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「蝦夷地への同行は許さん」
冷徹といってもいい程、厳格な声音に千鶴は一瞬なにを言われたのか理解出来ていないようだった。
「…今、何と仰ったのですか?」
その戸惑いがちな問いかけに土方はつい、と柳眉を顰める。
「お前の存在は俺たちにとってみりゃ邪魔だ」
淡々と紡がれた言葉を耳に入れ絶句したようで千鶴はさっきから黙ったままである。漸く気持ちの整理がつき口を開いた。
「そんなこと言われても納得出来ません!」
きっと自分を見据え睨みつけてくる視線も意に介さずといった風で土方は眉間の皺をそのままに口を開いた。
「お前にはもっと相応しい奴がいる、だから俺のことなど忘れろ」
何の感情も含んでいないと思わせる口調に千鶴は眉を顰めた。端から見れば突き放される事を恐れているようなぎこちない表情。やっとという体で言葉を発した。
「私はただ、土方さんの傍にいたいんです。我が儘も意見も言わないのでどうかお傍に置かせて下さい…お願いします」
痛切ともいえるそれに眉一つ動かさず土方は更に切り出した。
「女として当たり前の幸せを掴め。こんな所まで連れてきてしまった事に対するせめてもの償いだ」
厳格な声音の奥に隠れた彼なりの目には見えない優しさに言いかけた抗議を飲み込んだ。何故なら自分の視界に入ったのは苦渋や痛みに揺れ寂寥感を醸し出している紫苑の双眸。それを見てしまった千鶴はぎゅっと唇を噛み締める。とても、優しくて強い人。幾ら望んでも弱いところを決して見せようとせず一人だけでなにもかもを抱えようとするのだ。それを見てしまえば自分は果たして彼の役に立っているのだろうかと悩む。
「っ、どうして」
頭の中で色々と考えを巡らせ、いっそのこと彼に問いつめる形で迫ろうかとも思ったが多分、簡単に避けられてしまうことが予想出来たため千鶴は頭を垂れた。口にしかけた言葉が自信を消失した泡のように消えてゆく。そんな彼女の打ちひしがれた姿を目の前にしても土方の表情は何ひとつ揺らがない。
「一度しか言わないと忠告したはずだ。話はこれで終わりか?」
出航の時間が徐々に狭まってきているのを口調に纏わせ台詞を紡ぐ。彼になにを言っても無駄だということが雰囲気からひしひし伝わってき千鶴は悔しそうにぐっと唇を引き結んだ。沈黙を肯定と受け取ったのか土方は千鶴へ背を向けゆらゆらと波に煽られ水面を滑っている開陽に乗るべく歩を進めた。


パソコンで次の授業に使う資料と一時間、格闘しやっと完成させたものを間違いがないかどうか隅々まで確認し終え土方は吐息を零した。長らく待たせてしまった千鶴の様子を一目見ようとパソコンの電源を切り後ろを振り向けば、そこには待ちくたびれたのだろうクッションに顔を埋めて可愛らしい寝息を立てる恋人の姿があって。
「ったく、眠いんだったらちゃんとした場所で寝ろってあれだけ言ってんのに」
粗雑な物言いとは裏腹に眼鏡の奥、細められた瞳は解りにくい優しさで満ちている。土方は千鶴を起こさぬようそっと椅子から立ち上がりソファに歩み寄った。初めて見る寝顔は普段より幼さが滲み出ていて思わず頬が緩みそうになるのを抑えいつもより慎重に彼女の両脇へ腕を通し軽々とその身体を持ち上げる。俗に言うお姫様抱っこだ。
「…やけに軽いな」
そう呟き眉を顰めた土方。何故なら持ち上げた時、普通の体重よりだいぶ軽く感じた気がしたからなのだ。そのような心配は確かに杞憂に過ぎないが食の細い千鶴の事を考えると問題だろう。こいつちゃんと食べてんのか、そう考え土方はこちらの心配など全く知らない風にすやすやと眠っている彼女を見下ろし険しい顔つきをする。後で起きた時みっちり聞き出すことに決めたから今だけは寝かせてやってもいいだろう。どうか恋人の見ている夢が安らかなものでありますように。柄にもなくそう思ってしまったのは、やはり自分も相当こいつに入れ込んでいるみたいだ。苦い笑みを湛え土方はくっと如何にも可笑しそうな態度で喉を鳴らす。





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