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好きの始まり





何故だろうか、わからない。
土井先生と話す度に上手く言葉が出なくなる。喉が渇いているせいなのだとはわかるが、その理由がまたわからない。

「利吉くんは、おばちゃんのお茶が好きだね」

そう言われて、自分が好きなのはお茶だけなのかなと迷って少し返事が遅れてしまった。








忍務に一段落着けば学園に足を運ぶと言うのが自分の中では自然になっていたから特に気に止めなかった。しかし最近は殊更頻繁に赴いているなと父に言われ、自覚した。そう言えばさっき擦れ違った乱太郎達にも利吉さんまた会いましたね!と笑顔で挨拶された。それに次いで土井先生ならあっちですよ!と付け足される始末。良い子達は一体何を考えているんだと溜息が出た。

母校でこそないが愛着はあるし、下手に町で休むよりは安全な学園の方が良いに決まっている。別に先生に会いに来たと言うわけでもない、ただ居らしたら少しお話でもと思っていただけで等無意識な行動に理由をつけようと、おばちゃんが淹れてくれたお茶を片手に考えていた。本当になんなのだろうか。

「隣り、良いかな」
「土井先生!」

はっとして声のする方を向くと、湯気の立つ湯呑を持った土井先生が立っていた。気配に気付かなかったのは不覚であるが、どうぞと少しスペースを空けるとありがとうと言って先生は隣りに腰を掛けた。

「利吉くんは、おばちゃんのお茶が好きだね」
「え! …ええ、まあ」
「三日前、も飲みに来たよね」

最近はよく会えるね。なんて笑顔で言われて、利吉は心の臓を鷲掴みにされた気分だった。
お茶を飲んでいると言うのに喉は一向に潤わないし、胸の奥がもやもやと騒ぐのを感じる。仕事の詰め過ぎで疲れているのか、こんなに苦しいのは初めてかもしれない。
考えれば考える程原因のわからない症状から自然と眩暈に襲われる。


「…利吉くん、具合でも悪いの?」
「いえ、‥何でもありませんので、どうかお気になさらず…」
「本当かい? 無理は良くないよ」

どれ、と先生の顔が近付いて額がごつんとぶつかる。一体何が起きてるのか、全く理解出来ず瞬きも忘れた。ただ目の前にあるのは土井先生の顔だけで、当たる前髪はちくちくして少しこそばゆいけど睫毛は長くて綺麗なんだなと利吉はまじまじと魅入った。

(顔、近いな。少し火薬の匂いがする)

眺め続けていると、ぴく、と眼前で閉じている瞼が震えた。そこではっとして我に返ると自分は何て恥かしい状況にいるんだと、真っ赤に染まった顔を勢いよく離した。

「あれ? やっぱり熱かったよ。熱あるんじゃないかな」
「〜っ! …失礼します!」
「あ! 利吉くん!」


休みに来たであろうに、飲みかけのお茶もそのままに脱兎の如く走り去る。普段冷静な利吉のそんな背中を見て、半助は静かに笑った。


「頑張り過ぎだと思うんだけど…なんだか心配だな」



(お互い鈍い)



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