【急募】ギャグパート

「あっっっっっつうう…!?」

新幹線を降りた先には、灼熱地獄が待っていました。
とかいってる場合じゃねえんべや、エッちょっと待て今九月よな?立秋通り越して半月ちょいよ?暦と宮城とアパレルショップじゃオータムシーズン本番よ?アッすみません若干ウソ、最近は宮城も残暑がシビアです。でもこれはない。この気温はない。

「ねえ古都やばくない?なんで五重塔溶けてないの?耐熱性どうなってんの?」
「おい見ろ、最高気温39度つってんぞ」
「体温超えるどころか寝込むレベル」
「それ、今日で四日連続」
「「「古都やべえ!!」」」

端麗な地元民からしれっと投下された驚愕の事実に三人揃って軽く叫んだ。照りつけるなんて可愛い表現じゃ済まされない、調子乗んなよ人間どもがとメンチ切りながら地上をぶん殴る太陽光線。これが酷暑か。頭の中の汐崎さんが白旗振りながら溶け始めてた。待って耐えて超耐えて。

「盆地で熱が逃げないから、最近は夜も気温が下がらなくて」
「この蒸し暑さもそのせいか…」
「湿度で汗が蒸発しないから、熱中症にもなりやすいし」
「ねえ待って亜紀さん、生きて帰れる気がしない」
「京都ってこう…もっとこう、ミヤビな感じじゃなかったのか」
「それは多分……イメージ戦略」
「イメージ戦略」
「夏は、住むとこじゃない」
「住むとこじゃない」

思わず真顔で繰り返すレベルである。改札潜って一分で命の危機を感じる熱波とは。地元民にさえ住むとこじゃないと言わしめるとかどんな狂気。
いや考えれば京都だって関西の大都市だ。規模は大阪ほどじゃないようだが、このご時世田舎でさえ地面はコンクリ一択、都会の緑は公園か街路樹程度。そら地球もキレるわ。熱の圧が凄まじい。

宮城だって夏はそれなりに暑いが、どうにもこう、熱の密度が違う。一言で言えば重い。やや不透明の夏空はペイルブルー、風はなく、吹くとしても熱風。まとわりつくような蒸し暑さが湿度の高さを物語っている。熱中症が多いのもうなずける、汗が蒸発せず熱を逃がせないとなれば、体温も下げられまい。

「…観光は夕方からにして、先に宿で休んだ方がよさそうね」
「いいのか?お袋さんとかには夜に着くって話してあるんだろ」
「平気」

すかさず確認する岩泉くんにも言葉少なに首を振ると、亜紀さんはキャリーバッグを引いて歩き始めた。つばの広いサマーハットの下、この気温にも関わらず下ろされた黒髪の、暑苦しさなど欠片も感じさせない軽さで翻るその眩しさに一瞬膝から崩れ落ちた。

あの半径一メートルだけ体感3度は涼しい気がする。常々住む世界が違うとは思っていたが美人には気象現象すら及ばないんだろうか。多分亜紀さん一人立っていれば百貨店の入り口前のミストシャワーは必要ない。美人は地球を救う。脱地球温暖化。
おいそこついにコイツ脳みそ溶け始めたかとか言うな、残念ながら通常運転だわ。

何はともあれローカル線に乗るとは聞いているので、とにかく最寄り駅まで移動する。容赦ない熱線で思わず手で覆いたくなるほどじりじり肌を焼かれていれば、地下のプラットホームに潜るまでに持参した水筒のお茶がなくなった。自販機で追加を買おうと財布に手をかけたところで、550ミリのミネラルウォーターが差し出される。岩泉くんだ。驚いて見上げれば平熱の一瞥、端的に一言。

「やる」
「…Thanks a lot」
「…ゆあうぇるかむ」

うーん愛すべきじゃぱにーずイングリッシュ…!と感動してたら胡乱な目で睨まれた。エッ何も言ってないじゃん!In my heartでさえ悪口言ってないじゃん!と拳骨に備えて身構えたら、額にデコピンが降ってきた。おいそこ少女漫画風に想像してんなら脳内イメージ刺身包丁で下ろしてやる、額めり込みそうな勢いなのが現実だ。

それにしたってこのタイミングで水をくれる彼もエスパーか何かを目指してるんだろうか。我らが寮の男子ズの進路状況どうなってんだ。予想通りお金は受け取ってもらえなかったので、あとで水より30円高いスポーツドリンクを買おうと心に決めた。

滑り込んできた列車に足を踏み入れると、よく利いた冷房に一気に汗が引いた。…ちょっと寒いくらいだ。汗をかいた体が冷えないよう、亜紀さんを冷房の当たらない戸口近くにさりげなく誘導する。気づいた様子の無い亜紀さんに満足していれば、岩泉くんがふと彼女に声をかけた。

「実家はどのへんなんだ?」
「……」
「橘?」
「…え?あ…実家?実家は…」

市街地から見れば、北側で。少し奥まった、田舎にあるわ。
たたん、たたん。心地よいはずの揺れと音が、せっつくように沈黙を叩く。九月あたまの昼下がりのローカル線、車内の乗客は多くない。そう大きくない亜紀さんの声が、なぜだか無性に耳に残った。

窓ガラス越しに突き刺さる夏の日差しにも褪せない濡れ羽色の瞳が、二度三度と瞬き泳ぎ、再び窓の向こうへ流れ、帽子の下に仕舞われる。ホームで行き交う人の注目を案の定総なめにしたかんばせは、常と変わらず美しい。

隠れた目元の下、目に解ってすべらかな頬は透き通るように白い。夏もひれ伏す涼やか具合。美人は物理法則も凌駕するの…?と慄いたところでなぜか頭の中の汐崎さんがむくりと身を起こす。エッ何だ、本体置き去りにして勝手に何を受信したの?まだ宇宙人と交信する心の準備は出来てないんだけど大丈夫?

三十分ほど揺られただろうか、終点を告げる車掌さんのアナウンスに促され、ぶわり、全身を包む熱風に根こそぎ生気を持って行かれそうになった。嘘だろけっこう田舎ンなってきたからちょっとは涼しいと思ったのに。

「汐崎サン見てアレ、陽炎がタップダンスしてる」
「いやあれタップで済む?サンバじゃない?リオでガチ勢のサンバじゃない?」
「アホ言ってねえで早くしろ、乗り換え10分しかねえぞ」
「「うっす」」

ホームに降り立ったホームのアスファルトの上、猛然と躍る陽炎に黒尾くんと一緒にドン引きしてたら引率から辛口の忠告が飛んできた。岩泉くんって本当あれだな、夏合宿の引率してる部活の顧問になりそう。ぼやいたら黒尾くんに爆笑された。「ピンポイント過ぎるだろ、教員からステップアップさせてやれ」。そういう問題なのか。アッそういえば教育学部。
神妙に頷いてたら黒尾くんが思いっきり岩泉くんに足蹴にされた。だから足を出すんじゃない足をと怒っていたら、ふっと小さな笑い声が聞こえて、思わずばっと振り向いてしまう。

バス停の日陰に佇む亜紀さんの笑みは、思えば今日初めて見た。なんだか猛烈にほっとした。そうだ、普段から物静かな人だけど、今日は一段静かだったから、それがどうにも心配だったんだ。

バスは十数分遅れているようだった。人気の少ない駅前ではためく「ゆばそふと」ののぼりに誘われて、とろりとしたソフトクリームを皆で買う。抹茶を選んだのはせっかく京都なんだからとミーハー心を出した私と黒尾くん、迷わずバニラ一択だったのは地元民の亜紀さんと王道を外さない岩泉くん。性格が出るセレクトである。

高く上った太陽の射光角度はほぼ直角。バス停の細い日陰になんとか身を収め、今年も終わり間近の蝉による大合唱を浴びながら、十分ほどの遅れを詫びるアナウンスを聞きながら冷たい甘露を味わう。
うううんうんまい。どのへんが湯葉なのか実物知らんからわからんが、とりあえずうんまい。ゆっくり楽しみたいものの如何せんこの暑さ、秒速で液状化を進めるアイスを急いで食べ進める。

「溶けそう…しみわたる…溶けそう…」
「…宮城の夏は、やっぱり涼しい?」
「に?そうだな、もっとからっとしてるかね…気温もまず40度近くとかにはならないし」
「(に?)そう……辛くなったら、すぐ言って。湿度が酷いから、北の生まれの人には堪えると思う」

後半の台詞は岩泉くんにも向けられたものだったが、つられて見やった先の彼はまさにコーンの先っちょまで口に放り込んだところで、「おう、わかった」と返す様子はその気遣いが場違いかと思うほど通常運転だった。
亜紀さんが大変微妙な顔をする。一緒に目が平たくなった。よもや男前にも夏の暑さは無縁なのか。ていうかもう完食したのかソフトクリーム。液状化を上回る秒速具合。

岩泉くんに遅れること数分、各々コーンの先っちょまでが無事にお腹に収まった頃、ようやくやってきたバスのタラップを踏む。乗客は少なく、乗り込んだのも私達四人だけだった。

曲がりくねった山道を進む事しばらく、夏の山の景色は悪くないのだが、車酔いにはさほど縁のない私でも若干の気持ち悪さを覚える悪路だ。みんな大丈夫だろうかと伺うも男子陣二名はけろりとした顔で、仲良くイヤホンを分け合いながら一つのスマホを覗き込んでいた。タフかよ…カップルかよ…と遠い目になったが、そういやこの人たち運動部だった。高校の部活動の練習試合や合宿にバス遠征は付き物、たぶん慣れが違う。
観ているのは恐らく大学リーグか、あるいはプロかの試合映像だろう。食後の共有スペースでパソコン広げて試合分析してるのをよく見るのだ。二人の熱心さには頭が下がる。

しかし揺れる、この悪路あといかほどかかるのか。降車駅を亜紀さんに尋ね、ぐぐーる先生に確認を取れば、駅からバスで30分ちょい。
そう遠くはないようでちょっと安心し…え、今さらだけどこの地名すんごい観光地じゃない?ぐぐーる先生の検索結果が火ィ吹いてんだけど大丈夫?なんか老舗旅館が軒並べてる秘境みたいな感じなんだけど?

思わず亜紀さんに真相を確かめたく首をねじる。だが隣に腰掛けた亜紀さんは電車でそうしていたように、ほとんど身じろぎせずに車窓の向こうを見詰めていた。喉まで出かかっていた言葉がひっかかる。
置物のようだ。物言わず佇む日本人形、あるいは精巧なビスクドール。

…漠然と胸がざわつく。電車の時は故郷の景色を懐かしんでいるのかと思ってたけど、読み違いの気がし始めた。だってそうだろ、郷愁に浸るのに、下宿先にいる時より硬い表情をするだろうか。

それに顔色もそうだ。新幹線を降りてからも、ローカル線までの移動中も、冷房の利いた電車内も頬の色味は変わらなかった。熱中症みたくずっと赤みが引かないとかじゃない。むしろ逆だ。

この暑さなのに、彼女の頬はずっと白いままだ。

「亜紀さん」

ちょっとごめんね。断り一つ、返事は待たず、帽子のつばを持ち上げる。驚いた様子で振り向いた彼女の顔を、真正面から見たのも多分今日はこれが初めてだ。
一瞬言葉を失った。その瞬間、車掌が次の停車を告げる。鳴り響くベルとアナウンス。次、停まります。

す、と触れていた帽子が引き下ろされる。目深にかぶり直したつばの下、亜紀さんの表情はもう伺えなかった。頭の中の汐崎さんは相変わらず身を起こしたまま沈黙していた。…何だよアレか、「嵐の前の静けさってヤツさ…」的な前振りか。「押すなよ!?押すなよ!?」的なノリか。上等だ突き落とす。お前そういうキャラじゃなかったろ、キャラ変と中ニ病へのジョブチェンジ履き違えてっと後で黒歴史に悶絶することになるぞ。
……ねえええ無理だってこういう空気ダメなんだって、そもそもコレそういう話じゃないだろ!需要のないシリアス供給をやめろ!メタいとかうるせえ、読む方だってそろそろ飽きてきてんだよこういう匂わせ展開は!シリアルを!所望する!

「何してんの汐崎サン、バス出ちまうぞ」
「Sir yes sir!」
「無駄にハリウッド」

本日何度目かの冷房と熱気の行ったり来たりで、血管の収縮頻度がしんどいことになってる気がする。どうしよう心筋梗塞起こしそう。身体的にもテンション的にも高低差がナイアガラ。
もろもろの突然死と寒暖差アレルギーの危機を感じながらタラップを降りたそこには、連なる山々を借景にした風情ある旅館街が広がっていた。亜紀さん以外の非関西勢が思わずおお、と歓声を上げる。

渡された朱塗りの橋、川床まで透かした小川を挟んで、趣ある石畳の小路が左右に伸びている。脇に軒を連ねてひしめく温泉宿はたいていが数階建ての日本家屋だけど、時折挟まれた大正ロマン風のレトロなお宿がいい塩梅にアクセントになっている。川沿いに並ぶガス灯からして、日没から夜にかけての景色はさぞ美しいに違いない。
…よっしゃもういい?情景描写それなりに頑張ったからそろそろ知能指数落としていい?いいよなオッケー!

「亜紀さん亜紀さんアレゆ〇ーばいる!?あの橋絶対ゆばー〇いたよね!?『大当たり〜!』の時みんなで立ってたヤツだよね!?」
「ゆ、ゆば…?えっと、湯葉なら、この先の豆腐料理店で…」
「ぶっふぉ、いや、ちげえ、橘サンそうじゃねえ」
「マジかよじゃあこの川まさか…!」
「岩泉お前もか」

ブルータスかよツッコミいなくなるからやめろ、と理不尽を言う黒尾くんは笑い過ぎて過呼吸にでもなるんじゃなかろうか。エッいないの?こんな清流よ?いるってきっと、ニギハヤミなヌシ様が住んでるって。
しかし岩泉くんによる「いや確かに、湯〇婆の湯屋の目の前の川には引っ越さねえよな…」というキレッキレの推理には納得せざるを得なかった。うーん確かに、向かいの家とご近所トラブった後その隣に引っ越すヤツはいない。

「うううンでもあの旅館とか頑張ればカオ〇シいそうじゃない?」
「いや何を頑張ればいいの?カ〇ナシって頑張ったら涌いてくんの?」
「俺アレ食いてえ、でっけえ肉まん」
「自由かよ!あとアレ多分餡まんだよ!あと俺はナウ〇カ派なの!」
「モノノケこそ至高!!異論は認める!!」
「そこはラピュ◯だろ!」
「この流れでチヒロじゃねえとか何事!?」

かくして温泉街の外れに位置する亜紀さんのご実家に至るまでの道のりはすべて、熾烈を極めるベストオブジ〇リ論争に費やされることになった。放送は元祖◯ピュタ派岩泉くん、ナ〇シカ至上主義黒尾くん、モノノケ過激派汐崎にてお送りします。
この仁義なき推しジ○リ論に終止符を打ったのは「結局全作甲乙つけられん」という永遠のfinal answerに帰結したのもあるが、何より女神の審判を求めるがごとく意見を仰いだ亜紀さんの一言が破壊力カンストだった。
(「亜紀さんは!?亜紀さんの推しはどれ!?」「……あの、…と、ト○ロが…」「ああ、俺もアレ好きだな」「ん”ん”っ」「尊み秀吉…ッ!!」)
(ちなみに言葉なく悶絶したのが黒尾くんだったということを厳粛にご報告しておきたい。)

いいよねトト○、私もアレ見た後は絶対ばっちゃまの畑で傘上下祭に勤しんだものだ。ちなみに主催はばっちゃまである。うちのばっちゃまはマジでヤングにナウ、

「―――亜紀?」
「!」
「亜紀やないの、まあ、おかえり!」

はたと亜紀さんが足を止める。不意に響いた声の先へ顔を挙げれば、行く手の右側、味のある格子の門扉から、鶯色の着物に身を包んだ女性がぱたぱたと走り寄ってくるところだった。

190308

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -