法で裁くべき阿呆具合

じゅう。
十分熱した鉄板へ先陣きって送り出されるは豚バラ肉。バラこそ至高、この場においてロースやカタの出番はない。刻んだ宮城直送キャベツと溶いた卵、すりおろした長芋はばっちゃま直伝の黄金比。紅生姜入りと抜き、シーフードは別ボウルで待機中だ。

ざっくり混ぜたボウルを小脇に、程よく焦げ目のついたお肉の上、お玉を構え、見計らって───よしいい音。

素早くヘラで形を整え生地の流出を阻止、こんがり焼き色のついたところで火力を調整。ヘラをもちかえ外縁を持ち上げ、心頭滅却、───いざ。

「っっせいッ!」

キマッた。完璧な焼き具合だ。パンケーキもかくやのふかふか間違いなし。追いかけて隣の鉄板、銀のヘラがひらり翻る。異なる構えと入りの角度、だが着地は美しく、こんがり焼き目の塩梅も絶妙。華奢な首裏でしなったポニーテールの黒髪が、絹糸のようにうなじに戻る。
亜紀さん髪伸びたなあ。ちなみに前髪は私が切って差し上げている。この栄誉末代まで誇れる。閑話休題。
そしてその様をぼうっと見守っていた背後のバレー部員さんの一言。

「美女って何してても美女なんだな…」

わかるぅ。
お好み焼いてなかったら固く握手して1万回頷いてた。頭の中の汐崎さんとしたり顔で頷いてたら、看板持って通り過ぎてくはじめくんに「なんでお前が自慢げなんだ」と突っ込まれる。宣伝よろしくです。

「信じられるか?俺ら今ミスコン事前投票一位に屋台の裏方させてんだぜ」
「なあもう売んのやめて俺らだけで食わね?」
「バカ言え売り上げなくなんだろーが」
「考えろ、千年に一度の美女の手料理を食う機会が今後俺らの人生にあるか?いやない」
「あるかもしんないだろ夢見させろ!」

という背後のわちゃわちゃは確実に届いているだろうに、彫刻美もかくやの横顔はちらとも揺らがない。それも、意図的な鉄仮面というよりはデフォルトに近い無表情。
この話を受けた時点で多少なりと意外には思ったし、どうかな、と思って気にしてたけど、これは本格的に大丈夫そうだ。思って視線を戻す直前、鉄板に向いていた美しい瞳がこちらに気づく。

「亜紀さん鉄板熱くない?」
「うん、大丈夫。ありがとう」

鉄板の上で綺麗に半分に分けられたお好み焼きは、発泡スチロールのお弁当箱へ。慣れた手つきでソースをかけ、おかかを踊らせ青のりをまぶす。

目を上げれば晴れ上がった秋の深い青空を背中に、黄金色に染まる銀杏の木。
広がるキャンパスの煉瓦敷きの通りを、開催準備に追われる学生たちが忙しく行き交っている。

「What a beautiful youth…!」

若人よ、謳歌せよこの青春を。
さて開店まであと20分。





男子バレー部の出店を手伝ってくれないか。

他に用事がなければでいい、短時間で済むようにするという前置きと共にはじめくんに切り出されたのは、来る大学生活初の学園祭の一週間前のことだった。

なんでも男バレでは例年焼き物の屋台を出してきたのだが、この数年中心的な役目を担っていた先輩のご親族に、ここ最近ご不幸があったという。ご長男さんでご家族からも頼りにされている先輩を、学祭の屋台を理由に慌ただしく呼び戻すのは忍びなく、とはいえ料理の腕に覚えのある部員も限られている。
そこで白羽の矢が立ったのが、はじめくんと黒尾くんの同寮生、バイトと学業と家事三昧でサークル活動に無所属の私である。

私の予定はせいぜい、学部の友人たちの屋台や英語劇を見に行く程度だ(ちなみにみっちゃんはお仕事の兼ね合いで参加予定は初日のみだ。さみしい)。
やっぱりサークルの一つくらい入っておけばよかったかと若干アウェーを感じていたので、降って湧いた参戦オファーに二つ返事で頷いたのは言うまでもない。

ちょっと驚いたのはその後日、はじめくんが亜紀さんにも声をかけ、彼女もまた参加を決めたことだ。
お誘い自体は全然不自然じゃないし、むしろ私も誘おうか考えたんだけど、なんせ男バレである。いや評判が悪いとか不良とかじゃない、むしろ聞いてる感じ普通に爽やかスポーツ青年ズってチームなんだけど、それで性別が変わるかと言ったら紛うことなく男子なのである。

夏明け以降多少の浮き沈みはあれど、比較的落ち着いて見える亜紀さんが、実のところどんな心理状態なのか正確に推し量る術はない。なにぶんあのヘビーなゼミの存在を知れば、さしものポンコツとて気を遣う。
頭の中の汐崎さんに天啓が降った。唸れ俺のモブ力、この着地点不明の長期連載(うるせえそこメタいとか以下略)で培ってきた展開土台施工スペックをいつ使う?今でしょ!うるせえそこ古いとか以下略。

そういうわけで勢い込んで彼女の全力バックアップを誓い、目配り気配り手配りしてたら、当の亜紀さんに挙動不審を心配されたなんて覚えてない。覚えてないったら覚えてないのだ。頭の中の汐崎さんがアルカイックスマイルで泣いていた。泣くな相棒、強く生きろ。

しかしそんな私の心配をよそに、亜紀さんは学祭での予定は特にないこと、お好み焼きなら土地柄もあって他の料理よりは馴染みがあることを挙げ、それからややあって、独り言のように付け加えた。

「ちゃんとした文化祭って、高一の時だけだったから」

頭の中の汐崎さんの上に土砂降りの雨が降ってきた。泣いていい、泣いていい相棒。

「死ぬほど美味しいお好み焼こうねッ…!!」
「おい目的ズレてんぞ」

両手握って涙目で誓ったらはじめくんの冷静なツッコミがふってきた。次いでハッとした亜紀さんが「でも私、京風しかできないかも。大阪風だったらどうしよう」。思いの外ローカルにガチだった。「関東もんにはどっちでも一緒だろ」。君は関東人とお好み焼きに謝ろうねはじめくん。






10時の開門を待って、キャンパス内は瞬く間に大盛況の賑わいを見せた。予想した3倍の混雑である。東京すんげえ。宮城有数の私立たる我らが母校青城の学祭も県内じゃ指折りの規模と言われたが、さすがは首都かつ大学クラス。下町寄りの立地と思えぬ圧倒的人口密度の差を感じる。つまり死ぬほど忙しい。

「1時からステージでライブやりまーす!よろしくお願いしまーす!」
「ただいまA棟前で生搾りオレンジジュースがタイムサービスです!先着50名限定!」
「縁日ー!縁日してまーす!」
「C棟3階講義室、今季最怖のお化け屋敷!挑戦者大募集ー!」
「健学で血圧測ってまーす!」

「エッ血圧?後で行こうかな」
「19の女の子が反応するとこじゃないでしょ」

キャンパスのメイン通りを飛び交う呼び込みに思わずポロッとこぼしたら、隣で業務用紅生姜をタッパーに移し替えてたバレー部の主将さんの大爆笑をいただいた。お言葉ですが体は資本、若さに物を言わせちゃいかん。ばっちゃま直伝の血圧論を展開したら途中から神妙な顔されて、「俺も後で行ってくる…」と認識を改めてくだすった。さすがは主将、人の上に立つお方。モブの一論にも耳を傾ける度量をお持ちである。

後で測りにいきましょうねーと和やかに笑ってたら、宣伝係を交代してキャベツ刻んでたはじめくんから猛烈にもの言いたげな視線をいただいた。エッうちの主将丸め込むなって?何だよう、壺買わせたりしないったら。確かに主将ピュアすぎて詐欺られそうな気はしないでもないけど。
横で華麗にソースを振りまいていた手を止め、亜紀さんが言った。

「そうじゃなくて、」
「うん?」
「…、岩泉も一緒に行きたいんだと思う」
「なんだあ、そんならそうと言ってくれりゃいいのに」
「ちげえわ阿呆、橘お前わかって言ってんだろ」
「“言いたいことがあるなら言えばいい“」
「てンめえ…」

おおおンなんかわかんないけどはじめくん青筋立てて凄まないでよ怖いから。周りの部員さん引いてんよ。そんで亜紀さんなんでコレには怯まんの?最近君らが漸進的にトムジェリ化しつつあんのは気のせい?なんべん言ったらわかんべやうちはジブリ原理主義ぞ。ただしピ○サーは許す。トイスト尊い。

引きも切れないお客の波は同世代ないし高校生と思しき若年層が中心、父兄と思しき親世代が時々。思えばうちは都心の喧騒からやや離れたアクセス・治安共に◎の中堅総合大学だ。有名私大の滑り止めとしても名を聞くとあり、非公式のオープンキャンパスとして見学に来る受験生も多いのだろう。

加えて運動部という部活柄、卒業OBたる部員さんたちを慕って高校の後輩さんたちが代わる代わるやって来ることもあり、事前に焼いていたお好み焼きは最初の1時間で消し飛んだ。
嘘だろまだ11時ぞ…?Selling like hotcakes. お好み焼き=パンケーキ説ここに爆誕せり。

ともあれ序盤も序盤だが致し方ない、呼び込みに散っている宣伝係の皆さんにも連絡して、15分の休業が決定。その間に、キャベツが入ってたダンボールをバラし、裏にマジックペンで『ただいま一時閉店中』とレタリングした看板が作成される(印刷かと見紛う鬼クオリティだった)(担当した二回生の先輩、書道有段者)。

材料の不足を見越して編成された買い出し組を見送り、いざ刻まんキャベツの山、と包丁を構えた時。
不意にまな板へ伸びた影に顔を上げれば、飛び込んできたのは目の覚めるような深紅。

「ひょ…」

女性だ。赤い上下のスーツを着ている。
それを飲み込むのに2秒要ったのは、その見目と佇まいに気圧されたからに違いない。

素人目にもわかる仕立ての良いスーツ、その美しいボディラインと、鍔広の黒の帽子からこぼれる艶やかな黒の巻き髪。グラデーションを作るサングラスで目元もろとも上半分を隠してなお、その小作りな輪郭の内、白皙の面立ちが整っていることは容易に想像できる。

華麗にて威風堂々、女優かと見紛う派手な装いに引けを取るどころか、その色彩とデザインを悠々従える気品と余裕。…えっこれまじで女優さんだったりせん?だとしたら事案ぞ?東京広し美人は多し、だがここは私大のキャンパスだ。場違いにもほどがある。むしろ銀座のクラブとシャンパンがやって来い。

流星のごとく現れた美形(確定演出)の圧倒的オーラに、一瞬周囲が静まり返る。自然、形成されるATフィールド、丸く広がる無人空間。視界の端では即席看板を抱えた主将が、右足を一歩出してはまた戻す永久機関と化していた。いや突入して、まじ突入して。そもそもなんで臨時調理員の私が対応する運びなの?責任者呼んで?

不意に歩み寄る気配で、はじめくんが隣に付いてくれたのを察する。遅いよ最初っからいてくれよとサイレント地団駄踏みながらその肘を掴むと同時に、赤いスーツの美女と目が合った。サングラス越しに視線がわかって、覗いた白い歯にひょっと息を呑み、

「Hello?」
「エッaっHi?」

キレッキレの英語が降ってきた。それも完璧なクイーンズイングリッシュである。

「So sorry to bother you, but I’m wondering if I could ask you a favor .」
「おh, wha、…Yeah yes ma’am, of course. Anything I can do for you?」
「Thank you, I really appreciate. Actually, I’m looking for my sweet niece」
「おばさん」
「Okey, Oba…おば?」

英語脳が断線した。唐突なショートで思考から言語機能が飛んだその一瞬で、たおやかな白い手が私の手の中の包丁を抜き去っていく。
代わりにやんわり押し込まれたのは紙パックの豆乳、紅茶味。あ、さっき休憩にって頼んだやつ…。

目前の美女と同じ黒の髪、白い肌、華奢だが美しい稜線を持つ体躯をした同寮生が、私から取り上げた包丁をまな板に戻して向き直る。
黒曜の瞳に穏やかな色を、柘榴の唇には微かな笑みを湛え、めずらしく気負いのない調子で亜紀さんは言った。

「私のともだちを、あんまりからかわないで」
「あら、ちょっとしたご挨拶じゃない」
「…。えっ。えっ?」

ベージュのマニュキアの指先がサングラスを華麗に下げる。覗いた目元、造形に重なるデジャヴュ。“おばさん“って、じゃあまさか。

「初めまして。亜紀の伯母の、橘楓です」

姪が大変、お世話になっております。

帽子とサングラスを取って一礼。華やかだが優雅、丁重に頭を垂れる様に、ああこの風合い、と感じたのは亜紀さんにも通づるやんごとなき育ちの気配だ。
なるほどこの方が噂の叔母様…いやだとして御歳おいくつ?親子ほどは離れてるよね?嘘じゃんどう見積もっても30半ばだぞ。美形は時空も超える。
そういえば秋にはイギリスから帰国すr、エッていうか今。

「TOMODACHI…!!はじめくん聞いた!!?亜紀さんから『ともだち』いただきました!!!」
「今ので友達辞めんじゃねえか」
「What!!?」
「むしろお前は今まで橘のことなんだと思ってたんだよ」
「違うじゃん!私が勝手に友達って言うのと亜紀さんが言うんじゃ違うだろ!言葉の!価値が!!」
「うるっせえな、つかそれ言い出したらここまでの名前呼びに無反応って、…おいお前」
「……!!!」

エッまじじゃん。エッまじじゃんいつから?なんかすんげえ前からだった気がすんだけどいつから???教えて頭の中の汐崎さん!とすがったら無言でブラウザバック要求された。うるせえそこメタいとか言う暇あるなら教えろください!

「橘、まだ間に合う。クーリングオフすんなら今だぞ」
「返品お勧めしないでクダサイ!!」

感動と衝撃に打ち震えてたらとんでもないこと言い出したはじめくんに思わず絶叫した。ら、おばさまが大爆笑なさってた。ひえ…大口開けて笑っても美しいとか何事…。
恐れ慄く私の横で、亜紀さんは時計に目を落とすと言った。

「ごめんなさい、今ちょうど売り切れたとこなの。30分もあれば、出来立てを出せるんだけど」
「30分でも1時間でも。今日は昼過ぎまで空けてきたから」
「どこか見てくる?ステージとか…」
「お馬鹿さんね、可愛い姪の顔を差し置いて見るものなんてないわよ。なんのために商談ぶん投げて帰国したと思ってるの」
「また無茶言って休んだの」
「いつも無茶言われてるんだから時々カウンターキメとかないと。日本人がみんな従順に社畜すると思わせたら負けよ」

快活に笑うおばさまを亜紀さんの身内と聞いて、看板抱えてた主将に変わって副将が休憩用の折りたたみ椅子を運んできてくれた。女優ばりの美貌にざわつきたじろぐ周囲もそのままに、おばさまはお礼と共にバックヤード(実際は屋台横にある簡易テントなので、物理的にはサイドヤードである)に移動する。

もともと荷物置き場や交代時の着替え場所のため、表通りからの目隠しとしても機能するよう設営されたテントだ。人目が捌けたのを確認し、キャベツに戻ろうとする亜紀さんをなんとか説得して休憩に向かわせた。会社にカウンターキメて海を超えてきたおばさまを放置して刻むべきキャベツなどこの世には存在しないのである。その当の楓おばさまは興味津々といった具合で、キャベツ隊の後ろに腰を据えられたのだが。

サングラスを外した素顔には、京都で見た亜紀さんの母親よりも濃く、その祖母に重なる面影があった。一瞬ドキッとしてしまった脊髄反射を内心恥じる。失礼が伝わっていなければいいんだけど。
快活な笑みに相殺されているが、研がれたバリキャリの雰囲気には歴戦の風格が漂っている。それを差し引いても、やはり亜紀さんとは趣きを異にする美貌だ。彼女が父親に似たと言っていたのをふと再び思い出した。

「それじゃ、こちらが灯ちゃん?」
「うん」
「アッはじめまして、汐崎灯です」
「で、イワイズミくんってのがこっちの彼ね」
「そう」
「初めまして」
「聞いてはいたけど…意外も意外ね。亜紀あなた、前だったらこんなきちんとした男の子、目も合わせられなかったでしょう」
「学部じゃ今もそんな感じですよ」
「はじめくんは余計なこと言わない」

失敬な、人をぼっちキメてるみたいに言いおって。美形にはそれくらいがちょうど良い専守防衛になるのだ。せっかくシャツを掴んだままだったので、はじめくんの肘をつねっておいた。額にデコピンが飛んでくる。痛い。
亜紀さんは物言いたげだったが、おばさまは何かを心得た様子で笑みを深めるだけだった。何だか含みはありそうだけど美しいのでオールオッケーである。そのまま不意に身を乗り出したおばさまは、これぞ本題と言わん瞳、JDとも張り合えるノリで尋ねた。

「じゃ、もう1人の彼は?ねえ亜紀、あなたが話してた男の子、クロくんだっけ」
「彼は宣伝シフトだから、こっちには入ってないの」
「でも今休業にしたんでしょ?戻ってきてるんじゃないの、どの子?」
「…おばさん、おもしろがってるでしょう」
「黒尾ならもうすぐ戻ってくると思いますよ」
「岩泉はさっきから余計なこと言わないで」
「普通に喋ってるだけだろ」
「おやめ二人とも、最近ちょっと目離すとトムジェリすんだから!せめてサツキとカンタでやんなさいサツキとカンタで!」
「「…。」」

その場合誰がト◯ロとメイなのかという話は棚上げする。黒尾くんは猫バスで全会一致だ異論は認めん。
閑話休題。

ともあれ全体ラインで売り切れの連絡は入れたと聞いているので、もう少しすれば戻ってくるんじゃないだろうか。宣伝組は一旦戻って仕込みを手伝う手筈になっているし、彼が道草を食うとは考え難い。
そんなことを言いつつぐるり、屋台の向こうの往来を見渡して、雑踏から一つ飛び抜けた特徴的なトサカヘアを先に見つけたのはすこぶる目の良いはじめくんだった。

「いた、あそこだ」
「えっどこ?…あ、ほんとだ」

広間の時計そば、もうすぐそばまで戻ってきていた道中を誰かに呼び止められたのか。こちらに半分背を向けた彼の視線の先は人混みで判別がつかないが、誰かと話しているように見える。

「どの子?」
「あの、広場の真ん中の時計台から、ちょっと斜めに行ったとこの、背の高い男の子です。若干変わった髪型の…」

顔を覗かせるおばさまにもわかるよう、指差しながら誘導した広間の先。
不意に訪れた人垣の切れ目で開けた視界に捕捉したのは、イケイケのファッションに身を包む上回生と思しきお姉様方数名に囲まれ、実に絵になる立ち姿で何の気後れもなく談笑する我らがシティボーイの姿。

「「「……。」」」

周囲の全喧騒が成層圏家出してオゾン層まで逃げ去った。指した指もそのままに、私は真横にいたはじめくんの腕をひっしと掴んだ。さもなくばこの斜め後ろ、赤いスーツから発露される静かなる絶対零度のブリザード。待ったなしの凍死危機。

油の切れた眼球だけでじりじりとおばさまの方を振り仰ぐ。美しい顔貌に艶やかな微笑を湛え、長いまつ毛を二度瞬かせたおばさまの、真っ赤なルージュの唇から白い歯がこぼれて、

「Ohhh───key?」

この世で一番聞いてはいけないOkeyいただきました。
死刑宣告である。

「待っ…あの、楓おばさま、いや彼本当に人がよくできてまして、どんなタイプの人とも上手に渡り合えるというか」
「あら、それは良いことね」
「あー…道聞かれてるとかじゃないすかね、アイツ背高いし目立つし」
「ほんとだわ、案内もしてあげるみたい。腕も組んでるし」
「いや多分あれはお姉様方の方がノリノリで、多分上回生だし邪険にも───ねっ亜紀さん、彼普段全然…亜紀さん?」

最後の砦ともいうべく亜紀さんに助力を求めてはたと、彼女がずっと沈黙を守っていたことに気づく。基本が表情の乏しい横顔、じっと広間の方を見つめていた美しいかんばせが、ふいにこちらに向けられた。
彼女は言った。

「灯ちゃん」
「おっアッハイ」
「私、今、こう…こう」
「ウン」
「…もやもや。そう、もやもやするんだけど」
「ウン?」
「“ふつうの女の子“は、みんなそう?」
「ウ…おん…?えっうん、…多分そう…?」

いや待てエビデンスは?文献(※少女漫画)読む?今すぐ街頭調査して統計出した方がいい?
ソースがねえと大汗かきながら大変怪しい肯定を返せば、真剣そのものだった亜紀さんが無表情をそのままに顔を明るくした。この美人においてこれは矛盾しないのである。エッでもなんで?

「おいどうすんだこれお前のせいだぞ」
「えっ何が!?」
「汐崎が終始ぶっ飛んでるせいで橘の情緒までとんでもねえ方向に育っちまったんだろうが」
「えっ何が!!?」


220218
「ふつう」が嬉しい暗室美人と、この状況でそれを喜んでる感性がすでにふつうじゃないことをツッコみたい男前と、全てにおいて自覚のない戦犯。季節感などない。
文化祭編、続きます。

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