小ネタ | ナノ
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近頃、寝つけない日々が続いている。その理由はもう明らかだ。あの夢を見るようになり始めたのは彼の人が海で隔たれた遠い地に、ひとり旅立っていった日からだ。幾ら追いかけても叫んでも届かない背中。眉間に皺を寄せ睨む人が本当はとても優しい事を私は知っている。「もうあなたはいないのですね、土方さん」


凄絶な微笑を口元に刻んで鬼は戦場を駆ける。次々と敵を血だまりの海へ屠っていく度、手に握り締めている兼定がじわりじわりと深紅に染まっていった。裂帛極まる勢いで懐目掛け斬りかかってくる敵のがら空きな胴体を流し斬った。その時である、彼の耳朶に痛切な言葉が響いたのは。「そこまでして自分を追いつめないで下さい」空耳だと思い込むにはあまりに酷似しすぎているその声音に半ば自嘲気味に笑む。


つい先まで温もりの感じられた傍ら。多分、今まで片づけていた公文書を渡しに行ったのだろう。あのひとがいたらきっと私は泣けないのだ。自分の弱さを曝け出すようで情けなくなってくる。それにもし涙一粒でも零してみれば苦笑混じりの笑みが降ってきて無骨な手に似合わない優しげな手つきで頭を撫でてくれるから。自分より沢山の悼みと悔恨を抱えている筈なのに。「何故、あなたはこんなに優しいのですか?」その呟きは悲痛さをも孕んでいて聞く者の心を揺さぶって離そうとしない。


殺戮の坩堝に身を沈め朽ちていく者らの屍を越えて戦に踊り出す。秀麗な面に狂気とも思える色を滲ませ駆ける男の姿。涙ながら助命を訴える兵に構わず容赦なく兼定を振り下ろした。ざん、という鈍い肉を断つ音と同時に鮮やかな血飛沫がぱっと華のように閃いて地へ落ちていった。唇を哀れな程に震わせその場所から全く身動きできないようで彫刻のように固まっている。漆黒の髪が混じり気のない白に変わり紫苑の双眸は鮮やかな深紅に変わっていく。それは比喩などでなく真に、赤い。ゆうるりと深紅の双眸が辺りを睥睨する。「死ぬ覚悟は出来ているのだろうな」淡々と問いかけてくる様子に恐れをなしたのか彼を取り囲んでいた兵達は一目散に背を向け逃げだそうとした。が、それは叶わず白刃の軌跡に斬り伏せられてしまう。息絶える寸前視界に入ったのは苦渋や悼みに揺れる、いろ。たった今、自分達を討ち取ったにしてはあまりにも場違い過ぎるそれに不思議に思うが意識がそこで途絶えた為、考える事は出来なかった。


事前に人払いをしており静まり返った執務室。響いているのは、部屋を煌煌と照らし出す暖炉の中でぱちぱちと薪が爆ぜる音だけのみ。土方は先程まで黙々と捌いていた書類から視線を上げ、ため息を吐き出し背もたれに深く腰掛ける。雪の檻は徐々に崩れかけてきていた。多分、雪解けが終わる頃この箱館に攻めてくるのだろう。それも千や二千という数ではなく万を越える大軍を引き連れやってくるのだ。間違いなく熾烈な戦となる予想は簡単につく。士気も個々の腕前も作戦も何もかもこちらの方が上だ。だが圧倒的な決して埋められない差がある。それは軍需と兵糧の蓄えの違い。こっちが刀や緻密な戦術中心の戦いとして向こうは西洋式の銃器や大砲、充分有り余る兵糧を持っているのだ。きっと幕軍は最北端の地で雪解けの中、墓標を立てるだろう。敗け戦は毛頭しないつもりだが俯瞰的に見れば勝ち目のない戦と直ぐ分かる。「…あいつを縛りつけているのは間違いなくこの俺だ」苦渋に満ちた声音はありありと悔恨や悲痛に彩られていて。あの小さな双肩に一生負っていかねばならない業や恨みつらみを乗せこれから生きていくのは非常にきついだろう。瞼の裏に浮かぶはこちらを凛と見据える眼差し。土方さんがいるからどんなに辛い現実が待っていようとも私は怯えることなく傍に控えることが出来るんですよ。そう言いにこりと微笑む彼女に自分は無意識の内に救われているのだ。




ほぼ幕末ですね^^▽
どうやら私の場合痛みや苦しみをひとりで背負おうとしている人とそれを差し出がましく手を伸ばしたりせず後ろに佇んでいる人の組み合わせが好きみたいです!
だからひじちづや八晴やロイアイがつぼなんですよ(笑)
シスマリはちょっと趣向が違うんですが書いていて楽しいので好きなんですはあはあ
ED後も書けたら載せます。
今度は糖度高めになりそうですvv


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