現実は少女漫画より×××



「ずっりィ…」
「でしょー?やっくんもそう思うよねえ」
「そりゃそうだろ!下宿でこんな美味い飯が食えるとか!」
「すごいね黒尾くん、君のご友人褒め言葉が大砲クラス」
「入れすぎ入れすぎ、汐崎サンお茶溢れてる」

ハイみなさんどストレートに"美味い飯"発言を頂きましたー!飯炊き女に対するなんというパワーワード。うっかり卓袱台が麦茶の洪水になりかけたほどである。頭の中の汐崎さんが喜々として木登りを開始した。そうです私がおだてられれば木にも登るタイプです。
ちなみにわかっていたかのように布巾を差し出してくれた黒尾くんは将来エスパーか予見者にでもなるんだろうか。

共有スペースの卓袱台には普段の五割増しで盛られた皿が並ぶ。理由は簡単、食卓を囲むメンツが軒並み体育会系だからだ。
尻ポッケのスマホがラインの通知を知らせたのは、今日の晩は何にしようかとスーパーに向かってバイト先を出発するというドンピシャのタイミングだった。
もしこの連絡に気付いて、尚且つ予定がなく、気が向いたらで構わないんだが、という前置きのミルフィーユを経て届いた岩泉くんからの要件はとどのつまり、今からゲスト二名を加えた四人分の夕飯を作ってはもらえまいかというリクエストだった。

冷蔵庫の中身を思い出す間もなく立て続けに届いた黒尾くんのラインには、食材費はもちろんこっち持ち、買い出しも帰りにしてくるし、報酬代わりに手土産も用意するという破格の条件が並んでいた。展開が怒涛すぎて道の真ん中で真顔になった。

ともあれ放っておくと手土産に都会のキラッキラしたケーキ(どこにフォーク刺せばいいかわからん系のアレ)が出現しそうな気配がしたので、マッハで通話に切り替えた。なんせその数秒前には及川くんから「ここどう?」というメッセージと、駅前らしきシャレオツなケーキ屋さんを背にアイドルばりにキメてる自撮りが送られてきていたのである。
彼はそろそろCMにも出ればいいと思うんだ…むしろあの人なんでまだ一般人してんだ。あっそうかバレーのためか。閑話休題。

なんでもこの合同合宿には及川くんの大学も参加していたらしく、最終日の今日、帰途につく道中ありがたいことに私の料理へ大変なご好評を下さったらしい。そしてそこに居合わせた及川くんのチームメイトで、驚いたことに黒尾くんの元同級生でもあるという彼――夜久モリスケくん(上の漢字しかわからない)が大層興味をそそられたらしく、ダメ元で連絡してみようという話になったんだという。

いや嬉しいですよ、そりゃ大変光栄ですけれども、及川くんは一体全体私の何を話したんだ。夜久くんの中で私よもやプロの料理人になってまいか。実体ただのモブなんですけど。意外性もシークレットキャラでもなくただのMO☆BUなんですけど。過去最高度で上がったハードルに恐慌して電話した。

「エッ待って懐石とか無理なんだけど、里芋の煮っ転がしとか作っても殺さん?」
『お前はミシュランにでも挑む気か』
『汐崎さんの中でやっくんは王族か何かなの?』
『待ってツッコミの自損事故が激しい』

私を知る三人にはさんざん笑われたが聞いてほしい、君たち主人公クラスと違ってモブの不祥事によるフェードアウト率はマジでやばいんだって。これが株価だったら常好景気レベルでやばいんだって。生存保証まじ大事。ただし逆にそれさえ頂けるならこちらに不都合はないとも言える。

聞けば帰宅までまだ2時間かかるというので、献立のリクエストだけもらって買い物もこっちに任せてもらった。そうして無事に粗方の料理の完成をもって合宿終わりのお疲れ四名をお迎えし、皆さんのお言葉に甘えて共に食卓を囲んでいるというわけである。

「にしてもすげえ偶然だよなー、黒尾が及川クンの幼馴染とおんなじチームとか。しかもすでに知り合ってるっていう」
「そこはまあ、話せば長くなるっていうかね」
「え、やっくん知んねえの?俺らのナレソメ」
「待ってクロちゃん言わないで、プライバシー保護推奨」
「コイツのストーカーがうちまで乗り込んできたんだよ」
「岩ちゃんんん!!」
「はっ?んだそれ聞いてねえ!」

おっとこれは不穏な気配…と二人の間にある揚げ茄子(おろしポン酢on)の器をそっと引き寄せる。どういうことだと詰め寄る夜久くんはどうやら事情を知らないらしい。
そもそも言い触らす話でもないが、それ以前にストーカー化した先輩が就活を控えていることを理由に、被害届も出さなかったのは及川くん本人なのだ。(もちろん彼は亜紀さん(とわざわざ私までも)の意向を最も尊重すると言ってくれたが、一番とばっちりを食った亜紀さんが全決定を及川くんにゆだねると言って譲らなかった時点で結果は決まっていた。)
そんなこんなで当事者直々の情報統制が敷かれた以上、チームメイトに事の顛末が伝わっていないとしても何らおかしくない。

この期に及んで言葉を濁そうとした及川くんだったが、不意に黙した夜久くんのによる無言の圧力に顔色を悪くする。うーん、これは下手にどやされるより躱し難そうだ。

なんせこの夜久くんという人、小柄で可愛らしいお顔立ちをしていらっしゃるが、なかなかどうして肝の据わった雰囲気と有無を言わせぬ迫力がある。見た目は正反対なんだけど、岩泉くんに近いもの(つまりド級の男前要素)があるのは気のせいじゃなさそうだ。及川くんの旗色の悪さからして間違いない。
しかし悪さを白状させられる子どものようにもごもごと説明する顔はいささか気の毒で、及川くんのお皿にはそっと唐揚げを二つ増やしておく。

思うに、基本的に自信家で、自分を使い自分を見せるワザに長けているというのが及川くんの第一印象なんだが、彼の本質は多分こういうところに出るんだと思う。つまり、自分が誰かに悪者にされることには冷然と構えていられるのに、自分が被害者であることを認めることで、誰かを加害者に認定することには後ろ向きなところとかに。

実際岩泉くん曰く、彼は普段はちょっとしたことでぐずぐず言ったり特定の人間に対して性根がひん曲がったことをするという(岩泉氏に言わせれば「うんこ」)。だがそれはこう、本人的に心を許したことというか、酷く深刻ではないこと限定であって、デリケートな人間関係などに絡む話になってくると、途端貝のように黙り込んでしまうらしい。

「手のつけようがなくなる前に言えっつってんのに、てんで聞きゃしねえ」と思い切り顔をしかめて零していた岩泉くんはしかし、そんな及川くんの繊細さを叱咤しながらずっと許してきて、これからもきっと許してしまうんだろう。

彼と彼らのそういうところを、私はとても好ましく思う。そして思うにそれは、黒尾くんや夜久くんにも何がしか通ずるものがあるのだろう。

「おっま…何かあったら言えっつったろ!マネがやめたのだってお前のせいみたいに言われてんのに、なんで黙ってんだよ!」
「そ…んな怒んないでよやっくん、ほら、蒸し返すのも何かヤじゃん。もう終わったことなんだしさ、ね?」
「台所占拠されて包丁突き付けられてたけどな」
「棚が空になるレベルで皿も投げられたけどな」
「「無関係の女子二人巻き込んで」」
「「おい!!!」」

説明しよう、「けどな」ステレオは我らが頼れる寮生男子岩泉くんと黒尾くんによるシンクロであり、息の合った「おい!」ツッコミは及川くんと夜久くんのものである。ただし及川くんは暴露係二名への糾弾、夜久くんのは貝川k…げふんげふん、及川くんの貝っぷりに対するおこである。それも激おこである。

説教を開始したやっくんのお姿は相変わらず可愛らしくも凛々しく、男らしい佇まいなのに怒る姿はお母ちゃん。なんというキャラの大渋滞…にも拘わらぬこの完璧なバランス…。

「夜久モリスケ…恐ろしいお人…!」
「まさか、アレだいぶお行儀良い方よ?普段はもっと罵声飛ばすし、それ以前に足が出る」
「あ、そういう意味じゃなくて…エッていうか岩泉くんシンクロ率高くない?夜久くん先祖だったりしない?」
「せめて血縁者にできねえのかこのアタマはよォ」
「ねえ待って同時に出てる!口も手も同時に出てあだだだだ!」

脳天に壮絶なアイアンクローをかまされた。ただでさえ許容量の乏しい頭蓋骨から私の脳みそも絞り出された気がした。対応が体育会系過ぎる。握力を!考えろ下さい!
…あれ、でもそうか。及川くんを叱る夜久くんを見てふと気づく。

「…もしかして、最初から夜久くんにバラすつもりで?」
「、……」

ぴくり、肩を揺らした岩泉くんの無言はすなわち肯定の意味になる。唐揚げを頬張る精悍な横顔はちょっと不機嫌で、不快じゃないけど居心地が悪い、そんなときのそれだ。
突っ込むのはアレだろうか、と黙って味噌汁に口をつけていれば、黒尾くんが言葉を繋いだ。

「俺が言ったんだよ。どうせやっくんが及川の件に勘付くのは時間の問題だってな。んで、気付いたことを放っておけねえのはやっくんの性分だから、早いか遅いかの違いしかねえぞって」

ウチで一番の男前で、かつ女房役だったからねえ、と語る黒尾くんの口調には誇らしげな色がよぎる。
なるほど確かに進学先を違えた今、岩泉くんはどうしたって今まで通りには及川くんの周辺事情を把握できない。口では辛辣にあれこれ言う(ついでに手も出る)けど、あのストーカーの一件はきっと岩泉くんにとっても衝撃だったはずだ。

いざという時頼りに出来る味方を、出来れば及川くんと同じ大学に欲しい―――となれば俄然、夜久くんほどの適任者はいないだろう。なんせ黒尾くんと旧知であるから身元証明はバッチリだし、ストーカーと聞いてまず見せたのは野次馬根性ではなく、チームメイトに迫った脅威への懸念と警戒。人格的にも申し分なしだ。

そんな事情を聞いた夜久くんは思った通り、騙されたとも何だとも言わず、ただ憤慨した様子は消さずにサラダのトマトへフォークを突き立てた。(勢いよく飛び散った赤い汁からサッと及川くんが目を逸らすのを見た。心中お察ししたい。)

「そういうことならもっとさっさと言や良かったんだよ。今でもあることないことほざく奴らがいんのに、及川が何も言わねえから俺がムカついてんだぞ!」
「アッ敬称がログアウト」
「呼び捨てでいいぞ、なんならクソ川でいい」
「ちょっと岩ちゃんやっくんに変な事教えないで!」
「悪い夜久、見ての通り死ぬほどうぜえし面倒くせえヤツだが、しばらくはなんかあったらケツ蹴り上げてもらっていいか」
「ねえ岩ちゃんそれ心配の仕方じゃないよね、ありがたいけど全ッ然ありがたみないよね!」
「つまり普通にチームメイトしてろってことだろ?しばらくじゃなくたって構わねえよ」

当然の如く夜久くんの言ってのけた内容が冷静に考えてぐう漢前だった。しかし元祖(語弊が無いよう注解しておくがこれは汐崎史上における"元祖"である)漢前たる岩泉くんもまるで揺らがず漢前だった。

「いや、自衛手段は必ず叩き込む」
「なるほどそういう"しばらく"か」

最早言葉なくぶすくれる及川くんを労って、本日大人気の肉巻きお握り(甘辛焼肉風味/一口サイズ)を一つ私の皿から及川くんのお皿に献上した。ら、なぜかご不満顔の岩泉くんに私が小突かれた。いや君が彼をフルボッコにするから私がフォローしたんじゃないか…。そんで及川くんもそこで煽らない、そうやって余計なちょっかい出すから岩泉くんが、…ああー蹴られた言わんこっちゃない。

「お?」

不意にピピピピ、という電子音が食卓の真ん中を通過した。出所は台所、皆と一緒に顔を向けたところで思い出した。あれ私のスマホのアラーム音だ。

「汐崎のだろ、電話か?」
「や、あれはアラームなんだ。亜紀さんのバイトが終わったよっちゅう」
「「(ちゅう…?)」」
「橘サンの?…なんでアラーム?」
「え?お迎え行くべっていう」

橘サン?と首を傾げる夜久くんには、及川くんがここの寮生のもう一人の女の子だよ、と簡潔な説明を入れてくれる。ちょっとちょっと大事な説明忘れてる、それも女優が裸足で逃げ出すレベルに壮絶なる美人なんだぞ。そう付け加えたら夜久くんが「カラスノのシミズさんみたいな?」と黒尾くんに聞いていた。「ああーいい勝負だな、似た系統」。エッあのレベルに並ぶ美人がまだいるってのか…すげえ…世界には美人が溢れてる…。

ともあれ今はまだ見ぬシミズさんではなく我らが亜紀さんである。シフトは遅ければ12時まであるそうだが、亜紀さんは以前酔ったお客に絡まれるどころかバイト帰りを待ち伏せされたことがあり、以来よほどの繁忙期を除いて遅くとも10時までに上がることになっている。だが今はお盆のピークは過ぎつつもなんせ夏、仕事帰りのサラリーマンや大学生の飲み会で居酒屋はたいてい盛況だ。

「んで、今日は忙しいから11時まで頑張るって言ってたから、チャリで迎えに行くべって――エッどしたよ二人ともカオがこわ」
「黒尾」
「ハイハイ」

地面でも割るんかという岩泉くんの低音に遮られた。一方呼ばれた黒尾くんは軽快な応答と共にゆらり、気だるげに立ち上がる。
えっ何事?動きにつられて見上げた先、まっすぐ共有スペースを出てゆく横顔に一瞬凍った。待って、声音の軽さとドスの効き方が一致しない。

玄関へ向かう後ろ姿に若干の戦慄を覚えていれば、不意にどうしようもないものを見る目をした及川くんと目があった。エッなんかすごい蔑まれてる気配がする…美人が虫けらを見るような目をするとダメージが千倍…と頭の中の汐崎さんが震えていたら突如脳天に拳骨が降ってきた。頭の中の以下略が爆発四散・ノックアウトされた。待って星散った、目の前で星散ったよ!

「あに…あにすんべや…っ!」
「何もクソもあるかこのド阿呆が!そういうヤベェ話をなんで黙ってんだよ!つーかその状況でお前が迎えに行って何の戦力になんだボケ!自分の性別忘れてんのか!」
「阿呆なら殴ってもいいんか!亜紀さんが言わないでって言ったからだよ!一人よか二人withチャリのがマシだろ!賛否両論ありますけども終始一貫女です!」

涙目で叫んだら一瞬場が静まり返った。仕方ないだろ、お前は女という性別を無駄遣いしてると方々で言われてきたんだよ、賛否両論あるn、

「…。えっ今私なんてった?」
「………。」

二秒で現実に思い至った。言わないでって言われてた経緯さっきまるっと吐いてないか。
岩泉くんが壮絶に微妙な顔をした。頭の中の以下略が懐刀片手に白装束でやってきた。自首からの斬首がスピーディ過ぎる…!

「ごめんやっぱり殴って、まだ間に合うかもしれない」
「いや手遅れだろ」
「ねえもう草生やしていい?これ無理、この笑いを表現するには文字は無理」
「メタいこと言わないでやっくん、あれでも頑張って生きてるの」

夜久くんはお腹抱えて笑わないで、及川くんはもうちょっと愛のあるフォローをして下さい。

「えっじゃあ黒尾くんは?」
「あのね汐崎ちゃん、こういうのは男の役目って相場が決まってるんだよ。女の子二人だと結局なんかあった時危ないでしょ?」

ひりひりする頭を抱えたまま私は一瞬言葉をなくした。ぐるり、捻じった首で見やった痛みの元凶は、もはや言うことは言ったとばかりに食事に戻っている。…なんだよ、そういうふうに及川くんみたくはっきり言ってくれればもうちょい大人しく叱られてやるんじゃないか、どうして先に手が出るんだよ手が。

「女尊男卑だ…」
「適材適所だよ」

にっこり笑った及川くんに閉口した。知っていはいるがこの人は、顔が良い以上に頭が回るのだ。


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