修羅場フラグを叩き折る



「あなたよね、岩泉くんと寮が同じっていう女の子」
「おん?」

見たところ同輩か、ともすれば先輩か。きっちり結い上げたポニーテールによく映える整った顔立ちと、勝気なそれに似合う挑戦的な表情。ぱっと見から体育会系だが、見目もきっちり気を遣うタイプだ、化粧や髪に手を抜いた様子はない。

おそらく初対面であろう、そんな美人にひたと見下ろされた汐崎灯は、今し方口に突っ込もうと構えたプリンのスプーンを一旦引き留め、こてり、首を傾げて尋ねた。

「えーと、お探しの対象って黒髪の超絶美人でなくて、モブのちんちくりんで合ってます?」
「……。…まあ、そうね、美人じゃない方とは聞いたわ」
「アッならそうです、私です」

強気に構えたその表情が何とも言えぬ風に崩れる。白昼堂々食堂でカチコミかます度胸に反し、当人の前で非美人認定するのは気が引けるらしいあたり、心根の曲がったタチではないようだ。
となればひとまず灯に実害は大きくない。むしろ案ずるべきは乗り込み2秒でカウンターをかまされたこの美人の行く末である。
その様をしかと見た灯の向かい、うどん鉢を前にした南雅火は、無言のままポニテ少女を労った。

さて、当代きってのIQを誇る南家次期当主でなくとも、夢小説と少女漫画に多少慣れ親しんだ察しの良い読者諸君なら開始数行の会話文で事態を把握したに違いない(「ねえやめてみっちゃんまでメタいこと言い出さないで!」)。
喜べ庶民、お望みの展開や。本編初と言ってええ醤油サイドの修羅場やぞ(「何で初見からそんな上から目線なの!?そんなだから各方面に敵しか作んねえんべや謝って今すぐ謝って!」)。

「んん…?すみません、前にどこかでお会いしましたか?こんな美人さんいっぺん会えば100パー忘れないんで、多分初対面だと思うんですけど…」
「……初対面よ。それに、同期だから敬語もいらないわ」

Aスマッシュ、ノーガードで炸裂。ポニテ少女に20のダメージ。さあ頑張れ、この程度のジャブでKOとられとったら後まで身ィ保たへんぞ。
雅火はつゆのたっぷりしみた油揚げをかじりながらインサイド実況を行う。お察しの通りここで応援すべきは宮城の生んだ奇跡の奇行種・汐崎灯では無論なく、果敢にもこの友人に向かってきたスポーツ系リア充・スクールカースト上位層確定組と見える哀れな被害者(確定)である。指を咥えて見ていろシリアス、お前の上がる舞台はない。

「あれ、大人っぽいからてっきり上級生かと…国際関係の汐崎です」
「社学の林沙織。女バレよ」
「ああーどうりでスタイルが良い…!OH?MB?」
「…、…MB」

わかるわかる、コイツに差し向ける武器は全部いっぺん時空越えるからな。刃は料理バサミ、槍はフォーク、矢は爪楊枝に全変換や。これぞ難攻不落のキッチン無邪気。筋金入りの善性は下手な鈍感や天然より堅牢なのだ。雅火は頷きながら麺の残りを啜った。ほれ、女バレ女子、どないする。

そんな雅火のしれっとした態度に勘付き、良くない意味で哀れまれ面白がられていることを正しく汲み取ったのだろう、林少女はその勝気な目元をきっと吊り上げる。しかし当然手も口も出してきていない雅火に矛先を向けるわけにもいかず、カッと紅潮した顔は勇ましく灯の方へ向き直る。

「単刀直入に聞くわ」
「?」
「あなた、岩泉くんとはどういう関係?」

なるほど、ド直球ストレート。時速148キロ右腕と見た。
悪くない一手だが、使う相手を確かめてからの方が良い。つまり、自分が相手にしている人間に、そもそもバッターボックスに立つという常識が備わっているかどうかということだ。さあどう出る汐崎灯。

「うん…?そうだな、いろいろあるけど───元同級生で、現同寮生で、あとは調理担当と配膳担当?」

ゴッフ。
来ると分かってたのにタイミングをミスった。雅火は啜りかけたうどんつゆを思い切り吹き出した。案の定すぎる。バット持って構えるどころブルペンで泥団子作ってやがった。
ここにきて完璧に保った無表情に南家仕込みの鉄仮面へ心の中で大感謝祭。英才教育も捨てたもんじゃなかったというわけだ(「みっちゃん違う、それ多分使いどころ違う」)。

「ちがっ…ねえ、さっきから何なの?馬鹿にしてんの!?」
「エッなんで!?」

突如(と思っているのはこの阿呆だけ)怒り出した林少女の怒りに仰天した灯が助けを求めるように雅火を見るが、わかったのは無表情で肩を震わす友人が腹の中で爆笑していることだけ。ちなみに林少女のもっともな怒りの導火線に着火したのがこの愉快犯の態度であることも、灯がそれにちらとも気づいていないのも言うまでもないことである。

むしろ灯の注意は周囲から集まり始めた好機の眼差しに移っていた。自分がどうこうという話ではない。女バレでこの容姿、それなりに顔が広いのだろう、ざわつくギャラリーからは林少女の名前が漏れ聞こえ始めている。
感情をあらわにヒートアップする彼女を、無用に晒すのは忍びないと考えているに違いない。汐崎灯はそういう人間だ。とは言え基本がポンコツなので、悪気なく地雷を踏み抜くことが往々にしてあり、

「ちょ、ちょっと一回場所変えません?よくわかんないんですけどちゃんと話せば、」
「わかんない?ふざけてんの?随分いい性格ね…!」

言った尻からこれである。雅火は目をぐるりと回した。無自覚ゆえに無神経、情状酌量の余地が半減した決定的過失の瞬間である。
迫力のある美人顔を険しくゆがめ、林少女が荒げた声で灯に詰め寄ろうとする。

やれやれ潮時か。思い切り吹き出した口元のうどんつゆを美しい所作で拭き取り、雅火は口火を切ろうとした。まあまあ、そこまでに、


「何騒いでんだ、お前ら」


「…おお」

喜べ庶民、お待ちかねの真打ち登場や。ベタに盛り上がる展開やぞ、スクショ撮んなら今や今(「コンプラ!コンプラ違反!コミュニティガイドラインに沿ったモノローグでお願いします!」)。

もはや隠すことなく面白がる雅火が、二人の不毛なアン◯ャッシュを愉快犯的に傍観していたことをすぐさま見破ったのだろう、渦中の青年は雅火に向かい無言ながらひと睨みくれてやる。
運よく居合わせたらしい岩泉は、自分という思わぬ闖入者に言葉を失っている林少女に向き直った。

落ち着いた、しかし険を隠さぬ眼光が、林少女をひたりと射竦める。勝気なれどやはり年頃の少女、怯む彼女に岩泉は切り込んだ。

「俺がどうこうっつったか。何の話だ?」
「…そ、れは」
「…こないだの件なら話はついたはずだ。言い足りねえことがあんなら当人に言え。関係ねえ奴に絡んでんじゃねえぞ」
「はいボーーク!危険球!言い方チェンジ!」
「ぶっふ」

雅火はもはや遠慮なく吹いた。割って入った審判の余りの間抜けさに容赦なく吹いた。今か。今バッターボックス立っとんのかお前は。いやちゃうわこれポジション的に球審やわ、やっぱりボックス立っとらんわ選手ですらなかったわ。

「ちょっねえどういう?いや正直前後関係なんッもわかってないけどそれどういう話し方?こんな美人さん相手に衆人監視でフルスロットル低音威嚇する法的根拠がどこに?Be a gentlemanと!How many times should I say!?」
「ちょ、やめえ、そろそろやめたれ、可哀想やろこの子とうちの腹筋が」
「Hold your tongueみっちゃん!Be an お口ミッフィーさん!」

ネイティブ発音の絶望的な無駄遣いに、食堂の一角で談笑してた留学生の一団がこぞって振り向くのが見えた。わかるわかるビビるやろ、純種ジャパニーズにも発音お化けの変異体っちゅうモンがあってな。

腹では茶化しつつ、雅火はひとまず笑いを引っ込め片手を上げて了承の意を示した。字面は大変ふざけ倒した説教ではあるが、これは割とマジなヤツだ。汐崎灯とは善良と天然が深夜テンションでつくり出したような人間だが、このご時世稀有なほど真っ当な良心を標準搭載している。度を過ぎて茶化しすぎるなら、後で大層ヘソを曲げるだろう。

大人しく茶を啜ることにした雅火をさておき、灯は憤然と立つなり、詰問された林沙織を庇うように岩泉との間に身を割り込ませた。

「とりあえず場所もチェンジ!そんで岩泉くんね、何の話かわからんけどそれ多分ケリついてないから、林さんとちゃんとお話してきな。おおよそ言わんでも分かれなんて無茶言って言葉端折ってきたんだろ、そういうのは私みたくな、適当にしといていい相手にするもんであって、ちゃんとした子にしていい対応じゃないんだぞ!」

もはやどのツッコミから回収していいか見当もつかない言い分をマシンガンの如く放った灯が「返事は!」と矢継ぎ早に追い討ちをかける。大変真っ当に聞こえて絶望的にズレた主張を前に、林沙織は言うまでもなくさしもの岩泉も思わず絶句が止まらない。
ここがボケの爆心地、勘違いのグラウンドゼロ。メンタル的には焼け野原である。

雅火はようやく収まった笑いを温くなった茶で腹まで流し込み、今度こそ潮時だろうと口を開いた。

「林サンやっけか、ようわかったやろ。コレに常識的な喧嘩を吹っ掛けンのは無謀やし、もっと言えば筋違いや」

うちの見立てが正しいなら、説明責任はそこの男にあるんとちゃうか。

前半は素っ気なくも皮肉を仕舞い、角を落とした宥める声音で、唇を噛み締めて俯いた林少女へ。最後の一文はすくい上げる一瞥とともに釘を刺すように、苦虫を噛みつぶしたような顔をする岩泉へ。

随分苦々しい顔をする青年の機嫌を損ねる理由がこの一悶着そのもの以上に、割って入った灯のツッコミどころしかない言い分にあることには察しがつく。
仕方ない、その辺のアンテナが毛ほども生える気配のない、善性にスペック全振りしてその他全部がポンコツ極まる醤油には、こっちで多少灸を据えておいてやる。そんな思いを込め、雅火はしっしと手を振ると、空になった膳を片手に、灯の首根っこを掴んで歩き出す。

「ほれ行くぞ」
「エッ待ってみっちゃん話はまだ」
「この場において灯だけが地雷や。これ以上学食を焼け野原にすんな」
「なんでえ!?」
「灯、お前、今のが修羅場やと思とったら痛い目見んぞ」
「エッアレ修羅場なの?そっか、まないた飛んでこなくても土壁えぐれなくても修羅場カウントしてオッケーなんだね…」
「……。」

一体どの世界線の修羅場と比較しての発言か雅火は仔細を知らないが(無論かつてのキャー・及川・サーン案件である)、本題はそこじゃないので突っ込まないことにする。

IQだけならハーバード、南雅火が確信するに、本当の修羅場はこれからだ。林少女と岩泉のアレコレは前菜・序章・フラグに過ぎない。

「帰ったら首洗とけ。念入りにな」
「どの世界線で斬首決定!?」
「安心しよし、骨は拾たる」
「火葬場まで直送コース!?」



200904
一話にまとめるには長く、二話に分けるには短く、悩んで結局二話にしました。
後半に続きます。


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -