? 登場人物 ¿
メリー・ゴーラ
東谷英介さん【宮崎五十鈴さんのお宅の子】
トリップした時の話。
懺悔しろ、という知らない声が聞こえた。
真っ暗で何も見えない。目隠しを外してほしいとお願いをすると、黙れ犯罪者とだけ返ってきた。
大人は嫌い。いつも意地悪ばかりする。
首に何かかけられているけれど、これは何だろう。手も縛られているし、確認することはできない。
でも、なんとなく、私はここで死ぬのかなと思った。そしてそれならそれでいいか、と。
何も見えないまま死ぬのは、ちょっとだけ嫌だけど。でも見えちゃったら、それはそれで怖くなるかもしれないけど。
観念して目を閉じる。閉じてから、そういえば目隠しをされていたのだと思い出した。
「早く懺悔の言葉を述べたらどうなんだ、犯罪者」
急かすように言われた言葉に、ため息が出た。本当にうるさい人達。
懺悔、か。別に懺悔するようなことも無いのだけど……。
そうだな、この人達が一番望んでいる言葉はきっと――。
口を開いた途端、誰かに後ろから突き飛ばされた。
前のめりに倒れ、ゴロゴロと数回転がった。何かにぶつかってようやく動きが止まる。
「いっ……たぁ……」
思い切りぶつけた頭がズキズキと痛む。そこを擦りながら、恐る恐る目を開けた。今ので目隠しが外れてしまったのか、目を開けると目の前には空が広がっていた。
「え?」
空?
どうして空が見えるのだろう。先程まで、自分は刑務所にいたはずなのに。
まさか森に捨てられたのかとも考えたけれど、その考えはないと頭を振った。だって、大人達が言ってた。私は死刑になるのだと。
それなら、ここは……どこ?
「天国……じゃ、ないよね……私悪い子だし。でも、地獄でもなさそう。……夢?」
でもぶつけた所は痛い。本当に、何なんだろうここは。
立ち上がって服についた土を払う。払おうとして、服が結構汚れていることに気付いた。
いつも出歩いていたのは夜中だし、刑務所も薄暗かったからあまり気にならなかった。でも明るい場所で見ると、かなり血で汚れてしまっていた。
でも、これ以外に着替えはないし……仕方ないよね。
周りを見てみると、少し斜面を下りたところに小道が見えた。とりあえずその道へとおりてみる。
右を見ても左を見ても、同じような道が続いている。どっちに行こうかな。
「……あ」
看板だ。木で出来た小さな看板。近寄って見てみる。
「リュ……リューン? 町の名前かしら」
他には何も書いていない。とりあえずこのリューンって所に行けば何かわかる……のかな。
「歩いて行ける距離ならばいいけれど……」
永遠に続いているんじゃないかと思ってしまうほど先の見えない小道に不安になるが、じっとしていてもしょうがないので歩き始めた。
· · ·
「……疲れた……」
どれだけ歩いたろう。一向に見えてこない町にそろそろ心が折れそうだ。
本当にこっちで合っているのかな……。あの看板、なんだか脆そうだったし、向きが変わってたりしないよね……。
普段長距離を歩いたりしないからだろうか、脚も痛くなってきた。
ふと、声が聞こえて足を止める。子どもの声ともう1人……男の人……?
「パパー、疲れたー」
「リューンまでもう少しだから頑張れ。帰ったらママが美味しいご飯を用意して待ってるよ」
「ほんと!? じゃあ僕頑張って歩く!」
木の影に隠れてその場をやり過ごす。親子連れのようだ。
……仲が良さそう。手なんか繋いで。あの子、パパが大好きなのね。
「……かわいそう」
すぐ、傷つけられる日がくるだろうに。私が助けてあげられたら良かったのだけど……。
……そういえば、リューンまでもう少しって言っていたっけ。道はこっちで合っていたみたいだ。
「でも、もう少しってどれくらいなのかしら」
まだ森は続いていそうだし、リューンって村か何かなのだろうか。それならそれで都合は良いのだけど。
あまり人がいる所には行きたくないし。
親子の姿が見えなくなったあたりでもう一度小道に戻る。脚は痛むけれど、まだ歩ける。
リューンに行こう。
· · ·
「……」
少し森が開けてきた所まで来て、私は再び足を止めた。目下に広がる、城壁に囲まれた大きな街。
リューンって……こんなに大きな街だったのね……。
さすがに引き返そうかと考えた。あれだけ大きな街になんて踏み入れたことがない。でも、引き返す所もないことに気付いてしまった。引き返そうが、進もうが。今の私に行くところなんてない。
「……一人ってこんなに寂しかったかな……」
いつも隣にいて、何かする度に相談に乗ってくれていた彼を思い出して余計に寂しくなった。どうしようか、なんて試しに問い掛けてみたけどやっぱり返事はない。
『行くしかないでしょ』
頭の中で声が聞こえた気がした。
そう、行くしかない。行くしかないんだ。
覚悟を決め、街の入り口へと向かった。
大きな街だからか、いろんな人がいた。それでも、やはり自分はとても異質なんだろう。すれ違う人たちがみんな、私の脚を見ている。
もう開き直ってしまおうと、あえて堂々と歩いてみた。数メートルでやめたけれど。
やっぱり何度感じても、あの視線は慣れないらしい。
「街に来たら何かわかるかと思ったけど……」
わかったことといえば、ここが『貿易都市リューン』という場所だということくらいだった。誰かに聞かないと、やっぱりわからないか……。
通行の邪魔にならないように壁際に寄り、これからどうしようかと考える。お金も、住むところもない。これって、相当まずい状況なんじゃないかな……。
考えている途中で、小さな女の子が目の前を走って行った。自然と目がその子を追う。
走っていた女の子が石に躓いた。気がついたら体が動いていた。転びそうになったその子の腕を掴み、自分の方へと引っ張る。ぽすっと腕の中に女の子が収まる。
「怪我はない? 走ったら危ないわよ」
腕の中で目を丸くして見上げてくる女の子。ああ、やっぱり子どもはかわいい。
「ママか、パパはいないの?」
質問をすると、その子はうーんと首を傾げた。かわいい。エメラルドみたいな瞳がキラキラしている。なんてかわいいの。
一緒に探そうか、と言いかけたところでバシッという音が響いた。少し遅れて左手がズキズキと痛み始める。
何が起こったのかわからなかった。気づくと、目の前には女の子を庇うように抱く女の人がいた。私を睨んでいる。
しばらくして、その人に手を払われたのだと気付いた。
女の人は子どもを抱いて、一歩一歩私から距離をとっていく。気付くと、周りにも人が集まってきていた。
みんなが私を見て何やらヒソヒソと話をしている。辛うじて誰かが発したキメラという言葉だけが聞き取れた。
早くこの場から離れたくて、逃げるように走り出した。
どこをどう走ったのか覚えていない。でも気づいた時には、人のいない路地裏みたいな場所に立っていた。
息が切れて苦しい。脚が痛い。
服が汚れるのも構わず、その場に座り込んだ。
「……もう、嫌だ……」
ぽつりと弱音を吐いたら、次から次へと弱音が出てきてしまった。
「お腹空いた……脚が痛い……もう歩けない……帰りたい、よ……」
でも、帰るって、どこに。言葉にしてから、帰る場所なんてないと思い知る。
知らない場所でひとりぼっち。帰る場所も、頼れる人もいない。
心が折れた。
「……ぅぅ……」
視界が揺れる。ああ、ダメだ。このままだと泣いちゃう。
「ねぇ、君大丈夫?」
突然、声をかけられ、心臓が口から飛び出るんじゃないかってくらいびっくりした。
顔を上げると、目の前で男の人がしゃがんで私を見ていた。青い髪に、青い目。前に絵本で見た、海みたいな色をした人。
首を傾げると、その人も同じように首を傾げた。何、この人……。
「服に血がついてる……どこか怪我してるの?」
男の人がすっと手を上げる。
殴られる、と思った。
「さ、触らないで!」
思ってたより大きな声が出てしまい、自分でも驚いてしまった。目の前の人も、目を丸くして固まっている。
怒る、だろうか。……叩かれるのは、嫌だな。
でもその人は、困ったように眉を下げただけで何もしてはこなかった。どこかへ行くわけでもなく、私の前にしゃがんでいる。
「ねぇ、俺と一緒に来ない? 怪我してるなら診てくれる人もいるしさ。怖いことしないよ、ね?」
首を少し傾げながらその人は言った。優しそう……と、いうよりどこか子どものような雰囲気をした人だった。
でも、だからといって信じられるわけではない。怖いことをしないと言って、本当にしなかった人なんていないもの。大人はみんなそう。
「ねぇ、俺と行こう?」
「……行かない」
「えー、どうして?」
「大人は嫌いなの。どこかへ行ってよ」
「うーん……ごめんね。でも、君が心配なんだよ」
「そんな言葉に騙されないから。それに、私といたらあなたまで変な目で見られるわよ」
私の言ったことを理解していないのか、彼はきょとんとする。サファイアみたいな目を丸くして、どうして、なんて聞いてきた。
ふざけているのかとも思ったけど、そうではないらしい。本当にわからない様子の彼に、少しだけイライラした。自分の脚を、変だと自分で言うのは本当に嫌いなのに。
「見てわかるでしょ。私の脚。ここでも私みたいなのは嫌われるんでしょう? だから放っておいて」
「え? どうして? 君の脚、綺麗だと思うよ」
今度は私が目を丸くする番だった。綺麗……私の脚が?
いや、綺麗なのは確かなんだけれど。それを理解してくれる人なんて今まで誰もいなかった。
じっと彼の目を見つめる。嘘をついているようには見えなかった。
どうしよう……信じてみても、いいんだろうか。
「……本当に、怖いことしない?」
「え、うん。もちろんしないよ」
優しそうに笑って頷く。その答えに、行くと返すと手を差し出された。さっき、私が触らないでと言ったことを気にしてくれているのだろうか。
少し躊躇った後、そっと彼の手を取ったところで空っぽだったお腹が弱々しく鳴いた。どうやら彼にも聞こえてしまったらしく、小さく笑われた。
恥ずかしい……もうお嫁に行けないわ……。
「お腹、空いてたんだね。何か食べようか。あ、俺は東谷英介っていうんだ。英介でいいよ。君の名前、教えて?」
「私は、メリー……メリー・ゴーラ、よ。メリーでいいわ、英介」
私が名乗ると、彼はよろしくねと優しそうに笑った。