしょう。え?何言ってんですか訴訟ですよ訴訟。権利関係ちゃんと洗いましょう、なんか証拠あるはずです。そっち方面べらぼうに鬼つよな友人にもちょっと知恵借りてみますから。大体ね、他人が盗みたくなる上に盗んだ結果ちゃんと売れちゃう曲作る才能ある若者が、リスケもできないスター歌手()のために包丁一本で人生棒に振っていいわけないでしょう。それこそ日本社会の損失ですよ!

「ゆえにまず腹ごしらえです」

古今東西腹が減って勝てる戦は無い。訴訟は頭脳戦だ、ブドウ糖を補給せよ。

ぼうっとこちらを見ていたお兄さんの目が、重力に引っ張られるように、湯気を立てる紙皿に落ちていく。10秒か、1分か、どれほどそうしていたか知れない。青年はおもむろに割り箸をとった。

くたくたに煮て甘みの増したキャベツを口に運ぶ。差し出したレンチンご飯が後を追う。勢いがついていく。ほろほろの鯖を口いっぱい頬張って、何もかも飲み下すように皿を空けて、おかわり分も詰め込んでいく。

ぽとぽとと頬を転がる涙、啜る鼻音にポケットティッシュを出しておく。調理器具を片付けて、引き出しに隠していた包丁もきれいにしてそっと段ボールに入れた。
それから、戸棚にこれでもかと詰め込まれていたドリップコーヒーを二杯拝借し、色気はないが紙コップに淹れる。

「お兄さん、コーヒーにミルクは入り用で?」
「……僕はブラックしか飲まない」
「それは重畳」

鼻声でのブラックオンリー宣言に厳かに頷いた。よかった、ここ砂糖はあるけどクリープしか置いてないからカフェオレご希望ならどうしようかと。私クリープあんまり好きじゃないんだよなあ…でもブラックだと途中で気持ち悪くなっちゃうし。やむなし、今日はクリープで妥協。

香ばしいコーヒーの香りが充満する。ついでにポッケに入れてたチョコレートをふた粒お兄さんに差し出し、自分も久々のクリープコーヒーに口をつけようとして、

「…待って!そこは関係者以外…!」
「おっけーちょっと見るだけだから、ネ?」
「及川、あれだ」
「よしいけ岩ちゃん!」

ドゴン。

研究室の戸口が吹っ飛んだ。いや正確に言えば吹っ飛ぶレベルでかっ開いただけだったんだけど、完全に蝶番がお亡くなりになる音がした。
ついでにその轟音で飛び上がった瞬間アッツアツのクリープコーヒーにダイヴされた顔面もお亡くなりになるのがわかった。
What the f**k!!

「灯!!だいじょ───」
「だいじょばねえッ…!!」

終わった、表皮が死んだ気がする。だからクリープはヤなんだよ牛乳と違ってコーヒーの温度下げてくんないんだから!

「お、おい大丈夫か、とりあえず冷やさないと…!」

ハッとしたらしいお兄さんがバタバタ立ち上がり、シンクの水を出してくれるのがわかった。次いで両手でホールドしたままだった紙コップがあたふた取り上げられ、代わりに濡らしたハンカチを押しつけられる。「エッ染みになっちゃうよお兄さん!」と悲鳴上げたら「そんなこと言ってる場合か!」と叱られた。ごもっとも…!

「…はーーーっ…」

洗って返すってか買って返すわと心に決めつつ涙目になって顔面冷やしてたら、不意に肺ごと落っことすようなため息が隣から聞こえてきた。あれこのため息聞き覚えある…ていうかさっき呼んだのはじめくんの声じゃね?
思って見上げたら案の定見慣れた同寮生の、壮絶にどうしようもないものを見る顔があった。エッなんで?

「…怪我は」
「今した…顔面逝った…」
「見せてみろ」
「あぶ」

頭ごと掴まれ目視される。とたん眉間に皺を入れておっかない顔をするはじめくんに頭の中の汐崎さんがしょぼくれた。そんな顔しなくてもいいじゃん…て言うかそもそもはじめくんがダイナミック入室してなきゃこんなことには…。

「だめだよ汐崎さん、火傷は流水じゃなきゃ。感覚無くなるとこまで冷やしな」
「あれ、及川くんなんで…あっそうか待ち合わせ」
「いいから早く。女の子なんだよ、顔に跡残ったらどうするの」
「そうだね、ばっちゃま泣いちゃう…」
「ば、…ああいいよ、その辺はもう後で岩ちゃんに叱られな」
「エッなんで??」

さすがは我らが顔面キラキラ泥くさ王子(貶してない褒めてる)、及川くんにジェントルな理由できびきび叱られ、ついでによくわからない説教フラグ立てられながらシンクに顔面ダイブする。鼻先の感覚がトぶまで冷やして、及川くんのOKをもらってハンカチ冷却に戻る頃には、どういうわけか腕章をつけた実行委員らしき人たちが──それもぱっと見7、8人──研究室に入ってきていた。

一体全体なんの騒ぎ、と見渡してお兄さんと目があった。腕章をつけたうち、見るからに体育会系とわかるガタイの良い数名の男子学生に、物々しい気配で取り囲まれている。
開け放たれたドアから、遠く響くサイレンの音が忍び込んできた。…パトカー。

「灯!大丈夫だった!?」
「…ほのちゃん?」
「ごめんね、ストーカーがMIHARUと灯を間違えるなんて思ってなかったから…!」

MIHARUの元カレがストーカーになって、嫌がらせしてきてるとは聞いてたの。でもまさか人質とって立て籠もるなんてそんなこと、考えらんないでしょ?

「だから──ねえ灯、凶器はどこ?」

脅されたのよね、警察に言わないと。


なぜだろう、目の前の友人の言葉を咀嚼するのに嫌に時間がかかる。いや、なぜだろうとは言うし、実際言語化して説明はできないんだけど、経験則では知っている。

私の脳みそがこういう遅延を引き起こすのは、大体頭の中の汐崎さんがおふざけ抜きの高速で情報処理に当たっている時だ。

眼球が滑る。屈強な男たちに囲まれ、腕を掴まれたお兄さんの、青ざめて俯きがちの顔が目に入る。
その瞳に狂気はない。ただ悄然とした諦念だけが色濃く影を落としている。

「…灯?」

全体図はちっとも見えてない。ただ漠然と形作られる確信が、不当な策略を嗅ぎ付けて燻っている。

ひりひりし始めた鼻の上には、お兄さんが貸してくれたハンカチがある。

実行委員の腕章をつけた友人に向き直った。そのまっすぐな、疑われないことを疑わない心配顔に、出てくるままの言葉を向けた。


「何も…無かった…ッ!!」
「ゾ◯か」

頭頂部をはたかれた。言わずもがな隣の漢前によってである。

「ツッコミにしばきオプションつけていいのは関西のお笑いだけだってばっちゃま言ってたぞ…!」
「サン◯ウィッチマンだってお前は殴る」
「殴りませんんん!風評被害ダメ絶対!!」

いいだろおんなじジャンプ界隈なんだから!あ?メタい?うるせえここがシリアスの墓場っつったろ、しっかり土まで還してやんよ!

「…どういう意味?」
「えっだから同じJum──」

おっと誰か来たようだ。

「…どうって、そのままの意味だよ。私は脅されてないし、まして人質になんてなってない。何かの間違いじゃないかな」
「そんなわけ…!…灯は知らないだろうけど、身元はもうわかってるのよ。そこの男がMIHARUを脅迫してた証拠もあるんだから」
「それは知らなかったなあ。できればステージに立つ前に聞かせて欲しかったね」
「それは……悪かったわ、ごめんね。こんなことになると思ってなかったから」
「…“こんなこと”って?さっきも言ったけど、特に何も起きてないよ」

あっぶねえボロ出すとこだった。過去最高速で頭回ってる自覚がある…どうしよう頭蓋骨擦り切れたら…。その前に頭の中の汐崎さんが知恵熱でぶっ倒れそうである。耐えてもうちょい超耐えて。
あとごめんね母ちゃん、嘘がつけんように産んでくれたというのに、いつの間にかこんなしれっとホワイトライをかませるようになってしまった。都会って…汚ねえ…!

でも感謝してる。ここであったこと全てを馬鹿正直に話すほど馬鹿には育てずいてくれたことに。

「このお兄さんがMIHARUさんに“会いに“来たのは本当だよ。“話がしたかった“んだって。でもここにいたのは代役の私だけだったから、そのうち来るだろうってお茶して待ってたの」
「……」
「ね、お兄さん。そうですよね」

お兄さんが大きく目を見開いた。一瞬ぐっと泣きそうな顔をして、それを堪えて短く頷く。
“友人”に向き直る。言葉を並べるのをやめて、こちらを睨むように見詰める実行委員の女子大生に、口元だけは笑みを作って言った。

「“誤解“は解けた?」
「……ええ、そうね、でも灯、みんながみんなそう解釈するとは限らないわよね?」

朗らかでいて挑戦的な言葉に思わず唇を結ぶ。見渡した周囲の、沈黙を守る腕章たちの無言の同意と敵対に、ちりり、心臓の裏側に火が付く錯覚。

脇に垂らした右手が取られた。握るとは言わない、上から無造作にすっぽり掴む、大きな手の持ち主は振り向かなくてもわかっている。

猫背で力んでいた自分に気がついた。背筋が伸びる。肩から力が抜けた。
手札はない。俯瞰できる盤面も。それでいい、所詮モブ、初期装備がお似合いだ。右手の中の節張った指を握り返して、



「───“解釈“ねえ」


ゆっくり鋏で断つように、冷えた低音が割り込んできた。


「けど、証拠がある話は“事実“だろ?」


逆立った黒髪、ナイフのように細めた油断ない瞳と、薄い唇に浮かべた笑み。

三色のボールを泥臭く華麗に操るその大きな手にひらり、現れたスマホの画面と──赤いボタン、ボイスレコーダーのマークだ──もう片手が掴んだ腕、扉の影から引きずり出される華奢な女性。


…なるほど真打ち登場と。どこに行ってたか知れないが無為に過ごしていたわけもない、このタイミングで乗り込んでくる強者ぶり。
その姿に安堵半分、呆れ半分に口元をゆがめて笑った及川くんが、ツンと顎を上げ、前髪をかき上げながら言った。

「役者が揃った、ってとこかな?」

末恐ろしくはこのキザな台詞がまるでスベらんオーラとビジュアル。
全く、これだから主役級はやることが違うのだ。


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