? 登場人物 ¿

七海 海羽(ナナウミ ミウ)
音無 琉歌(オトナシ ルカ)


二人は寮で同室です。





 手首に宛がったカッターナイフを、スッと横に引く。 後に出来た一筋の赤い線からは、同じように赤いものが次々と溢れ流れていく。それは手を伝って落ち、わたしの着ている服に赤い染みを作った。
 もう一度、繰り返す。赤い線が二本になった。不思議と、痛みは感じない。ぽたぽたと、赤い染みは徐々に増えていく。
 それをぼーっと見つめていたら、玄関の扉が開いた。部屋に入ってきた琉歌さんと目が合う。琉歌さんは鞄を放ってわたしの方に近づいて来ると、左手を振り上げた。
 バチンという音。しばらく、何が起きたのか理解できなかった。理解した途端、頬に感じる痛み。
 ――叩かれた、琉歌さんに。眼鏡が飛ぶほど思いきり。熱を持った頬に手を当て床を見つめる。琉歌さんの顔を見ることができなかった。

「……どうして、こんなことしたの」

「……ごめんなさい」

 琉歌さん……すごく怒ってる。声でわかった。
 答えないでいたらため息をついてわたしから視線を逸らし、救 急箱の中から包帯とガーゼを取り出すとまた戻ってきた。わたしの腕を取って手当てを始めた琉歌さんに、もう一度ごめんなさいと謝る。

「……謝ってほしいんじゃなくて、理由を聞いてるんだ けど」

「…だって……」

 言えない。言えるはずない。言えば、琉歌さんを困らせる。傷つける。……嫌われる。 琉歌さんに嫌われたくない。傷つけたくない。
 だけど……

「……琉歌さんが悪いんだよ」

 だけど、そんな思いとは裏腹に口からは勝手に言葉が零れた。手当てをしてもらった手首を掴み、琉歌さんから目を逸らす。無意識に掴んでいる手に力が入った。

「琉歌さんが悪いんだよ……琉歌さんが、わたしを見てくれ ないからッ!」

 違う。こんなことが言いたい訳じゃないのに。ごめんなさいって、もうしないからって……言いたかったのに。
 気付けば、わたしは琉歌さんを突き飛ばしていた。尻餅をついた琉歌さんの上に乗り、服を掴む。

「わたしはこんなに……こんなに琉歌さんが好きなのに……! こうでもしなくちゃ、琉歌さんは私を見てくれないじゃないッ!!」

「…海羽……」

 困惑したような琉歌さんの顔が見える。涙で視界がぼやけてしまったが、はっきりわかった。 こんな顔、させたかった訳じゃないのになぁ……。

「……わたしを見てくれないなら」

 手首を切るときに使ったカッターナイフを手に取り、刃先を琉歌さんに向ける。
 見てくれないなら、他の人ところに行ってしまうなら……。

「……いっそ」

 この手で、琉歌さんを……コワシテシマエバ。

「わたし、琉歌さんのこと……」

 ……違う。嫌だ、そんなこと……したくない…!

「……いいよ」

「……え…?」

 琉歌さんは一度目を閉じてから、わたしを真っ直ぐに見つめてきた。わたしの、大好きなあの優しい瞳で。

「…海羽になら、僕は殺されてもいい」

 …なんで……?
 どうしてそんな優しい顔するの……。 悪いのは……全部わたしなのに……!

「…ずるいよ……」

 わたしが……わたしが全部悪いんだから。……そんな優しい顔しないで……。
 琉歌さんの上から退き、わたしは床に座り込んだ。

「そんな顔されたら…殺せるわけないじゃん……」

 わかってしまった。琉歌さんを殺しても、彼女の気持ちが自分に向くことはないって。
 それなら、せめて……あなたの前で。

「おい……海羽…!?」

 わたしを見てくれないなら、最期に一度だけ。一度だけでいいから、わたしを見て。

「私のこと…忘れられないようにしてあげるね……」

 首にカッターナイフを宛がって力を入れる。そしてありったけの力でそれを引いた。首に鋭い痛みが走る。

「…んぐ……」

「海羽っ!!」

 慌てたような琉歌さんの声が聞こえた。力が抜け、わたしはその場に倒れる。衝撃を覚悟していたが、いつまでもその衝撃は来ない。代わりに何か暖かいもので包まれているかのようだった。

「…は……ぁ……へ、や……よ…して……ごめ……な、さ…」

「馬鹿…!」

 朦朧とする意識の中、わたしの頭の中では初めて琉歌さんと出会ったときのことが浮かんでいた。思えばあのときからずっと、わたしは琉歌さんのことが……。

「…琉歌…さ…ん……」

「海羽、もう喋るな……」

 携帯電話に手を伸ばす琉歌さんの手を止める。どうせ、もうたすからないから……いい。

「海羽……お前……」

「……こ…で…」

 どこで間違っちゃったのかな。わたしはただ、琉歌さんが好きなだけだった。一緒に居られれば、それだけで幸せだったのにな……。 傷つけるつもりなんて……なかったのに。

「……ごめ……さ…い…。……か…さ…」

 大好き。
 ずっとずっと、一緒にいたかった。
 だけど、わたしはきっと琉歌さんを傷つけてしまう。
 琉歌さんを傷つけたくないから。苦しませたくないから。あなたの未来に、私はいない方がいい。

「……も…と……い、しょ…に……いたか…た…なぁ…」

 もし生まれ変わって、またあなたと出会えたら。
 次は、ちゃんと――










 愛せる、かな




*おしまい*
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