? 登場人物 ¿
セツナ
箱庭に来た日のこと。
「ーー……」
鳥の鳴き声が聞こえ、僕は目を覚ました。視界に見慣れた傷だらけの手が映る。これは……僕の手……?
状況を理解するのに数分かかった。
視界に映る自分の手と見慣れない壁。聞こえてくる鳥のさえずりや、風に揺れる木々の音。体に伝わるひんやりとした感覚。
「生きて……る……?」
まさか、そんな。だって、あの時確かに僕は死んだのだ。電車に飛び込んで、無事なはずがない。まだ鮮明に思い出すことが出来る。体中を打ち付けたあの痛みも、目の前に迫ってくる車輪の音も。
それなら、何故?
体を起こし辺りを見渡す。見覚えのない場所。荒れた部屋の様子や割れた窓ガラスを見る限り、どうやら廃墟のようだ。
「どうして……」
窓から吹き込んだ風に髪が揺れる。ふと、視界の端に何かちらついた。
それを掴もうと右手を上げたところで僕は動きを止めた。
「なん……だ、これ……」
右手の甲や腕に広がる奇妙な痣。身に覚えのない傷はよく出来るが、いくらなんでもこんな……。それに、死ぬ時にはこんな痣などなかったはずだ。
鏡。そんな単語が頭を過ぎる。僕はほとんど無意識に、鏡を探すために周りを見回し始めた。
部屋の奥に姿鏡を見つけ、慌てて駆け寄る。
「……っ」
どうやらこの痣は、腕だけではないらしい。顔、首、足……その痣は右側のほとんどに広がっている。
そして見慣れないものがもうひとつ。髪に結ばれた紫色の紐。こんなもの、つけていなかった。
「一体、どういうーー」
ずらした視線の先に、何かが書かれた紙を見つけた。それを手に取る。
「ようこそ、箱庭へ……」
“ようこそ箱庭へ。私はこの箱庭を作った神様。突然の事に戸惑っていることだろう。
ここは箱庭と呼ばれる場所。もう一度人生をやり直す場所。もう一度生きて、幸せになるための場所。
君たちには、一人ひとつ髪紐をつけさせてもらった。ここには死というものが存在しない。だがその髪紐を解いてしまうと、肉体が消滅してしまうから気をつけるように。そして体の痣だが、それは君が死んでしまった時に負った傷痕だ。この箱庭にいる者は全員、その髪紐と痣を持っている。
私は願っているよ。君達がもう一度人生をやり直せるように。今度こそ、幸せになれるように。”
「かみさまの……箱庭……」
僕はまだ……生きている……。
それがわかった途端、急に涙が出てきた。
トワに会いたくて、死んだのに。トワのいない世界なんていらない。彼がいないなら、生きていても意味なんて……。
その場に座り込んでいると、白い影が視界を横切る。顔を上げると、小さな白兎と目が合った。手を伸ばすと、手に頭を擦り寄せてきた。
「痛っ……」
手の平に痛みが走り、思わず手を引く。手の平には火傷のような傷。
……呪いだ。呪いがまだ、生きている。
やっぱり……生きてるんだ、僕。
「箱庭……か……」
……トワも、ここにいるのかな。もう一度、会えるかな。
それなら、もう少しだけ、生きてみよう。
かみさまの言った通り、もう一度やり直そう。
今度こそ、幸せになるために。