電光石火の遁走劇

※前話に引き続き、直接的な表現は一切ございませんが、倫理的なタブーを示唆する描写を一部含みます。仔細な描写はございませんが、幾分直接的な表現は含みます。やはり胸糞必至の展開でございます。地雷をお持ちの方はご注意ください。
(この直後にその内容を白文字にて簡潔に記載いたしますので、反転よりご確認頂けます。重大なネタバレにもなりますので、その点もご了承くださいませ。
→※この話は

近親相姦/性的虐待を示唆する描写

を含みます。)




過度の精神的衝撃は視神経と思考回路を断絶することがある。
簡単に言えば、脳味噌は時折目の前の現実の理解を拒否することがあるということだ。

そして大抵の現実は、その数秒の空白の間に怒涛の展開を見せるのがセオリーである。


「っうぐ!!」

ばたん、ばぎり。

手脚の長い体躯からとは思えぬ、目にも留まらぬ速さだった。
コンパスの長い一歩の踏み込み、無機物と人体が激突する音よりも、もっと暴力的で生々しい、骨が骨を砕かんとする殴打音。

身が竦んだ一瞬の間隙、引き倒された男の体は反対側の襖へ突っ込んでいた。

「くろ…っ!」

間を置かず響く衣擦れ、浮かび上がる長い腕が男の胸倉を掴み上げる。間髪入れぬ二度目の殴打に、悲鳴じみた制止が続かない。

声は無い。顔も見えない。杳とした部屋の奥、聞こえるのは着衣を乱した男の呻きと抵抗、それを易々と抑え込み、鼓膜を抉る殴打音のみ。
憎悪に等しい激しい憤怒が、淀んだ空気をびりびりと伝播する。駄目だ、到底、止められない。

暗がりに慣れてきた目が力なく横たわる彼女に行き着く。投げ出された肢体、散乱する衣服、解放されてなお逃げる素振りも、身を隠す様子もない。
彼女はただ虚ろな瞳に天井を映し、細い息を繰り返している。
否、そうじゃない。身を起こす気力もないのだ。


───バイトと奨学金、男性への恐怖に近い拒否反応、異様に緊迫した実家帰省。
義父を前にしたあの恐慌と、抜け落ちてゆく母親の表情。


電撃的に理解する。
ここが地獄だ。絶望の底だ。


あの夜、悪夢に泣いた彼女の、瞳の闇は此処にあったのだ。



「亜紀さん、」

か細く呼ぶ。反応はない。ただ、打ち捨てられたように横たわる彼女のがらんどうの瞳から、一筋の涙がこめかみを伝った。

幾筋にもなるその跡に胸を握り潰される。心臓を踏み躙る生々しい暴力がやまない。わっと泣き出したい衝動に駆られて、力一杯唇を噛み締めた。

泣きたいのは、泣いて済む話など通り越しているに違いないのは、他でもない彼女自身なのに。


転がるように部屋へ駆け込んだ。彼女に飛びつき必死で叫ぶ。

「黒尾くんやめろ、もう十分だ!」

返事はない。五度目の打突音。必死に抱き竦めた彼女の体が、痛ましいほど震えている。乱れた黒髪の頭ごと抱え込み、小さな耳を目一杯塞いだ。

「聞けって、なあ、黒尾くんてば!」

私だっておんなじ気持ちだ。腹わたの煮えくり返る思いだ。正直まともに受け止められない、直視するのも悍ましい、ひっくり返したって許せない行為だ。


でもやめてやれ。もう十分だ。これ以上なんてあんまりじゃないか。


「──こンのでごすけッ、」


振り上げられる拳。能面のような横顔。
違うだろ。

今すべきは、その手ですべきが、そんな暴力でいいわけあるか!



「この子にこれ以上地獄見せる気か!!!」



風を切って振り下ろされた拳が、七度目の殴打を加える寸前で静止した。男の呻きに混じる、乱れた息は彼のものか。

垂れた黒髪の下、ゆっくりと持ち上がる抜き身の刃に似た眼光。昏く煮え滾る忿怒に身が竦んだ。射殺される。本気で思った。喉が引き攣り、目を逸らす余裕もない。

気持ちはわかる。気持ちはわかる。でももう十分だ。
ありったけの根性を動員し、震える声音を叱咤する。


「…やり過ぎだっつってんべや、このばかたれ」

一瞬の膠着。視線が切られる。男の胸倉を掴み上げていた大きな手が、汚物を捨てるような荒さながら、男を畳の上に放り出した。

細く息を吐き、ずぶ濡れの上着をなんとか脱ぎ捨て、腕の中の彼女に被せる。震える指先に目一杯力を込め、胸元を隠すようにジッパーを上げた。流石にアンクルパンツのチャックを上げるのは同性であれど気が咎めて、躊躇った一瞬、同じくらいずぶ濡れのシャツが投げ寄越される。黙って彼女の腰に巻く。

「ごめんな、ずぶ濡れだけどないより」

ましだ、と言う言葉は続かなかった。ばたばたばた、とにわかに響いた足音は複数。下階から届く大声に応じ、微かに混じったのは少女の声か。

追手が。理解した瞬間、本能が思考を飛び越えた。
枕元に投げ捨てられた彼女のサマーカーディガンを引っ被る。風呂上がりで結んでいた髪を解いた。
多分いける、亜紀さんと私の髪の長さはそう変わらない。

亜紀さんを一旦離れ、折れた襖の上に伏せ血反吐を吐く男の側、言葉なく立ち尽くす黒尾くんの腕を引く。引きずるように連れてきて、何も言わず、ずぶ濡れの服を巻き付けた彼女を無理やり押し付けた。びくり、震える大きな手も跳ねる肩も今は無視だ。気まずいとかンなもん知るか。事態は急を要するのだ。

いくら鈍いと言われようと、流石に私とてこの期に及んでこの旅館に留まれるほど悠長ではない。

────障子に散った赤は、生々しく網膜に焼き付いている。


亜紀さんを逃す。黒尾くんと一緒に。

それから私は、岩泉くんのところに戻る。





「───お前はわたしから絶対に逃げられないよ、亜紀」


引き攣ったような笑い声がした。

端正な顔を赤黒く腫らした男が身を起こし、血反吐を吐き捨てながら嗤った。甘ったるい声音がねっとりと絡みつく。
倒錯した執着に塗れた眼が、舐めるように彼女と彼を這う。咄嗟にだろう、黒尾くんが亜紀さんを庇うように背に回した。

その様を前に、うっそり浮かぶゆがんだ笑みが、狂気を孕んで毒を撒く。

「いい男じゃないか、亜紀。勇敢なナイト気取りがよく似合ってるよ。
ああそれで、」


何回ヤらせた?





「────この下衆が、」


頭の芯が冷たく燃えた。

この外道、どこまで。
視界が明滅する錯覚。地を這うように吐いたのは、私か、それとも黒尾くんか。


「彼とのセックスはそんなによかったか?ああいや、かまわないさ、怒っちゃいないよ」

どちらにせよ、お前の大事な処女は私がもらったんだ。


「所詮そいつにとってお前は、私の“お下が───」
「Shut up your f**kin’ mouth, Vermin!」


飛び出そうとした黒尾くんの腕を、満身の力を込めて掴んだ。持ちうる限りの力を込めて、全身全霊で握り込んだ。

今行かせたら、本当に、今度こそ本当に殴り殺しかねない。
かく言う私だって、黒尾くんが動いてなければ、何をしていたかわからない。

人はここまで、こうも道を踏み外せるものか。
親を名乗る人間が、子に位置する人間に対して、これほどの外道を成し得るものか。


「…それ以上言ってみろ。その舌切り落として犬にでもくれてやる」


手足が震えている。冷え切った頭の片隅で、生まれて初めて理解する。───人が憎悪で人を殺せるのは、きっとこういう状況だ。

血が足りない。目眩がする。嘗て触れたことのない極度の悪意に、感性が絞め殺されそうになっている。

縋るように、叫ぶように、冬の夜空を穿つ一等星に似た、鋭利に透き通る双眸を呼び起こす。


そうだ、彼なら。

実直で、揺るぎなく、刃にも似た清廉を擁する彼なら。
この卑劣な優越感に酔った外道とて、昂然と真っ向から迎え撃つはずだ。


脳裏の瞳に、奮い立つ。


「…この子はあなたの思い通りにはならないし、あなたは法と倫理から絶対に逃げられません」
「…口汚い割に、ずいぶん夢見がちな台詞だな、お嬢さん。座右の銘は『正義が勝つ』かい?」
「中二まではそうでした。今はもう少し合理的です。例えば、」


この会話をスマホで録音する程度には。


「────」

男の愉悦の笑みが剥がれた。


「前評判に添えず残念です。『聞いてたほど阿呆』じゃなかったようで」

確かに私は阿呆だが、私のブレーンは阿呆じゃない。
通話を切る寸前、この指示をくれたのは岩泉くんだ。そしてこれは予想だが、彼にそれを提言したのは恐らくかの秀麗な幼馴染だろう。

その指示と仕込みがなければ、あの胸糞悪い自分語りをぺらぺら喋らせたわけがない。腹筋肺活量天元突破の最大声量でドラ◯もんのOPでもシャウトして騒音妨害してやったはずだ。流石に胸糞悪すぎて最後は遮ったが十分だと言わせてほしい。

水戸◯門よろしく出したスマホをポッケに押し込み直す。20:45のスーパー紋所タイムの後は何があるって?バッカ野郎現実は一話完結のテレビドラマじゃねえんだよ、悪事暴かれて膝から崩れて大人しくお縄ンなる悪党が画角外に存在するか!あいにくこっちはヒーローじゃないんだ、負け戦はしない。逃走一択、トンズラあるのみ。

なんせ多勢に無勢、言ってる間に足音が迫り来る。黒尾くんが亜紀さんを抱え上げると同時に、形相を変えた男が口汚く罵りながらこちらに掴み掛からんとした。

「汐崎!」

黒尾くんが叫ぶ。安心してくれ、今回は助走つける余裕がある。

「Kick your ass!!」
「っが…!!」

右足を引き、姿勢を低め、跳ね上がる左膝に乗せて右膝を叩き込む。狙うは勿論急所一択。男は今度こそ崩れ落ちた。あわよくば生涯不能となれ。そしてこの膝は後で念入りに消毒すると心に誓う。
あん?暴力反対じゃなかったのかって?バカ言ってる場合か、向こうから仕掛けてきたんだ正当防衛の範疇だよ。…えっだよね?仕方なくね?

悶絶する男に布団を押し掛け声を封じる。逃走時間を稼ぐべく僅かでも発見を遅らせたい。迫る足音と荒々しい襖の開閉音に舌打ちが漏れた。ちくしょう間に合え!

「黒尾くんは亜紀さん連れて離脱しろ!連中は引き付ける!」
「馬鹿言え正気か!?花瓶で頭ぶん殴る奴等だぞ、『話せばわかる』圏外だ!」
「だからだろ!今一番身軽なのは私だ、それに」


岩泉くんならきっとそうする。





黒尾くんが絶句する。そして見る間にこれ以上ないほど顔を歪めた。
見たことのない余裕の無さ、荒い表情に、でも猶予も譲るつもりもない。

「…っくそ!」

悪態一つ、踵を返す黒尾くんを追い立て、開け放ったままの襖を飛び出す。廊下の向こうに亜紀さんを抱えた彼が消えるのを見送ると同時に、反対の階段から現れたのはあの甚平集団。

顔を見られる寸前に身を翻し、通路の逆側へ進路を取る。間取りは広い。撹乱するのに部屋数は十分だ。襖で仕切られた部屋を入ったのと反対側から抜けるのを二度三度繰り返してひた走る。
階段を。二人はもう離脱しただろうか。一階に逃げないと。

「いたぞ!!」
「…っ!」

足音に追い立てられ、棟から棟への渡り廊下のど真ん中、左右から挟み撃ち。逃げ場がない。息が切れる。廊下と違って窓のない欄干から、横殴りの雨が吹き付けた。

右手、本館に近い棟の方から、老婆が進み出、勝ち誇ったような笑みを浮かべ───そしてそれをかき消した。
取り巻きの男たちが、一拍遅れて理解する。

「お、お嬢やない…!」
「そらそやろ」
「!?」

思わずエセ関西弁になった。いやわかるだろ何が「!?」だよ、私があんなスーパーウルトラ千年に一人の美人なワケあるか。かぐや姫の末裔かアフロディーテの化身(暫定)やぞ。こんなモブとあの美人を一瞬でも取り違えるとか笑止千万。新生児の取り違えレベルで裁判沙汰。ちょっとフェルメール展とか行ってこい審美眼を養い直せ、ついでにその腐った性根も浄化されてこい。

「すみませんね、『聞いてたほど阿呆じゃな』くて」
「…この小娘…!」

あの大浴場で見た好々嫗の面影は見る影もない。老婆が憎々しげに吐き捨てる。今時初めて聞いたぞ「この小娘」とかってクラシカルな捨て台詞、都市伝説かと思ってたわ。

だが今更気付いたとてもう遅い。いや、遅くあってくれ。
願った瞬間、甚平姿の男がひとり、スマホ片手に切羽詰まった声を上げた。

「奥様ッ!お嬢と連れの男が今、表から車で逃げよりました!」
「!?」
「車やと…!?どこのモンや!」
「下のもんが言うには、南の娘と北の倅やったと…!」
「なんやて…!?」

老婆が血相を変えた。青くじゃない、憎悪と憤怒で赤黒くだ。だが私も私で混乱していた。いやだって、車で逃げた?協力者ってなんだ。役者が揃ってないとか聞いてないぞ。
それがタクシーならまだわかる、ミナミとキタてそれ何の方位磁し、……いや、待て、『南』?

「……まあええわ、コレでも囮か餌程度にはなるやろ」
「!」

思い当たるキーワードに一瞬黙考したのが間違いだった。悪鬼よろしくぎらついた老婆の双眸が、舐めるようにこちらを見据えている。
あの目だ。亜紀さんを舐め取るように絡みついた、あの男の目と同じ。

気付いた時には遅かった。距離を縮められている。


「カエデに連絡して、亜紀に伝えさせえ。

『お前が一晩戻らん度に、ウチのモンに一人ずつオトモダチを犯させる』、てな」


心臓がぞっと冷え切った。

よくもそんな。差し向けられた悪意の度合いに、思いつく仕打ちの際限ない邪悪さに、もはや言葉が追いつかない。
身で知る悪意の上限が過去最速で更新されていく。人の業に天井はないのか。

意味を呑んだ下卑た笑みがざわりと広がり、這うような視線が向けられる。白熱する怒り、それを塗り潰すほどの悪寒。
覚えたことのない類の恐怖心に、いよいよ心臓が凍りつく。

亜紀さんはこれを。こんな恐怖を、たったひとりで。

手を伸ばされる。もう距離がない、







刹那、閃く雷光と、雷鳴の間隙を突いて轟く声。



「灯!!!」



名を呼ばれた。振り仰いだ。

渡り廊下の下方、雨嵐の吹き荒れる中庭。稲妻のように駆けてくる鍛え上げられた長身の体躯。


閃く稲光が降り頻る雨粒の残像を切り裂く。
揺るぎなく清冽に研ぎ澄まされた、光のつるぎを宿した瞳。

潰れそうな心臓が息を吹き返した。
次にとった行動はほとんど何も考えていなかった。


「っな…!」

濡れた欄干に手をかける。一段目にかけた足で身を乗り出す。
老婆や男らが驚く声を聞いた気がした。気がしただけなのはどうでもよかったからだ。


最短距離。

最短距離で、彼のもとまで戻るのだ。


「逃がすな!!」

二度目の激昂。迫る追手。
噛み合った視線からすべては伝わった。彼が廊下の直下に滑り込む。老婆の手がサマーカーディガンの裾を掴む。

ずるり、脱ぎ捨てるカーディガンを置き去って、感じたのは一瞬の浮遊感────落ちる。


「っ…!!」

胃の腑がひゅっと落ち込む。急速な重力加速。固く目を瞑り息を詰めたその直後、力強い腕に捉えられた。
感じたのは急激な一回転、遠心力へと分散される衝撃、そして静止。

人一人の体重だ、二階からの距離だ。落下の衝撃は相当だったはずだ。
でもそのすべてをぐっと堪え切った彼の腕は、加速度を逃がした遠心力に負けて私を放り出すようなことはしなかった。

ただ強く。
柔らかく弾ませた膝の勢いで、間髪入れず走り出す寸前に、一秒にも満たない間だけ。


「───待たせた」


ただ強く、息がつまるほど抱きしめられて、思わずひとつぶ、涙がこぼれた。


ぬかるんだ地面を蹴り付け、駆け抜ける彼の背が怒号を見る間に遠ざけて行く。美しい竹細工の格子の戸口を蹴り開けて、豪雨の降り止まない夜更けの旅館街へ飛び出す。
体の震えが、止まらない。

「はじめくん」
「……」
「はじめくん、けが」
「何ともねえからじっとしてろ」

石畳を馳ける力強いストライドに、蛇行やブレは感じられない。それでも、たとえ足元がしっかりしているとしても、何ともないことあるわけないのだ。ネイビーのパーカーは目立たなくても、叩きつける雨で滲んでも、白いシャツの襟ぐりは誤魔化せない。

茶色く変色した生地と、襟足にこびりつく鉄の臭い。彼はそのまま、私を抱えてひた走る。煌びやかで闇深い、あの日本家屋から遠ざかるために。

生々しい音が鼓膜から消えない。
私がもっと気を付けてたら。

「はじめくん、」
「黙ってろ、舌噛むぞ」

額の触れる首筋を、聞き慣れた素っ気ない低音が撼わした。張り付いた前髪からとめどなく雨粒が滴り落ちる。
降って湧く激情が心臓を揺さぶった。採算度外視で積み上げた虚勢がなすすべもなく瓦解してゆく。すでに雨でぐしょぐしょなのに、みっともなく視界が滲んだ。

泣いてる暇があったらさっさと彼の腕から降りて、自分の足で走るべきなのに、震える足には力も入らない。とんだお荷物だ。声まで情けなくよれよれになる。

「っふ、うう、ごめんよう、」
「阿呆、泣くな、何ともねえっつってんべや」

門灯の明るい通りを抜け、街灯の照らす大通りを避け、いつの間に行き着いたのか、身を隠すように入り込んだ細い路地。
ゆっくり降ろされ、地に足がようやくついて、上手く立てずにふらついた。
二本の腕に支えられる。

背に回る両腕に、そのままきつく抱き締められた。


「…泣くな、灯」


雨音が遠ざかる。心臓の音がした。
後頭部をひろわれて、大きな手のひらに抱え込まれる。耳元に落ちる掠れた声。濡れたシャツの体温と、乱れた息、彼の匂い。

そろそろと腕を伸ばして、逞しい首元、短い襟足の、その少し上に指を乗せた。触れた先の裂け目は、ぬるり、雨とは違う生温い液体でぬかるんでいる。

これの何がなんともないってんだ、どいつもこいつもでごすけばっかり。


「無茶させて悪かった」

心配させたか、…させたわな。よく耐えた。よく頑張った。


「お前に怪我がなくてよかった」


ひとつひとつに首を振った。立っているのもやっとで、息をするのも精一杯で、嗚咽でことばも出なかった。

ただ、初めて腕を伸ばした背中は、見て知るそれよりずっと広くて温かかった。


190527
でごすけがすきです。

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