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今日は学校の創立記念日で奈々生は朝からずっと布団にくるまっていた。肌触りの良い毛布に絹のような掛け布団。そのどれもが誘惑してくるのに奈々生は抗えずにいた。 「早くここから出なきゃ…!」 奈々生が悶々と悩んでいるのを知ってか知らずに次の瞬間、襖がすぱんという気持ちのいい音を立てながら開け放たれた。 「いつまで惰眠を貪っているつもりだ、お前は」 苛々したような声音と同時に奈々生の頭まで被っている布団に影が出来る。 「うう、寒くて起きられないよ巴衛」 「全く嘆かわしい奴だな」 巴衛と呼ばれた髪を肩の辺りで切り揃え目映いばかりの銀髪をし頭上に獣耳を生やしていて狩衣を着ている狐と思しき青年は、深いため息を吐き奈々生のいる布団に手をかけた。 「だって寒いのは寒いんだもん」 奈々生は巴衛のちくりとした嫌みに、むうと唇を尖らせる。その隙を狙っていたようで一気に布団が剥がされた。 「えっ…?!って巴衛なにすんのよ!」 半ば悲鳴に近い口調で噛みつく奈々生をよそに巴衛は、ふんと鼻を鳴らす。 「いつまで経っても自分から率先して起きてこず、ずっと布団の中にいるからだろう」奈々生はそんな巴衛の言葉にきっと眉を吊り上げた。 「今日は休みなの!だからお昼過ぎまで寝てても大丈夫な日、分かった?」 奈々生が声を張り上げるとそれを見越していたようで巴衛は口元に完璧といってもいいほどの微笑を浮かべ口を開く。 「ほう、その様子だと朝餉がいらんと言っているのか」 巴衛のその台詞に奈々生はがばりと飛び起きた。 「ちょっと待ちなさいよ、勿論要るわ!!」 奈々生の必死で叫ぶ声に巴衛は髪を揺らしながらゆるりと振り向く。 「結局食べるのなら最初から素直に食べますと言えばいいものを」 そう呟きあからさまに肩を竦める巴衛の姿を見、無性に腹が立った奈々生だがこれ以上巴衛の機嫌を損ねたら折角の朝ご飯が泡に帰してしまうので堪えた。 「巴衛どの、奈々生さまは起きられましたか?」 「もう朝餉の準備が出来ております故」 落ち着き払った二つの呼び掛けに奈々生は慣れた様子で返事する。 「鬼切くん虎徹くん、おはよう」 奈々生の挨拶に二人は揃って部屋へ入ってきた。巴衛の姿を見留めると同時に駆け寄る鬼火童子。 「さあ、奈々生さまも起きられたし我々も行くとしようか。巴衛どのもこちらへおいでなさいませ」 巴衛は一瞬、形のよい眉を顰めたが鬼火童子が振り返るといつも通りの表情に戻っていた。 *** 奈々生も深緑のタートルネックに白のひらひらしたレース模様が裾に付いているチュニックに着替え終わり畳の上で鎮座していると朱塗りの膳を両手に抱え歩み寄ってくる巴衛の姿が在って。 「今日は巴衛どのが存分に腕を振るって作られたので豪華になっておりましたよ」 虎徹はそう言い奈々生の隣に座布団を敷き、ちょこんと座った。 「わあ楽しみ」 虎徹の一言に目を輝かせる奈々生の前に巴衛はそっと朱塗りの膳を置いた。そうして今日の膳の内容について語り始める。 「今回は菜の花の混ぜご飯に鱈のあら汁と鶏肉と大根の甘辛煮に巴衛特製の柚子味噌がたっぷりかかった胡麻豆腐だ」 巴衛の説明を真剣に聞きながら奈々生は相変わらずの目を奪うような美しい盛り付けに感嘆の息を零した。 「おお、毎回巴衛どのの作られるものは美しいですな」 「思わず見惚れるようだ」 口々に交わされる鬼火童子のやりとりを耳に奈々生は先ずほかほかと湯気を立てている鱈のあら汁に箸をつけることにする。奈々生はお椀を手に持ち口を付けた。口に入れると同時に広がる鱈の香ばしさ、そして程よい味噌の味付け。多分これは予め事前に炙っておいたのだろうか。奈々生が黙り込んだまま口に運ぶ様子を気にしてか巴衛が言葉を紡ぎ出す。 「どうだ、美味しいか?」 巴衛の問いかけに奈々生は満面の笑みを浮かべ頷いた。 「うんめちゃくちゃ美味しいよ」 奈々生のその感想に巴衛は無意識だろう普段は見せることのない仄かだが優しさが滲み出ている笑みを浮かべていた。奈々生はそんな巴衛の珍しい表情に、ぐうの音も出ないようでただ口をぱくぱく動かしている。 「呆けているようだがどうした奈々生」 巴衛の訝しげな声色に奈々生は我に返り目を瞬いた。するとそこには常と違わぬ勝ち誇ったような偉そうな、見慣れた表情。愛想のいい彼など気味が悪いだけだが奈々生はどこか既視感を覚える。 「ううん何もないよ」 そう言って誤魔化すが巴衛の鋭くこちらを射抜いてくる紫苑の双眸はそんな機会など逃してくれなさそうで奈々生は軽く呻いた。 「本当に何もないのだな」 念を押すかのようにはっきりとした口調で口を開く巴衛。奈々生はきっぱりと頷き巴衛の差し出してきた柚子味噌がたっぷりかかった胡麻豆腐を一掬い口に入れる。 「なにこれ、美味しい…!!」 奈々生の絶賛する言葉に巴衛は引き結んでいる口元を僅か緩めた。 「そうか、」 巴衛は既に空になっていた萩の模様が漆で塗られている黒塗りの茶碗に中身をよそうべくその場をあとにした。 「ねえ虎徹くん」 奈々生の呼びかけに虎徹は瞬発入れず反応する。 「何でしょうか奈々生さま」 「巴衛、さっき一瞬だけど笑ってたよね?」 奈々生のいきなりの振りに虎徹は戸惑ったようだが内容を理解したようでああと相づちを打った。 「確かに笑っておられましたな」 「…………………」 「奈々生さま、どうされました」 暫く経っても奈々生から返事がないことを不思議に思ったのか鬼切が首を傾げつつ虎徹の後ろから覗き込む。そこにはまるで真っ赤に熟れた林檎のように頬を染め両手で恥じらうよう顔を覆っている奈々生の姿が在り。 「ふうむ、巴衛どのも罪なお方じゃのう」 虎徹の何かを悟りきったような言葉に鬼切は焦れ虎徹に声をかける。 「奈々生さまは一体どうなされたのだ」 鬼切の問いかけに虎徹はすぐさま辺りを窺うようきょろきょろと見回した後、鬼切の耳元に口を近づけそっと言葉を囁きかけた。 「奈々生さまが巴衛どのに懸想しているのだよ」 虎徹から落とされた爆弾発言に鬼切は驚きのあまり目を見開く。 「なんと…、それは真なのか?!」 「ああ、どうやらそうみたいだ」 鬼切は虎徹のその一言に感極まったのか着物の袖で目頭を押さえた。 最初は千文字くらいで終わらせようと思い書き始めたのがいつの間にか四千文字超えになっていて軽く悲鳴を上げかけたのはここだけの秘密です。 今回は奈々生→→巴衛にしてみました◎ 本誌では既に巴奈フラグが立ちまくってるらしいので嬉しいです(´▽`*) 先月、発売された最新刊がまさかの巴衛×奈々生祭りだったのでにやけが止まりませんでした。 ジュリエッタ先生ありがとう…!! |