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ある休日の昼下り





竹谷八左ヱ門は己の身形に頓着しない。
休日ともなれば、その雑駁に散された髪に櫛を通すのは孫兵の役になっていた。




「あ。また」

柔らかい日差しの中、梳いたばかりの髪を撫でていると指先にちくりした痛みが走った。日がな日に焼けて痛み切った八左ヱ門の堅い髪は未だ成長しきらない孫兵の細い指に容易に刺さる。
今日はこれで何度目だろうと溜息を吐き、ぷつりと気持ち程度刺さるそれを孫兵は軽く払った。

「偶には御自分で手入れをされては如何です」
「自分でやる暇あるなら俺は孫兵抱きたいね!」
「…そういう発言は昼間から慎んで下さい」

浪漫の欠片もない切返しに呆れた孫兵は諦めた様子でまた梳し始める。
からからと笑いながら縁側の外に足を放り出す八左ヱ門は底無しに大雑把だ。
目の前のそんな髪からは土臭い日頃の彼の匂いがする。
幾ら文句を言っても休日の度に櫛を通し続けるのは恋仲の髪が目も充られない状態でであるのと同時に、委員会活動の無い日までその嗅ぎ鳴れた匂いに包まれる時間が孫兵はとても好きだった。視界の隅で丸くなるジュンコも、この時間も大層お気に入りらしい。
勿論当の本人には絶対伝えないけれど。


ふといつも、日の元で虫達と戯れる大好きな時間を思い出す。

「そういえば虫達は、先輩の髪が好きですよね」

居心地が良いのでしょうか、以前何匹か虫達が絡まって大変でしたねと笑う。あの時は派手に絡まる子達を後輩にも手伝ってもらって苦闘したものだ。伊達に雑草やら藁みたいだと比喩される髪ではない。
そんな事もあったなと苦く笑う声が聞こえると、八左ヱ門は少し間を置いて思い付いた様に声色を変えて問い掛ける。


「孫兵は?」

突然何を、と聞き返す前に気付けば向き合う形になっていて、背を向けられ後頭部があった筈の目の前には八左ヱ門の顔があった。
どの言葉で突然火がついたのか、何時にない真剣な表情なんて狡い。常に生酔っている様な緩い顔で笑うくせにどうしてこう言う時だけ雄の顔。

「お前はどうなんだよ」
「……好きですよ。僕も。がさがさしてて傷んでる竹谷先輩の髪が、好きです」
「髪だけか」

真直ぐに問われながら、ああ顔が近いと思ったと同時に八左ヱ門の唇が自分のそれに重なった。元結を解いていた八左ヱ門の髪は孫兵の肩にぱさぱさと掛り普段ジュンコが守ってくれている頚に落ちる。
日が高い昼間からこんな事、なんて言分は抱き締められる甘さから何処か遠くに消えてしまった。

先輩の髪は鉄線花の様に固く絡んで来る。幾度傷を負おうとも離れられず抗えない。全く依存している。


「‥真っ昼間だけど、やっぱ抱きたい。良いか?」


ああほら、もう逃げられない。
痛んだ髪と力強い腕に陶酔する自分がどこかおかしくて、孫兵は返事の変わりに八左ヱ門の背に腕を回した。





(その髪も含めて全部が)



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