? 登場人物 ¿
セツナ
トワ
青い月が出た。
廃墟の窓から覗く不思議な月を見詰め、セツナは溜め息をついた。そのまま壁を背に凭れるようにしてその場に座り込む。
もう何度目になるのかわからない1人きりの夜。膝を抱えたセツナは、自身の膝に額を当て再び溜め息をつく。
「……寂しい」
小さな呟きは、誰もいない廃れた部屋の中に溶ける。膝に乗せた腕に顔を埋めたセツナだが、程なくしてぴくりと肩を震わせ顔を上げた。
小さい頃から森で生活をしていたからか、彼は目も耳も良い。だから、小さな足音でもそれなりに聞き取る事が出来た。
「誰か来た……」
音を立てないように体制を変えると、そっと窓から外を覗く。
一瞬、セツナは呼吸を止めた。彼の視線の先には、1人の少年。
何かを探すようにキョロキョロと辺りを見回す少年。淡黄蘗色の髪が月の光を受けてキラキラと光る。
少年の口が僅かに動く。その口から紡がれるはずのない言葉に、セツナは思わず声を漏らした。
その声に少年は動きを止め、セツナの方へと視線を向ける。
「……セツナ?」
セツナは口を塞ぎ後退る。混乱する頭を必死に働かせ、今の状況を理解しようと努める。
彼ーートワは、セツナのことを知らないはずだった。彼にとってセツナは、ここに来てから初めて会った他人なのだ。
それなのに、なぜ。彼の口から、「セツナ」という名前が出るのだろうか。
「……っ」
こちらへと歩み寄って来るトワに、反射的にセツナはその場から逃げ出そうとする。
「待って、逃げないで、セツナ!」
慌てたような声にセツナは動きを止め、恐る恐るトワへと視線を向けた。窓を乗り越えて室内へと踏み入れたトワが、そんな彼へと抱き着く。その勢いに負け、2人揃ってその場に倒れ込んだ。
「と、トワ……っ」
「セツナ……会いたかった……」
セツナを抱き締めたまま、トワは小さく呟く。
「大きくなったね、セツナ……もう俺より大きいんだもん」
体を起こし、ぎこちない笑みを浮かべるトワ。
一方セツナは未だ状況を飲み込めずに、呆然としながらトワを見詰めている。そんな彼を見て、トワは思わずクスリと笑みを溢した。
徐ろにすっと手を上げると、セツナの頬へと触れる。
「ね、何か気付かない?」
何を、と問おうと口を開いたセツナはあることに気付いてその口を閉じた。
痛くない。大好きなトワが傍にいるのに、傷が出来ないのだ。
呪いが……消えている。
「どうして……」
「俺にもわからないんだ。……でも、もしかしたら」
途中で言葉を切り、トワは窓へと視線を移す。セツナもそれに倣い窓へ目を向けた。
窓の外には、青い月。
「あの月が……呪いを……?」
「わからない。でも、綺麗だよね。青い月なんて、初めて見たなぁ」
窓から再度、セツナへと視線を戻すトワ。セツナもトワへ視線を移す。
俺ね、とトワが口を開いた。
「セツナに謝らなきゃいけないことがあるんだ」
「謝らなきゃ……いけないこと……?」
「うん。……俺、セツナを一人にした。大切なのに。ごめんね……謝っても、許されることじゃないけど…」
俯きがちに言うトワの頬をセツナが両手で包む。驚いたように目を丸くするトワに、セツナは微笑み口を開く。
「ううん、謝らなくていいんだよ。トワは悪くない。仕方なかった。だって、呪いのせいなんでしょ? トワは悪くない……それに僕、怒ってないよ? だって、トワのこと大好きだもん。ずっと会いたかった」
「……っ」
にこりと笑うセツナから、トワは視線を逸らす。
彼のこの笑顔が、昔から眩しかった。自分には出来ない笑顔。眩しくて、見ていると苦しい。でもーー大好きだった。
「そ、か。……ありがと、セツナ」
ぎこちなく笑い、トワはセツナの頭を撫でた。嬉しそうにセツナが笑う。
「ふぁ……」
「眠い?」
小さな欠伸をし目を擦るセツナにトワが問いかける。頷くと、また小さく欠伸をする。
「眠かったら寝て?」
「うん……ねぇ、トワ。昔みたいに手繋いで寝てもいい……?」
壁に凭れ、遠慮がちに首を傾げるセツナ。いいよ、と差し出されたトワの手を握りそのまま目を閉じる。おやすみなさいという言葉の後、程なくして規則正しい寝息が響き始めた。
「おやすみ……セツナ」
次の日の朝。目を覚ましたセツナの横には誰の姿もなく、右手の甲には小さな傷が残っていた。