定点突破はお手の物


「汐崎さーん、こんにちはー」
「お?」

ばさり、ワンルームの六畳半、通販で届いたばかりのラグマットを広げ、よしよし上々と頷いたタイミングで、玄関口から届いた間延びした声に顔を上げる。
ふんわり柔らかな声音には覚えがあった。急いで玄関先へ向かう。大家さんだ。

「おはようございます、どうかしましたか?」
「今朝うち宛にお荷物が届いてね、お名前からして汐崎さん宛てだと思って持ってきたの」
「わ、そうなんですか?すみませんわざわざ、」
「でもとっても重たくって、私ひとりじゃどうも危なくって」
「わわ、もっとすみません、すぐ運びに―――」
「そしたらねえ、岩泉くんが運んでくれるって」
「ッン?」

初対面で薄々勘付いていた通りの大家さんのスペシャルマイペースな語り口が最後に締めくくった会話の帰結に、私は片足をサンダルに突っ込む動作を一時停止させた。
すごいわねえ男の子って、やっぱり力持ちねえとほのぼの笑う大家さんの斜め後ろ、ドアの影になって見えずにいたところへ首を伸ばせば、段ボール箱を抱えた同輩が涼しい顔をして立っていた。よう、と声をかけられ、あっおはよう、と返したところで、慌ててドアを広く開ける。

「おわ、ごめん岩泉くんわざわざ!」
「いや、部屋に戻るついでだ」
「重いよね、どっか適当に置いてもらって…」
「いや、汐崎さえ良けりゃ中まで運ぶぞ。相当重い」
「えっ余計適当に置いてもらった方が良くない!?」

そんな重い物を抱えて平然と立つ君の上腕二頭筋はどうなっているんだ。これが体育会系か。恐れおののく私の横で、大家さんはあらあ頼りになるわねえとほのぼのしている。200%同意である。
しかし大変恐縮ではあるが彼が重いと言うのだ、私の非力な細腕を案じてのお言葉に甘えておいた方がいいかもしれない。お礼に出せる飲み物はあっただろうか。先日ようやく片付けの落ち着いたキッチンの戸棚を思い出しつつ、母屋に戻るという大家さんをお礼とともに見送って、急いで岩泉くんを招きいれた。

「…思ったより片付いてんだな」
「岩泉くんの中の私はそんなにだらしないんだろうか…」
「誤解だ、荷解きが進んでんなって意味だよ」
「あっそっちか」

俺なんてまだ段ボールが転がってる。言いながらキッチン手前で荷物を下ろしてくれた彼にちゃぶ台前の座布団を薦め、私は伝票を覗き込んだ。通販で頼んだ大物家具類はすべて届いたと思っていたのだが、まだ何かあっただろうか。
けれど伝票に並んでいたのは印字されたネット通販の所在地ではなく、大変見覚えのある流れるような達筆だった。

「エッばっちゃま?」
「ん?」

なんでまたばあちゃんから荷物が。確かに夏ンなったらスイカ送ってねって話はしたけどスイカの時期にはまだ早いぞばっちゃま、うちの畑のスイカはそんなに早熟なのか。いやむしろ三月出荷とかいっそ生き急いでるぞ大丈夫かうちのスイカ。

しかし蓋を開ければ最近のスイカの低年齢化を心配する必要はないことがわかった。確かにもろもろの野菜は詰まっていたが、他に出てきたのはお手製の梅干しや糠漬けの小さなつぼ、塗り薬や飲み薬なんかの常備薬、さらには「お酒は二十歳まで」と書かれた和紙が張り付けられた自家製梅酒の大ビンもあった。みなさんどうぞご心配なく、二十歳「まで」ではなく「から」であるというツッコミは百も承知である。おいそこ血は争えんとか言うな。所詮DNAには勝てぬ。

「お前のばあちゃん未成年飲酒奨励しちまってんぞ」
「安心してアルツじゃないの、年中わりとこうなんだ」
「いや余計安心できねーよ!」

的確なツッコミを頂きつつ、何はともあれありがたい配給の品々を片付けようとしてふと気づく。段ボールの大きさにしてはどうも浅いなと感じたのは気のせいじゃなかったらしい。もろもろを取り出した箱の底には、平たい何かが新聞紙に包まれて鎮座していた。取り出してみたそれは思いの外軽くて柔らかい。
まさかばあちゃんハンテン入れてくれたとか?いやコタツの季節はまだだいぶ遠い――――。

「えっ」
「今度はどうした……ゴザか?」
「…実家で使ってたやつだ…」

新聞紙の中から取り出した手触りには既視感どころかがっつり馴染みがある。季節としては春夏用、使い込まれて艶の出た飴色の竹ラグだ。石畳調のモダンな柄のそれは昭和の値の張る一級品、マメさ際立つばあちゃんが手入れを欠かさずきたお陰で相も変らず惚れ惚れするほど見栄えがよい。が、しかし足元には先ほど敷いたラグマット。予定外のダブルブッキングに内心膝から崩れ落ちた。

ばっちゃん聞いてないよ、確かに私このラグめっちゃ好きだけど、送ってくれとは言ってな…いや嬉しいよ、嬉しいんだけど一言欲しかった。そもそも6畳半なんだよ、このラグしれっと八畳分くらいあったよね。八畳一間用とかじゃなくて純粋なサイズが。

「部屋面積の需要に対する供給過多が激しい…」
「そんなでけえのか?…あー、確かに下の茶の間くらいねえと敷けねえか」
「…エッ待って名案すぎる、それだわ岩泉くん」
「あ?」
「下の茶の間に敷けないかな、板間剥き出しで殺風景だったし」

外観からして普通のアパートに見えるこの建物はしかし、学生寮と名打つだけの特徴も兼ね備えている。その最たるものは建物の中央の玄関口を抜けて入ってすぐ、普通のアパートであれば一階の真ん中の二部屋が並んでいる場所に位置する開けた共有スペースだ。

中庭に面する側には縁側を、仕切りには木製の網戸と木枠のガラス戸を備えた広々した板間の面積は、学生の個室二つ半ほど。中庭に向かって右側には台所があり、左奥の一室にはなんと共用の風呂まで存在する。詰まるところ一階に個室は角部屋の二部屋のみ、あとは二階に五部屋並ぶ造りになっている。

とは言えリフォームでフローリングになったのは上階の五部屋のみ、下階の角部屋は畳のままで、共用スペースは昭和の日本家屋そのもの。板張りの床の広さは田舎の家の広さと同等、確実に十畳以上ある。

「…寮母さんが良いってんなら構わねえだろうけど…汐崎はいいのか?」
「うん?」
「詳しかねえけど、それ多分すげえいいヤツだろ。共用にすると何かと傷むんじゃねえの」

竹ラグを注視する岩泉くんの思わぬ気遣いに、お茶を乗せたお盆を運ぶ足が一時停止した。一拍おいて怒涛の如く吹き荒れた感動と感心がわずか一言たりとも言語化する間もなく過ぎ去った後、私は淹れたところのお茶と今しがた段ボールからこんにちはしたばかりの豆大福を、彼の前へと差し出した。そして確信のもとに言う。

「大丈夫、今の岩泉くんの発言をそっくりそのままばっちゃんに伝えたら、揃いの座布団と卓袱台も使えって郵送されるレベルで使用許可が降りると思う」
「何がどうしたらそんな好待遇になるんだ」

彼はアレだと思う、素でじじばばに超好かれるタイプだと思う。田舎とか行ったらロードワークのついでに病院帰りのおばあちゃんとかおぶさってきて、ナチュラルに家まで送ったりするんだよ。畑寄ったら何の気なしに力仕事とか買って出て、イケイケのじいちゃんたちに力比べとか挑まれてちょっといい感じに加減して負けてあげて、帰りにゃ取れたて野菜をたんまり押し付けられるんだよ。そんで近所のチビたちからは山のヒーローかムシキング的存在として羨望の眼差しを集めてるんだよきっと。

めくるめく彼のナチュラルボーンなスター性@田舎について考察していたら豆大福を味わうのを忘れていた。ごめんばあちゃん、後で二つ目を噛み締めて食べるね。
ともあればあちゃんに電話をかけ、仕送りのお礼と共に竹ラグの処遇について話すと、思った通り快く共用スペースへの寄付を許可してくれた。ついでにばっちゃんお酒は何歳から?と尋ねれば、ハタチからじゃけ、飲むんじゃなかよとほのぼの忠告された。良かったまだボケてない。

「寮母さんにも連絡入れた。好きにして構わねえってよ」
「おお、いつの間に…」

私がばっちゃまの健康寿命を案じている間に彼は大家さんに電話を入れてくれていたらしい。となれば先延ばしする理由もない、竹ラグを抱えて共用スペースに向かう。ついでに通販で届いたばかりのクイックルなワイパーとお掃除シートも持参し、ラグを敷く前に板間を簡単に拭きあげた。

本当はワックスがけとかした方がいいんだろうな、と色褪せた床を見て零すと
落ち着いたらすりゃいいだろ、と岩泉くんが壁にカレンダーをかけながら言ってくれる。GWあたりかなあと覗き込んだそのカレンダーは、彼のお母さまが余分を持たせてくれた分だそうだ(彼曰く「二つも要らねえ」ので共用スペースに寄付)。

「んじゃ敷くか、」
「、お?」

がたがた。
竹ラグを広げる手が止まる。あっコレ苦労してるやつだな。石造りの玄関先、この寮の入り口は昔ながらの引き戸になっている。なんせここ二、三年ほど寮生の入らなかった木造家屋、引き戸が多少ゆがんでしまったのだろう、開け閉めがスムーズにいかなくなっていた。
コツを知らない人が力任せに開けると歪みがいっそう酷くなりかねない。誰だか知らないが急いで玄関先へ向かう。

「あっ待って待ってすぐ開けます!」
「おっ、あ、ども」

案の定がたがたと引き戸を揺らしていた扉の向こうの訪問者は、若い男の人のようだった。…よく考えれば私誰が来たのか知らないな。引き戸の将来が心配過ぎて飛んで出てきたけどここ大家さん以外人が来る用事って起きるのか?えっまずくない?
頭の中の汐崎さんがお玉片手に立ち上がった。いや待てもうちょいましなものないのか。たとえ脳内でもお玉じゃ戦えなくね?私の頭ガラクタしかないのか?アッダメだ否定できない!

「…ふ…不審者…?」
「えっこのタイミングで?」
「んなわけねーべや」

お玉構えて(脳内)臨戦態勢、しかし扉の向こうから華麗に突っ込まれた直後、どん、がらり。背後からの一刀両断、にゅっと伸びてきた逞しい腕が引き戸をぐっと押さえつけ、敷居にきちんと嵌めなおした戸を遠慮なく引き開けた。

囲われるように伸びてきた腕、落ちてきた呆れ声の思わぬ近さに飛び上がる。だが背後に控える存在に後ろ楯を得た心臓がほっとしたのは真実で、とは言え安堵したのもものの一瞬。切り替わる目前の景色に振り向く間もなく釘付けになった。

「どーも。不審者ではないデス」
「How tall…」

でかい。でかすぎて思わず英語になった。隣席だった花巻やその流れで知り合った岩泉くんたちのおかげで背の高い人には幾分慣れたと思っていたのだが、この人もまた開戸一番そびえ立たれるには少々ビビる身の丈だ。それに単に上背があるだけではない、無造作に跳ねる後ろ髪と片目にかかる長めの前髪、その下から覗く切れ長の瞳が、その立ち姿にどことなく底知れない威圧感を加えている。

何よりこちらを見下ろし数秒、つうっと弧を描いた口元の笑みがこう、まさにアレだ。例えばネズミーアニメに出てくるネコが遊び甲斐のある獲物を見つけた時に浮かべるような。待ってこれで不審者じゃないって東京ハードル高くない?

「首都やべえ…!」
「ん?」
「気にすんな、実害はねえ」
「っぶ、言い方…!」

岩泉くんによる安定の大変遺憾な但し書きに目前の男の子は大きく吹き出した。あ、笑ってみると全然普通に男の子だ。クラスによくいる何考えてるかわからない系のわりに結構意地悪そうな感じの。しかし私の既視感よりはっきりとした記憶をもって彼を認識したのは岩泉くんだった。

「…なあ、お前もしかして、春高で烏野とあたったとこか?」
「あ?」
「東京の…何だっけか、名前出てこねーけど赤いユニの、レシーブがすげえ上手いトコ」

お前そこのミドルじゃなかったか?
ぱちくり、切れ長に瞳を大きくした男の子は、私の肩越し、背後に立つ岩泉くんの言葉にぽかりと口を開ける。大人びた容姿を一気に幼くさせた驚きの表情は、見る間にきらり、好奇心の塊を覗かせる眼差しで岩泉くんを探るように見やった。

「…その口ぶりだと、お宅は宮城の?」
「青葉城西。岩泉一だ」
「おっと失礼。黒尾鉄朗、高校は音駒だ」
「ああ、ゴミ当番の!」
「ぶっは!ゴミ捨て場だよ、仲良く掃除してんじゃねえか」

頭上を軽快に飛び交うやり取りに私は恐れおののいた。だってみんな驚いてくれ、これがエンカウント一分弱の初対面同士による会話なんだぜ…?ボーイズコミュニケーションの汎用性の高さに脱帽する。帽子かぶってないからいっそ脱毛しそうだ。私の毛根が危機に瀕している。

ともあれ会話の内容からするに、二人は高校バレー関係者で、なおかつ目前の男の子は春高にも出場していた選手だったらしい。われらが青城が惜しくも準決勝で敗れ春高出場が叶わなかったことを考えれば、当然この青年――クロオくんが岩泉くんを知らなくとも仕方ない。逆に岩泉くんからすれば、自分たちを破ったライバル校が春高で対戦したチームに少なからぬ見覚えがあっても不思議じゃないだろう。

「…ん?けど音駒って東京だろ。ウチから通えねえの?」
「俺の実家東京の反対側なんだわ」
「あーそういう」

ここではなんだと荷物を担ぎ共有スペースまで移動しながら、途切れることない二人の会話に耳を傾けつつ後を追う。楽しげに話す二人に水を差すのもなんだ、失礼ながら私の自己紹介は後回しにさせて頂こう。何であれこれから同じ建物で住む仲間なのだ、交流を深めておいて損はない。

とりあえずは板間に竹ラグを敷いて、縁側にお茶と豆大福を出そう。さっきと同じで岩泉くんには申し訳ないが、今度こそばっちゃまの大福を味わって食べねばと私はしっかり頷いた。

180910

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