シリアルは専売特許

「昨日今日で何かあったのか、お前ら」

本人が望むかはさておき、単刀直入とはこの男のためにある言葉である。

声音が呆れたものになるのは隠しようがない。そもそも隠すつもりもなかったが。だいたいこういう「デリカシー」とやらが必要な手合いのフォローは管轄外なのだ。思った通り表情を硬くした美人に、岩泉は遠慮なくため息をついた。

朝から使い所のわからない心配性を発揮してあれこれ気を揉む少女に請われ、仕方なく特攻した旅行2日目11時。白く輝く石畳と町家の小径の道中、亜紀の案の定の反応に、地雷踏んでも責任取らねえぞ、と取った言質が早速有効になりそうな気配は察した。だがこの男にそういう方面の気遣いスキルは皆無といってよい。ので、自分を差し向けた同寮の少女の存在もさっさと暴露する。

「汐崎が朝から無駄にうるせえ」
「……」
「今度は何を拗らせてんだ」
「……『今度は』、って」
「前は講義室で癇癪起こしてたろ」
「……」
「気に入らねえことがあるならはっきり言え。言わねえとわかんねえだろうが」

岩泉は直情径行だ。まどろっこしいやり取りは好かない。言いたいことは言うべき時に言いたい相手に言うべきだし、言わずとも察しろなんて我儘が許されるのはコンマ一秒の判断を要するコート上のみと思っている。
その点コート外でも手の内を明かさない黒尾や、どこにいっても基本がだんまりの亜紀は───基本的に個人の自由は尊重するし口を挟むことでもないと思いつつ───なんとも見ていて面倒くさい。お前らそのやり取り二行で済ませらんねえのか、とツッコミたくなることは山の如しである。それでも静観の構えでいるのは一重に、幼馴染から口を酸っぱくして言い聞かせられてきた「デリカシー」とやらのため、そしてその助言を無視した際に面倒が飛び火した経験を踏まえてのことである。

ので、四六時中あれこれ拗らせているとでも言いたげに、しかも自身に落ち度があるとは思えぬ講義室での悶着を癇癪扱いされ、しかし世話になっているのだからと色々言いたいのを我慢した尻から「気に入らねえならはっきり言え」と、そう出来れば最初から苦労していない無理難題を平然と突きつけられた亜紀が、少々ならず不満顔をするのにも岩泉はどこ吹く風である。

亜紀の言いたい不満は泡のように浮かんでは弾ける。どれも言い訳じみていて、結局黙り込む他ない。究極のところ、そもそも本当に言いたいこともそれを言いたい相手も、自分でもよくわからないのだ。
そんな亜紀が取り留めなく散らかった思考を掻き回し、漠然と掬いとった上澄みは、ペットボトルのサイダーを傾けたところの岩泉を思わぬ爆弾となって急襲した。

「…でも、岩泉もはっきり言わないじゃない」
「あ?何をだよ」
「汐崎さんのこと、好きって」

ごふっ。
喉元まで流れ込んだ炭酸が逆流した。盛大にむせた。凶悪な酷暑が風情を粉砕する勢いの清水寺・産寧坂、彼が石畳の階段を転げ落ちずに済んだのは持ち前の運動神経様様である。

土産物店の店先の柱に手を付きなすすべなく咳き込む青年を、そして加減なしに発揮された握力によって若干へこんだ彼の手の中のペットボトルを、亜紀はまず驚き、それからなんとも言えぬ顔で見た。
どうやら地雷を踏み抜いたらしい。それとも気付いていないと思われていたんだろうか。なんなら灯以外の寮の全員(ちなみにここには黒尾だけでなく大家さんも含まれる)の共通認識だと思うのだが。
ここでニヤニヤしたり仕返しだと清々しないあたりが真面目で人の好い亜紀らしいところである。

「おろ?岩泉くん大丈夫?」
「いきなりどうした?」
「かっは、…気にす、っげほ」
「ごめん、私が驚かしちゃっただけ」
「?そう?」

後方の一悶着を振り向いた少し先の二人に亜紀は、問題ないから先に進むよう言外に促す。怪訝そうにしつつも、店先の清水焼の湯呑みに目を奪われた灯を見送り、その隣のトサカ頭の青年の方は見ることなく、亜紀は視線を手元に戻した。
何事にも思い切りがよく、男前の代名詞のような青年の、意外な失態はようやく収まりつつあるようだった。

「……なんか、ごめん」
「……いや、いい…」

少々こぼれたサイダー、覆われた目元、短い髪では隠せぬ赤い耳。形成逆転である。そこに漬け込まないあたりが真面目で人の好い以下略。

「……アイツとお前はいろいろ根本からちげえだろ」
「根本」
「冷静に考えろ橘、そもそもアイツに、好きだなんだの正常な感覚が備わってると思うか」
「……」

返答に窮するあたりがファイナルアンサーである。
致し方ない、なんせ相手は常識を覆すどころか踏み抜いて爆走するジャングル思考。そもそも浮いた話を聞かないどころか、異性の好みすら話題になった試しがない。じゃあ普段何を話して、と記憶を辿って思い出すのは夕飯の献立とか掃除の極意とか美味しいトマトの見分け方エトセトラ。圧倒的主婦力。

「それに、…」
「…それに?」
「………付き合うだなんだは、結婚前提だとかっつってたろ、前に」

亜紀はまたも大層驚いた。今度は何とも言えない顔にはならなかった。
思い出したのはひたすら聞き役に徹した買い出しの帰り、同窓生の恋の行方から派生した思わぬ激論、テーマは結婚観。予想の遥か斜め上を流星群の如く滑空してゆく灯の言い分は、亜紀とて無論覚えている。

でも、じゃあ何か。
彼は彼女のその発言ゆえに、ともすれば“そういう”覚悟なしには告白できないと、そう考えて足踏みしているというのか。

「……岩泉は、すごいね」
「…それはどういう意味でだよ」
「普通、そんな…誰かの言うことを、そんなに真剣に受け止める人なんていない」
「、……」

何となく、含みのある言い方だと岩泉は思った。この話題の外にあるものに視線を投げたような、まるで自分には与えられないものを、目を眇めて遠くに眺めているような。

彼は眉間に皺を寄せて亜紀を流し見る。また一人で面倒な方向に考え始めたらしい。まるで自分にはそんな人間いないとでも言いたげだ。

「いるだろ、普通に」

コイツも大概鈍い。
岩泉から言わせれば、亜紀は物事を難しく考え過ぎなのだ。

「少なくとも汐崎は橘の一挙一動に全力でバカ真面目だし、黒尾もお前の言うことをいい加減に聞いたりしねえべや」

亜紀は思わず足を止めた。素っ気ない声音が不意に帯びる、灯と同じ雪国の訛り。手持ち無沙汰の右手が疼いた気がした。昨日はずっと傍にあった、彼の大きくて硬い手のひらの喪失を責めるように。
素っ気ない正論が追い討ちをかける。最後通牒を突き付けられた。

「あとはお前が言うか言わねえかだ」

亜紀は今度こそ黙り込んだ。喉元に鉛を詰め込まれたようだった。

そんなに───そんなにシンプルに済む話なら、こんなに苦しい思いなんてしない。
喉奥に詰まった本音は言い訳じみている。そんなことわかってる、と癇癪を起こしたい衝動にかられた。自制が利いたのは場所が場所だから、少し先には湯呑みの紙袋を抱えて子どもみたいに笑う灯と、焼き物屋の主人から同じ紙袋を受け取る黒尾の姿があるから。

それでも人を逃げ場の無い正論で追い込んでおきながら、ぽすり、残暑の日差しで熱を帯びた黒髪のてっぺんに、躊躇いも含みもなく大きな手を降らすのだから、この青年はずるいのだ。

「お前の我が儘のひとつやふたつ、誰も気にしねえよ。変に遠慮すんな」

お前に言いたいこと言えっつったのは、そういう意味だ。

裏表のない慰めは心に刺さった。とうとう視界が熱く滲んだ。この青年の前ではどうにも涙腺が馬鹿になる。いつだってタイミングが悪いのだ。
亜紀は深く息を吸った。じわりと霞む視界がこぼれてしまわないよう、ぐっと目元に力を込めて堪えた。




「黒尾くん、ご機嫌わろし?」
「は?」
「Not your day today?」
「...Why you think so?」
「Ahhh....can’t say properly. Just because.」

尋ねられた内容をさておき黒尾は目を平たくする。思い出したようにネイティブじみた英語が飛び出してくるのは一体なんなんだろうか。一度聞いた時は「なんかカッコよくない?」と小学生みたいな返事が返ってきたが、宮城の訛りで会話する祖母との電話を「Good night grandma, bye!」で締めくくる姿を見た身としては全く納得できない。空前のインターナショナルばあちゃん。

「元気ならいいけど」と言語と一緒に首の向きも戻す灯に、黒尾はしばし沈黙した。この同輩にはこういうところがある。つまり、死ぬほど鈍いかと思った次の瞬間には息するように人の些細な機微を拾い上げ、常時的外れでいるように見せて物事の本質を逸さない。今がまさにそうだ。無表情でいて存外わかりやすい亜紀はまだしも、顔色を繕うことに造作のない黒尾の微々たる不調をしっかりキャッチしている。

黒尾はこっそり後方を振り返る。観光客で混み合う道の数人分後ろ、並んで歩く新しいチームメイトと流れる黒髪の美しい女。豪快なスパイクを打ち下ろす大きな手が何の衒いなく俯いた小さな頭に降る、丁度その瞬間に居合わせたタイミングの悪い視線を、黒尾は白く熱された石畳へ放った。
曇りを増した胸の底には気づかないふりをする。

昨晩以降、亜紀は黒尾と目を合わせない。


家族との夕飯から戻った亜紀は疲れを理由に就寝を希望した。岩泉の監督下しっかり休み、逆上せから回復してカードゲームを準備して待っていた灯に、亜紀がひどく悄気て謝るものだから、灯は頭がもげるほど首を振りまた今度しようと請け負った。
結果として予定よりかなり早い解散と就寝になったが、亜紀がよく休めたようには思えない。翌朝の朝食の膳も半分以上残した彼女の、色の白い肌の目元には、化粧では誤魔化しきれない隈が透けて見えていた。

だが黒尾の思わぬことに、普段の過保護ぶりからいって亜紀の側に張り付いて離れないだろうと思われた灯はしかし、宿を出るなり亜紀でも岩泉ですらなく黒尾の隣を陣取った。代わりに亜紀の日除け(ついでに虫除け)となったのは岩泉で、それを不可解そうにする様子も見せない。最初は戸惑いを見せた亜紀も普段通りの岩泉に、しばらくすればぽつぽつと会話に応じるようになっていた。

黒尾だけがあからさまに避けられているわけではない。話しかければ返事もある。ただ違う。距離が変わった。一度は薄まった線引き、低くなったはずの心のハードルが、出会った時と同じほどに逆戻りしている。

思い当たることがないわけじゃない。言うまでもなく昨晩の一件、彼女の母親とのやり取りだと踏んでいる。だがそのうちの何が、彼女の心のどこに、どんな作用で触れたのかがわからない。

踏み込みすぎたのか、触れすぎたのか───滲み出た下心を、悟られたのか。

察しはいい方だと自負はある。おおよその読みは当たっているとも思う。だが核心が掴めない。一番大事なところが判然としないのだ。
胸の底を巣食うわだかまりと不安が、理不尽な苛立ちに転じようとしている。無闇な八つ当たりはしたくないと思うのに、問いかける声に投げやりな色を隠せなかった。

「岩泉を橘サンに付けたのは汐崎サンの差し金?」
「ええ、なんか言い方に棘ない?やっぱ不機嫌じゃん…?」
「いやいや、怒ってなんかないですヨ。でも気になんねえのかなって、岩泉と橘サンのこと」
「おお…?ごめんちょっと言われてる意図がイマイチわかんないんだけど…こういう時は岩泉療法が一番だと思っただけだよ」
「岩泉療法」

揺さぶりをかけてみるも手応えは皆無、しかしそれを不満に思う間も無く飛び込んでくる謎のパワーワード。思わず繰り返せば、灯は実にあっさり言った。

「あのひと、基本が正論だろ」
「、」
「デリカシーないし遠慮ないし前置きないし…って改めて考えたらないない尽くしなんだけど、的を外さんっていうか、」

最短距離なんよ。心まで。言葉が。

「どんな人にもそうなんだけど、亜紀さんみたいな人には特に、そういう人が要ると思うんだよな」


───そんな話。
それ言うなら、汐崎サン自身もそうじゃねえの。
胸をかすめたそんな言葉は喉の奥に引っ込んだ。代わりに出てきたのはひねくれた笑みと、随分拗ねた感想だった。

「…なるほどな、そりゃあ俺じゃあ務まんねえわけだ」
「?や、黒尾くんは人に寄り添うひとだから」
「…?」

何を言ってるんだ、と言いたげな顔で至極当然に言われ、黒尾は眼を瞬かせた。むしろこっちが聞きたい、と思った尻から、灯は言う。

「岩泉くんは直球で正論だから、喝入れるとか背中押すには良いんだけど、メンタルお豆腐タイムにはちょっと刺激過多だろ。亜紀さんみたいな繊細な女の子には当たりがキツいんじゃないかな」

正論は正しい。正しい分だけ時に痛い。
間違ってるとわかっていても、方向転換できるまで時間が要る時もある。人間誰でも白黒つけたその通りに、すぐ行動できるわけじゃない。

「そこんとこあのひとねえ、生まれた瞬間からイワイズミィッ!みたいなとこがあるからねえ、わりとそれが出来ちゃうんだよ。んで、他人にも結構厳しい。それがベストだってわかってる時は、背中蹴っ飛ばしてでも正しい方向に引っ張ってくっていうか。容赦ないの、それもひとつの優しさなんだけど」

灯が思う岩泉のすごさは、その荒療治を誰彼構わず差し向けるわけじゃないところだ。耐えられない人にはそうしない。時間が要る人はちゃんと待ってやる。そう、一緒に進んでやるのではなく、辿り着くべき終着点で。

「テンポの違う人と二人三脚すると、引きずって怪我させちゃうタイプっていうかね。だから、自分の性分からして傷つけかねない時はあえて見守る側に徹してる気がすんの。ここだぞー、ここまで来いよー、ってゴールで待ってくれてる感じ」

岩泉は真摯だ。人に対してめっぽう真っ直ぐで誠実だ。それは彼の天分たる稀有な美徳であり、上っ面じゃない本質的な優しさだと、灯は心底尊敬する。
ただ当人にも自覚はある通り、彼は器用な性質ではない。言葉は荒いしやり方も乱暴だ。基本的にか弱い繊細さとは無縁で生きている節がある。

そしてそこが黒尾との相違点、灯が思う黒尾のすごいところに繋がる。

「黒尾くんは、そういう人に寄り添ってあげるでしょ」

黒尾は視野が広い。些細な変化に目敏く他人の機微に敏感で、さりげなく巧みに立ち回ることができる。一体どう育てばこうなるのか親御さんは大した教育者だと灯は感服するのだが、彼の人付き合い、もっと言えば人を扱う上手さは、同年代の群を抜いている。

黒尾は時間の必要な人の隣で、その人のそばでじっと待ってやれる。立ち止まる時には共に足を止め、蹲る時には手を差し伸べ、歩幅を合わせてやることができる。灯の主観から言って人をこれほど繊細に扱える性質は、岩泉の天賦の男前に並んで相当に稀有だ。
焦れない辛抱強さ、半端で投げ出さない責任感と面倒見の良さ。それを可能にするのは機微に敏い器用さと、その器用さを裏打ちする懐の深い優しさだ。

「弱ってる人に対して、そういう時もあるよな、ゆっくりでいいかんなって、否定しないし急かさない。気遣いがエスパー級で一歩半先回りするし、ことばが器用だから人当たりが超コットン。その上面倒見が長男クラス。捨て猫とか一旦拾ったらトコトン面倒見ちゃう系の」
「……買いかぶりすぎじゃねえ?」
「えっ自覚ないの…?君の人間把握力とステルス搭載フォロースキルは本職で食べていけるレベルよ…?」
「………」

人より多少他人の機微に敏い自覚はあるが、己のフォロースキルにステルス機能が搭載されていることを黒尾は初めて知った。ついでにカウンセラーの道を本気で奨励されたのも人生史上初のことである。
ついでに人間把握力とやらに関してはお宅こそ自覚はないのかと聞きたい。お玉片手に割烹着で冷蔵庫と献立の相談をするキッチンフェアリー(注1)に、こうも緻密なプロファイリングをかけられるなど誰が想像し得ようか。
(注1:黒尾がふざけて命名した灯の呼称だが、岩泉が真顔で「コイツの何が妖精だ、妖怪の間違いじゃねえのか」と斬ったせいで、翌日の朝食はホテルビュッフェかと見紛う豪華洋食尽くしにされた。「フェアリー感BIGBANGさせてみた」と真顔でキレた台所の番人(コスチュームは割烹着)に岩泉が90度で謝罪し、横で黒尾が腹筋崩壊の危機に直面する中、平和かつ生産的すぎるキレ方を前に亜紀は真顔で混乱していた。ビュッフェonちゃぶ台は皆で無事美味しくいただいた。)

「まあだからなんていうか、亜紀さんには、長期的には黒尾くんみたいな人が必要なんだと思うのね」
「さっきは岩泉みたいなんが要るっつってたのに?」
「あれは解熱剤みたいなもんだから」
「解熱剤」

なんとなく言いたいことはわかる。「岩泉療法」はいわゆる荒療治で、常用には向かないということだろう。たださっきから他に言いようはないんだろうか。どうしてこうもシリアスを締められないのかこの無駄な語彙力は。

そう目を平たくして思った黒尾はしかし、灯のシリアル加減を読み違えていた。
これ以上爆弾を投げ込まれることはなかろうと気を抜いた直後、もののついでと言わんばかりの何気ない口調が、防備を緩めた黒尾の胸を真正面に貫いた。


「亜紀さん、昨日の夜からずっと寂しそうでさ」

───的を射られた。刹那的にそう思った。


「…お節介なんだろうけど、ことばが上手く行き来してない気がして気になるんだ。亜紀さんはお喋り得意じゃないし、黒尾くんは気遣いステルスだから」
「………」
「私ポンコツだし、的外れな話してっかもしんないけど───大抵のことは話せばわかると思うんよ」


黒尾はぐっと唇をひき結んだ。酷く苦い感情が胸を焼く。

時折こういう奴がいる。拗らせた連中を適度に煽るのも手緩い詮索を煙に巻くのも造作無い、自他共に認めて巧みな彼の話術が、根底から通用しない異文化人。

「話せばわかる」なんて使い古しの綺麗事だ。
だがその常套句は、それに足る人間が口にする時、言い訳の利かない正論となる。

前々から性善説が服を着て歩いているようなヤツだと思っていたが。

この同寮生、汐崎灯には、実にそういうところがある。


「…世の中、思ってても言わねえ方がいいことの方が多いと思うけどね、俺は」

黒尾は唇をゆがめるようにして笑う。言い訳じみて響いたかもしれない。実際、誰もがお前”ら”みたいに、誠実無垢に生きていられるわけじゃないと思ったのも本当だ。

人の心を扱う以上「絶対」はない。どれほど言葉を尽くしても選んでも、傷つけずにいられる保証なんてどこにもない。
ましてあの子は出会った当初から、“そういう意味で”好かれることを酷く忌避していた。理由はおおよそ想像できる。心無い悪意に晒されてきたことも恐らく一度や二度のことじゃない。

そんな中、警戒して吟味して、ようやっと気を抜いていられると幾ばくの信頼を寄越した相手に、やっぱり全部は下心ありきでしたと言われたら。

その“裏切り”に、彼女は傷つかずにいられるだろうか。


「うん…?や、まあ確かにそうかもだけど……」

言葉を切った黒尾の真意を、灯は測りかねているようだった。
言葉を間違わないでいられる人はいない。いつでも傷つかないでいられるなんて現実的な期待じゃない。黒尾はどうか知らないが、自分の思う「話せばわかる」とは、そういう意味じゃない。

灯は自他共に認めて各方面にポンコツである。18年と半分も生きていればいい加減自認せざるを得ない。だが黒尾のように、頭が良すぎるのも考えものらしい。
灯に言わせれば、黒尾は物事を難しく考え過ぎなのだ。


灯は思う。亜紀は繊細だ。でもか弱いだけの女の子じゃない。
彼女は言葉を尽くす子だ。

ひとにまっすぐ向き合う子だ。


「───たとえ傷つくとしても、誰かが自分のために尽くしてくれた言葉なら。
亜紀さんにはちゃんと受け止める強さがあると思うべ」



190525

「今日はご機嫌ナナメなの?」
「…なんでそう思うわけ?」
「ああー…上手く言えんけどなんとなく」
おおよその意味合い@突然の英会話。書き手にネイティブ感覚が皆無ですので違和感が常駐している可能性があります。生温かくお見守りくださいませ。

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -