通常が蛇行運転




「え、じゃあもしかして岩泉の幼馴染か?影山の師匠で天敵の、烏野のチビちゃん曰く"大王様"」
「おーそれそれ」

言いながら軽く打ち込んだ三色のボールが、ぱんっと肌を打つ音とともに緩やかな放物線を描いて完璧な位置に戻ってくる。
護りの音駒と名高い黒尾から見ても精度の高いレシーブだ。特別長身というわけではないが、鍛え上げられたその体躯はともすれば身の丈で勝る自身のそれより厚みがあるかもしれない。動きはしなやかで敏捷。だがスパイカーの名に恥じず軽く振り下ろした腕から繰り出されるボールには動作の重み以上の圧力がある。

「じゃ、岩泉って高校じゃエースだったり?」
「…そうだったけど、何でだ?」
「いんや、何となくそうかねって」

多少きつめの凛々しい猫目が怪訝そうにするのを、黒尾は軽く笑って流す。幼馴染があの影山も恐れたというセッターで、同じコートでアタッカーをしていたと言われれば、大凡想像がつくというのもある。だが何より、当の本人の自覚は乏しいのかもしれないが、醸す空気が語るものがあるのだ。

少し変則的にボールを斜めに落とせば、反応速度は案の定。踏み出した一歩でボールの真下に入った岩泉は、その幾分小柄な――もちろん世間一般から見れば十分の背丈である――体躯を綺麗にまとめ、そろえた腕の面で完璧な軌道に乗せたボールを返してきた。
やっぱり上手い。その名と動きからネコと称された自分の母校のチームにいれば、存外すんなり馴染んだんじゃないだろうか。


岩泉と黒尾の代の宮城には、言わずと知れた怪童・牛若擁する白鳥沢学園が君臨していた。去年度の烏野の勝利が番狂わせと称されたことからもわかるとおり、その絶対王者ぶりは県を超えての評判だった。

烏野が勝ち上がる前の決勝のカードは、ほぼ毎大会白鳥沢と青葉城西だったという。少なくとも過去三年、白鳥沢が破れ他の学校が全国大会に出場したと聞いたのは去年度の烏野の一回きりだ。つまり岩泉がいた頃の青城は一度も、白鳥沢の壁を越えられなかったということになる。

ウチとやれば、どっちが勝っただろうか。
黒尾は考える。そもそもの高校数が多い東京は全国有数の激戦区だ。自分たちとて準決敗退、だが三位決定戦で勝てば開催地枠に滑り込める。音駒はそうしてオレンジコートに立った。その過程を恥だとは思わない。だがもし宮城も同じシステムであれば。

「考え事か?」
「!」
「余裕だな」

はっと我に返った時にはもう遅い。軽やかな跳躍、振りかぶられる右腕。何気なく高く上げたパスをトスに変え、踏み込んだ地を蹴った岩泉が腕を振り下ろす。
来る。本能的に身構えた刹那、伸ばした腕に重たい打撃が降ってきた。体全体で勢いを殺し、膝を柔らかくして押し戻す。理想よりはやや軌道をずらしながらも十分、綺麗な弧を描いて返したボールを、岩泉はいたずらが成功した悪ガキのように笑って捕まえた。

「乱れてんぞ、守りの音駒」
「はーあ?完璧だったでしょうが今の返し!」
「いや、黒尾もっと上手いだろ」
「……」
「なんだよ」
「…岩泉ってさ、男前とか言われてきたろ。もしくは人たらし」
「…否定しねえけど、なんでだよ」

さんざん言われてきたんだろう、怪訝さより不本意そうな表情をする岩泉に、黒尾は切れ長の目を半眼にした。元が涼やか目元なので視界がなくなるんじゃないかと思うほど細くした。賭けてもいい、これは男も女も関係なく無自覚に人をオトしてきたクチに違いない。

何だ、言いたいことあんならハッキリ言え、とこれまた凛々しく要求するサマからも滲み出る天性の漢前たる気配。山本から暑苦しさとお馬鹿要素を抜いたらこんな感じか、と自身の後輩にも目前の同輩にも失礼なことを考える黒尾であるが、彼は無論その男前がカブトムシに目を輝かせ毎夏のセミ取りを心待ちにする夏休み系男子であることを知らない。

だがその岩泉と高校、また進学先を共にし、奇しくも寮まで同じになったという少女の抜けっぷりについては、黒尾もかなり理解が進みつつあった。

「青春の一コマを邪魔してごめんねお二人さん、お茶淹れたけどお茶にする?」
「なあ岩泉どっからツッコめばいい」
「茶淹れたんなら茶しかねえだろ」
「あっそこでいいんだ?」
「栗羊羹切ったけどお茶だけのが良かった?」
「いや食う」
「あ、食うのね…」

縁側に出された座布団に腰掛ければ、さっと出される盆の上、水出しだろうか、薄いグラスに注がれた緑茶の柔らかく濁ったペールグリーンが涼しげだ。その脇に添えられた漆器にたたずむ厚切りの羊羹には、大粒の栗がごろごろ埋まっている。和菓子、というか菓子全般に明るい訳では全くないが、そこらのスーパーか何かで買える類の品でないことは素人目にも明らかだ。

「…あー、汐崎さん?」
「も?」
「(も?)見た感じこれ、結構高そうなお菓子だけど、俺も頂いちゃって大丈夫?」
「?もちろん。宮城の老舗でね、祖母ちゃんのお気に入りなんだけど、美味しくてねえこれが」

なんでそんなことを聞くんだと言いたげに応じ、いつか恵方巻きみたいに食べたいんだけどさすがにぜいたく過ぎて実行できないんだ、なんて小学生の夢みたいな(ただし対象は栗羊羹)話を至極真面目に語る隣人に、黒尾は何とも言えずしばし黙る。会話は成立するが何とも波長が読めない。そのふわふわした発言に反し、羊羹を切り分け口に運ぶ様はアンバランスに品が良い。

多分育ちは良い方なのだろう。だが生け花や茶道なんかの習い事から来るような、徹底して洗練された教育を感じさせるほどの所作でもない(黒尾の親戚にはその方面に明るく、着付けの出来る美容師がいる)。それよりもっと生活感の滲み出る…なんというべきか。
どうにもつかめん。そんな黒尾の物言わぬ観察と考察を知る由もない灯は、水出し緑茶を傾けてほおお、と息を吐いた。

「至福…!」
「これアレか、縁天堂の羊羹か?」
「そうそれ、祖母ちゃんなんかあったら必ずそこで買い物するんだ」
「ああ、俺んちも親戚に顔出しに行くときはよく手土産にしてるわ」

ローカルトークに口を挟まず耳を傾けながら、黒尾は手元の漆器の羊羹を一切れ口に運んだ。一つ下の幼馴染と違って甘いものはそう好まない。だが羊羹と聞いてイメージしたどぎつい甘味とは似ても似つかず、舌先に乗って広がったのは上品な小豆の香りと甘味だった。ごろりと入った栗の甘露煮も、砂糖で誤魔化さない栗本来の甘さが生きている。

「…こりゃ美味いな」
「だべ?」
「研磨もこれなら、…あーいや」

一切れまるごと豪快に口に放り込んだ岩泉に頷く。なるほどこれは美味い。どちらかと言えば洋菓子党の幼馴染にもわけてやりたいところだと口走り、思わず尻切れトンボに言葉を濁した。
今年からまたその近しい存在が自分の傍にいないことが、まだ身に馴染まないらしい。気を抜いた一瞬の一言に気恥ずかしい思いがわいてくる。だが宮城組は特段気にとめたそぶりは見せなかった。

「ケンマ…ああ、あの金髪のセッターか」
「えっセッターは髪染めないとやれない職種なの…?」
「いや、クソ川も矢巾も地毛だ」
「じゃあケンマさんは帰国子女的な?」
「いや純日本人デス」

降ってわいた研磨別国籍疑惑を迅速に否定すべく割って行った。常識人岩泉にハンドル握らせときゃ大丈夫だろうと高括ってたら何のこっちゃない、この宮城組ほっといたら息するように脱線しやがる。

「幼馴染なんだよ、一個下の」
「!…ずっとチームだったのか?」
「おう。つっても学年違うからな、中高どっちも二年ずつしか重なってねえけど」

これが音駒の仲間ならきっと、海には生ぬるい目で微笑ましげに見つめられ(おいこっち見んな)、夜久にはいい加減幼馴染離れしろよテツローちゃん(うるせえドチビ!)なんてからかわれながら、まあ今度後輩呼びつけて飯行こうぜなんて話にまとまるんだろう。

縁側に並ぶ隣人たちとは会ってわずか一週間、三年間苦楽を共にした仲間のように背景を知っているわけでも、互いを預けあっているわけでもない。だがからかうでも怪訝にするでもない、平熱平穏の二人のやり取りに、黒尾はなんとなく肩の力が抜けるような気がした。いい意味でだ。

「じゃあ今度ばっちゃまの仕送りが届いたら言うね、ケンマくんも呼んで一緒に食べよう」
「、」
「その前に今度駅で何か買って送るわ。世話になりっぱなしだろ」
「えっいいよそんなの―――って遠慮すべきとこなんだけど、そればっちゃん喜びそうだな」
「…おいおい宮城組よ、まさかお前ら東京には東京バナナしかねえと思ってるクチか?」

にやり、笑った黒尾は、何だなんだとこちらを見る上京初心者二名を前に、さっき切り分けた羊羹の残りを大口開けて放り込んだ。肩ひじ張った所で結局、お上品な食べ方など己の文化圏には存在しない。
だが幸い、駅前のありがちな土産物じゃなく、和菓子に煩い親戚連中がこぞって評価する老舗の和菓子屋の所在地が、地元近くの下町の一角であることは知っているのだ。

180918

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