? 登場人物 ¿

メリー・ゴーラ
へデラ

東谷英介さん【宮崎五十鈴さんのお宅の子】
ロキ君【月野さんのお宅の子】




妙なものに好かれた話。







 ざわざわと、木が揺れる音がした。重たい瞼を持ち上げ、数度瞬きをする。どうやら眠っていたようだ。
 辺りを見回したメリーは、ゆったりとした動作で首を捻る。ここはどこだろう。
 周りを見ても広がっているのは森。でも、なんとなく見覚えがあるような気がした。

「……ここ」

 メンバーの1人であるロキが体調を崩した時、メリーが綺麗な水を求めてやってきた森だ。いつの間にこんな所まで来てしまったんだろう。
 どうにも自分には、1人でいる時の記憶を忘れてしまう癖があるらしい。昔からそうなんだ、とメリーは額に手を当て息を吐いた。記憶にあるものより随分と低くなってしまった体温が、少しだけ心地好い。

「帰らなきゃ」

 立ち上がろうとしたメリーは、脚の上に乗っている重みに動きを止めた。そろそろと自身の脚へ視線を向ける。
 真っ白なうさぎが、脚の上に頭を乗せて寝息を立てていた。

「うさぎ……」

 普通のうさぎと比べるとだいぶ大柄な白うさぎ。おろそうとして手が触れると、うさぎの耳がぴくりと動いた。
 そろそろと持ち上げられた瞼の奥から、夜空のような紺色の瞳が覗く。うさぎはしばらくメリーを見つめた後、嬉しそうに目を細めた。

『起きたんだね』
「えっ……」

  ぐーっと伸びをしているうさぎを見つめ、メリーはぽかんと口を開く。それに気付いたうさぎが首をこてんと傾げた。

『どうしたの?』
「……すごい……すごい、うさぎさんが喋った!」
『え、うさぎ……君にはボクがうさぎに見えるの?』

 目をキラキラとさせているメリーにうさぎは耳をピンと立てて目を丸くした。そうして、ううんと唸りながら首を捻る。

「私メリーって言うの! うさぎさんのお名前は?」
『ボクはへデラ。……あ、あのね、メリー、お願いがあるんだけど……』
「あら、なぁに?」

 へデラはもじもじと視線を泳がせる。

『ボクと、友達になってほしいんだ!』

 緊張した面持ちで、勢いよく言われた言葉にメリーの目が丸くなる。なかなか返ってこない返答に、へデラの耳がしゅんと垂れ下がる。だめかな、という問いにメリーは首を振った。

「いいえ、ダメじゃないわ。お友達になりましょう!」

 メリーの言葉に、へデラの表情がぱぁと晴れる。嬉しそうに耳を上下させその場でぴょんぴょんと飛び跳ねた。

『やった、やったぁ! メリーとお友達になれた! ボクずっとメリーと一緒に遊びたかったんだ!』
「え? 私、あなたと会ったことあるかしら?」

 記憶を辿ってみる。誰かと一緒に何かした記憶ならほとんど覚えているはずなのだが思い出せない。
 忘れてしまったらしい彼女の様子に、へデラはえー! と声をあげる。

『ひどいよメリー! 前にボクを助けてくれたの忘れちゃったのー!?』
「ごめんなさい……」
『もー、メリーは忘れんぼさんなんだなー』

 くすくすと笑われるが、事実なので何も言い返せない。口を結びバツが悪そうに目を逸らすが、そうだ! という声で再び視線をへデラへと戻す。

『ねぇ、少しだけ目を瞑ってて?』
「……? ええ、わかったわ」

 言われた遠り、目を閉じる。数秒するともういいよーというへデラの言葉に目を開ける。

 目の前に白うさぎは居らず、代わりに立っていたのは美しい白髪をした少年だった。

『えへへ……どうかな? メリーとお揃いの人間の姿だよ!』

 へデラはその場でくるりと回ってみせた。纏っている薄い赤の服がふわりと揺れる。
 お揃い、という言葉にメリーの目は無意識にへデラの足へと向いた。裸足のまま草地の上に立っている姿を見て、僅かにメリーの目が歪む。お揃いでも、やはり人間の足なのか。

『メリーのキレイな脚は再現できなかったや……。いいなぁ、ボク、メリーみたいなキレイな脚好き』

 脚を褒められ、メリーは少し得意げに鼻を鳴らした。立ち上がって、へデラの真似をしてその場でくるりと回ってみせる。

「仕方ないわ、だってこの脚は私だけの特別なものだもの」

 目を細めて微笑むメリーに、へデラは目を輝かせる。そうして、何かを思いついたようにメリーの手を握るとぐいと引っ張った。

『ねぇ、メリー、目を閉じてボクについてきて!』
「あら、目を閉じてたら前が見えないわ」
『だーいじょうぶ、ボクが手を引くから!』

 少し考えた後、頷き目を閉じる。見えてない? というへデラの問いに見えていないことを告げると、そのまま手を引いて歩き出した。










『はい、目開けて!』

 どれだけ歩いただろうか。足を止めたへデラの声に、メリーは目を開ける。飛び込んできた光に眩しそうに目を細めるが、すぐにその目を丸くさせた。
 数歩先の崖下から広がる真っ青な湖。光が湖面に反射し、キラキラと輝いている。

「綺麗……」
『へへ、でしょ? ここ、ボクのお気に入りなんだぁ』

 崖の縁に立ったメリーはそこから湖を覗き込む。所々から植物の枝のようなものを確認できるが水底は見えない。随分深いらしい。
 英介の目の色だ、と思った。ずっと海の色だと思っていたが、もしかしたら彼の目は水の色なのかもしれない。

 水の中の景色って、すごく綺麗なんだよ。見せてあげたいなぁ。

 ふと、彼の言っていた言葉を思い出す。メリーの表情が、少しだけ曇った。それを見たへデラが彼女の手を握る。

『どうしたの、メリー。湖は嫌い?』
「いいえ。好きよ。ただ、ちょっとお友達の言葉を思い出したの。水の中の景色は、とても綺麗なんですって。……見てみたかったな、って」

 嬉しそうに、楽しそうにその景色について話してくれた英介。そして、それを見せられないことをとても残念そうにしていた。
 それを見て、彼女は少しだけ胸を痛めた。それほど綺麗なものなら見てみたかったから。そして何より、彼の言っていることを理解してあげられないことがもどかしかった。
 彼女の脚では、泳ぐことができない。だからどれほど願っても、それを見ることは叶わない。それが悔しかったのだ。
 初めて、自身の馬の脚を恨めしく思った程に。

『泳ぐ? ここの水は綺麗だから、飲み込んでも平気だよ』

 首を傾げながら問うへデラに、メリーは首を振って答える。顔を上げると、へデラの頭を撫でた。

「私泳げないし、そろそろ帰らないと……みんなが心配するわ」

 メリーの言葉に、へデラがぴくりと反応する。頭を撫でている手を掴むと、ぎゅっと強く握った。
 へデラの纏う空気が変わったことに気付いたメリーが、怪訝そうに眉を寄せる。

『……帰らないで、メリー』
「だめよ、帰らなきゃ」
『嫌だ』

 だめ、嫌だ、帰らないと、帰らないで。そんなやり取りを何度も繰り返し、メリーはため息をついた。これでは拉致があかない。

『ねぇ、メリー。アイビーの花言葉って知ってる?』
「え?……ええと、確か、友情とか結婚……だったかしら」
『すごい、メリーは物知りだなぁ。……でもね、もう1つあるんだよ』

 へデラがメリーの手を強く引く。ふわりと2人の身体が宙に舞った。

『アイビー……へデラの花言葉はね、死んでも離れない』

 2人が落ちた水面が、派手な音を立てて飛沫を上げた。
 強く叩きつけられた衝撃で意識が朦朧とする。落ちそうになる意識の中で、メリーの目が水面の光を捉えた。

「(……ああ……本当……すごく、綺麗ね、英介……)」

 キラキラと青く輝く光。だが、そこにじわりと広がる赤色があった。
 枝に引っ掛けてどこか切ったのか、それが自分の血なのか一緒に落ちたへデラのものなのかはわからない。
 でも、メリーはそれを邪魔だなと思った。

 まるで、水の色をした彼の瞳に映る自分のようだ。

「(……変なの……)」

 水雪の髪の色や、ロキの瞳の色を悪く思ったことはなかった。むしろ、彼女たちの赤色を綺麗だとすら思っていたのだ。
 それでもメリーは、自分が赤い色を纏うと途端にそれを嫌ってしまう。やっぱり赤色は嫌いなんだな、と目を細めた。

 息ができなくて苦しい。このまま死ぬんだろうか。
 死んだらどうなるんだろう。不思議と怖くはない。ああ、でも。

「(みんなといられなくなるのは……ちょっと、やだな)」

 もう、もがく力も残っていない。
 意識が落ちる直前、誰かがメリーの手を引いた気がした。















「メリー! リーダー!」

 意識を失ったメリーを抱え、岸へと泳ぎ着いた英介は駆け寄ってきたロキへと彼女の体を向けた。「ごめん、ロキくん、ちょっと手伝って」という頼みに、ロキはメリーの腕を掴んだ。
 2人がかりでメリーのことを岸へと引き上げ、彼女を横たえる。

「英介……メリー、息……」
「大丈夫。……大丈夫だから、ロキくんは怪我の方見てくれる?」

 大丈夫、まだ、生きている。絶対に死なせたりしない。
 だが、蘇生を試みようとする英介の動きは突如響いてきた声に止められた。

『可哀想なメリー』
「……!?」

 脳内に直接響くような声に、英介は勢いよく顔を上げた。それに傷の手当をしていたロキがビクリと肩を揺らす。

「ど、どうしたの?」
「……え? 聞こえないの?」

 どうやら声が聞こえているのは英介だけらしく、ロキは困惑気味に彼を見つめるだけだ。子供のようなその声は、もう一度『可哀想』と呟く。
 声の主を探そうとするが、メリーを蘇生する方が先だと頭を振る。

『君のせいだよ』

 その声で、周りがふっと暗くなる。黒い空間に立つ白銀の一角獣。
 深い海のような瞳に見つめられ、英介は動けなくなる。

『メリーが溺れたのは、君のせいだ』
「な、なんで俺の……」
『水の中の景色は綺麗』

 英介の言葉を遮るように声が重なる。

『メリーにそう言ったのは、君でしょ』

 それは確かに自分が言った言葉だった。彼女に瞳の色が海の色だと言われた時に、話の流れでそんな事を言ったのだ。
 一角獣が1歩、前へ歩み寄る。対する英介は1歩足を引いた。

『可哀想なメリー。よっぽどそれを見たかったんだね。だから飛び込んだんだよ』

 英介の目が見開かれる。
 自分のせいで、メリーが飛び込んだ? 

 もう一歩、一角獣が踏み出す。

『きっと苦しかったと思うよ。君があんなことを言わなければ、飛び込まずに済んだのに』

 1歩、1歩と歩み寄ってくる一角獣。感情の読めない双眸に見つめられ、英介は動けずに立ちすくむ。
 僅かに息を乱した英介の瞳が揺れる。

 ねぇ、と声が響いた。





「英介!」

 名前を呼ばれ、はっと我に返る。空色の瞳が心配そうに英介を見つめていた。
 揺れる視界の中に映るその瞳に、水中から見た空が重なる。

「英介、泣かないで。どうしたの?」

 もう一度名前を呼ばれた英介が思い切りメリーを抱きしめた。驚いたメリーが目を丸くする。

「メリー……! 良かった……」
「心配かけてごめんなさい。でも、どうしてここがわかったの?」
「メリーの様子がおかしいって、ロキくんから聞いて」

 メリーを離した英介はロキへと視線を向けた。
 ロキはこくんと頷き、メリーを見る。

「宿を出る時のメリー、何か変だったからリーダーと探してたんだ。町で聞いたら、森の方へ歩いて行くのを見たって人がいて。……ねぇ、メリー。どうしてあんなことしたの?」

 責めるような視線に、メリーは目を逸らす。嘘はつきたくない。でも、ありのままを話すことも――。
 そこでメリーは、一緒に落ちたへデラの事を思いだした。
 そうだ、彼は無事なのだろうか。
 辺りを見回したメリーの目が、少し離れた所に立っているへデラの姿を捉える。濡れた様子がない事を確認すると、ほっとしたように息をついた。よかった、ちゃんと無事らしい。

『……なんで』

 ぎゅっと服の裾を掴み、へデラは3人を睨みつける。
 様子のおかしいへデラに声を掛けようとしたメリーを、ロキが制した。危険だと判断したのだろう。

『なんでさ、メリー! ボクなら君を傷つけたりしないし、ずっと一緒にいられるのに……なんでボクじゃダメなの!』

 叫ぶように言うへデラに、メリーはきょとんとする。何のことを言っているのだろうか。
 ポロポロと零れる涙を腕で拭いながらへデラは泣きじゃくる。その様子に困ったように眉を下げたメリーは、ふらりと立ち上がって彼の元へと歩み寄った。

「泣かないで、へデラ。お願い」
『嫌だ……帰らないで、メリー……ボク、メリーが好きなんだ……だからお願い、ここにいて……』
「ごめんなさい……それは出来ないの」
『なんで……? ボクのこと、嫌いなの……?』

 メリーが首を横に振る。ならどうして、と服を掴んでくるへデラにメリーは目を細めた。そうして、離れて様子を伺っている2人へと視線を遣る。

「私の帰る場所は、みんなの所だから。だからここにはいられないの。わかって、へデラ」

 うー、と唸り未だ納得しきれない様子に苦笑する。すると徐に彼を抱き締めた。突然抱きしめられたことにへデラは目を丸くした。

「あなたはお友達。あの二人もね、私の大切なお友達なの。……私、お友達の事は大好きよ。だからまた遊びに来るから」
『……本当に? でもメリー、忘れんぼさんだからまた忘れちゃうよ……』
「あら、そしたらまたあなたが迎えに来てくれるでしょう?」

 メリーの言葉に、へデラは不思議そうに首を傾げた。

「私、思い出したの。あの日、ロキにあげる綺麗な水を探してここに来た日に罠にかかっていたユニコーン。あれ、へデラでしょ?」
『思い出してくれたの……?』

 こくんと頷いて、メリーは自分の胸元で結んでいたリボンを外すとへデラの頭に結んだ。少し不格好に結ばれたそのリボンに触れて、へデラは再び首を傾げる。

「それ、あげるわ。お友達の印。それを見たらすぐにへデラだってわかるでしょ?」

 微笑むメリーにつられ、へデラも笑みを浮かべる。そしてあっと声をあげると、小走りで英介へと駆け寄って頭を下げた。突然の行動に、英介が困惑してロキへと助けを求めるような視線を投げる。

『あの……さっきは、ごめんなさい。酷いこと言って』

 でも、という声と同時に顔を上げる。紺色の瞳がすっと細められた。

『メリーを泣かせたりしたら、次は本当に連れていくからね』

 じっと見つめられ、英介はこくこくと頷く。ロキへと視線を向けると、彼も同様頷いて返事を返した。

『それと、全部が嘘って訳じゃないよ』
「え?」
『水の中の景色をメリーが見たかったって言ってたのは本当だよ。だから、もし出来るなら見せてあげたらいいんじゃないかな。……出来るなら、だけどね』

 少しばかり意地悪くいう彼に、英介がぐっと押し黙る。そこまで気にさせてしまったのかと胸が痛んだ。
 今度はあっ! と響いてきたメリーの声に、3人の視線が彼女へと向く、

「い、たた……ごめんなさい、へデラ。私の血で湖の水を汚してしまったかもしれないわ……」

 傷を負った脇腹の辺りを押さえ、メリーはしゅんと項垂れる。一方きょとんとしていたへデラは、数秒遅れて笑い声をあげた。今度は笑われたメリーがきょとんと呆けた表情を浮かべる。

『大丈夫だよ。メリーの血は汚くないし。それに、ボク達ユニコーンは水を綺麗にするのが得意なんだ。だから、また綺麗な水が欲しくなったらここに来るといいよ』

 人の姿から一角獣の姿へと戻ったへデラがメリーの前へと歩み寄る。そしてメリーの前で跪くと、彼女を見上げるように頭を上げる。

『森の出口まで連れて行ってあげるよ。ボク、まだ子供だけど3人くらいなら乗せられるし、メリーそのまま歩くの辛いでしょ? それに今から歩いていったら夜になっちゃうよ』

 日も傾いてきているので、確かにこのまま歩いて行けば町に着くのは夜だろう。いや、手負いのメリーがいてはもっとかかるかもしれない。
 あまり遅くなればみんなを心配させてしまうと、3人はへデラの好意に甘えることにした。










『ここからなら、リューンまでそんなにかからないと思うよ』

 メリー達を森の出口で降ろしたへデラへ、3人は各々に礼を述べ町へと歩きだした。最後に振り返り「またねー!」と手を振るメリーを見たへデラの目が、何かを堪えるように歪む。
 小さくなる背中を見つめる彼の傍らに、少女が歩み寄ってきた。

「いいの? 帰しちゃって」
『……また来てくれるって言ってたからいいんだよ』
「へぇぇ健気ぇ。一角獣って気性が荒いはずなのに、お前は随分と優しいのねぇ」

 クスクスと笑う彼女をへデラが睨みつける。空色の瞳の中に、彼の紺色の瞳が映りこんだ。

『……言っておくけど、次メリーをいじめたら許さないよ』
「メリーちゃん以外ならいいってこと?」
『いじめたらメリーが悲しむだろ。ダメ。……てかその格好やめてよ。あの子はそんなんじゃない』

 前脚を振り上げ少女を踏みつけようとするがあっさりとかわされた。
 もう見えなくなってしまった3人の歩いて行った方を眺め、少女は楽しそうに笑う。

「……東谷英介、ねぇ。真っ直ぐで、純粋。まさに“光”が合うような子ね」

 赤いワンピースが揺れる。何かを企むような少女の声は、闇に呑まれ始めた森の中に静かに溶けていった。

 





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