? 登場人物 ¿

メリー・ゴーラ

東谷英介(?)さん【宮崎五十鈴さんのお宅の子】
ロキ君【月野さんのお宅の子】




心を乱す魔女二戦目。








「うう……もう1枚なにか着てくれば良かったかしら……」
 冷たい夜風に身を震わせながらメリーは呟く。十分厚着してきたつもりではあったが、夜道を歩くのにはまだ足りなかったようだ。
 空を見上げながら跳ねるようにして道を歩く。その度にコツン、コツンと蹄が石畳を叩く音が響いた。
「……似てるなぁ」
 かつて自分が生まれ育った町を思い浮かべながら、メリーは目を閉じた。あの町だけは、嫌いじゃなかった。町だけは、だが。
「やぁ、メリーちゃん」
 だが、突如かけられた声にメリーは目を開いた。視線を空から声の主へと向けて、数度瞬きをする。
「……? 英介、どうしたの?」
 見知った顔にメリーは首を傾げながら問いかけた。問いを受け、英介と呼ばれた男は蒼い目を細める。
「どうしたの、は俺のセリフだよ。こんな夜更けに出歩いたら危ないよ? 悪い人に捕まっちゃうかも」
 ニコニコと笑みを浮かべながら言う英介に歩み寄ったメリーは、じっとその顔を見つめる。どうしたのと問おうとした英介は、しかしその言葉を言い終わらないうちに何かを察して後ろへと飛び退いた。
 空ぶった横蹴りに、小さな舌打ちがメリーの口から漏れる。
「あっぶなー……酷いなぁ、突然何するのさー」
「うるさい。あなた誰なの? 英介じゃないわ」
 睨みながら低く言い放つメリーに、英介は目を丸めきょとんとする。だがしばらくすると楽しそうに目を細め、笑い声をあげた。
「へぇ、すごいねメリーちゃん。どうしてわかったの? 結構自信あったんだけどねぇ」
 手を後ろに組みながらクスクスと楽しそうに笑うその姿に、メリーの脳裏にはある人物が思い浮かんだ。
 以前、メリーの記憶を盗み見、心を踏みにじった魔女。恐らく、その時の彼女だろう。
「あなたも執拗いのね。執拗い女は嫌われるのよ」
「嫌われ者同士仲良くしようよ?」
「私は嫌われ者じゃないわ」
 えー? と魔女が両手を広げくるりと回る。ふわりと広がる黒髪と、身の丈に合わない白衣。持ち上げられた瞼の奥から、ルビーのような瞳が覗く。
「メリーちゃん嫌われ者……おっと」
 魔女の言葉は、突如飛んできたノコギリによって遮られた。白衣を掠ったノコギリは、そのまま派手な音を鳴らして石畳を跳ねる。当たらなかった事に対する苛立ちか、メリーはギリッと歯噛みした。
「危ないなぁもう」
「ロキの姿と声で喋らないで」
「だって楽しいんだもん。それよりさぁ、人に向かってノコギリ投げちゃいけないって、パパとママに習わなかったの?」
 パパとママという言葉にメリーが押し黙る。それを見た魔女があはっ、と声をあげる。
「あ、そっかぁ。メリーちゃんはパパとママを殺しちゃったから教えてもらえなかったんだね!」
 これは本人じゃない。魔女の見せている幻覚なのだと自身に言い聞かせても、その声と姿で言葉を紡がれる度にメリーの心が揺らぐ。
 それすらも見抜いたのか、ルビーの目がすっと細められた。
「本当にこの少年のことが好きなんだねぇ。たくさん子どもを殺した人殺しのくせに、この子を守りたいと思ってるの? あはは、やっぱりメリーちゃんは面白いね。そうだ! 今度はこの少年で遊ぼう――」
「うるさいッ!!」
 飛びかかったメリーの攻撃も、魔女は難なく躱した。空を切った蹄が壁を叩く。
「ロキに手を出してみなさい……どんな手を使ってでもお前を殺す。英介にも、他のみんなにも近づいたら許さないから……」
「おー、こわ。さすが人殺し。やっぱり人を殺すことなんてなんとも思わないんだ? そうだよねぇ、パパもママも赤ん坊すら殺す子だもんねぇ?」
「うるさい! それ以上ロキの声で喋るなッ!!」
 メリーはもう一度、地を蹴って回し蹴りを喰らわそうとする。それを魔女は上へと飛んで避けようとした。
 だがメリーは見逃さなかった。ふわりと広がった白衣の裾を掴み、そのまま地面へと引き倒す。
 やっと捕まえた。
「ああ、そうだ。今、この場で殺してしまえば……」
 脚を持ち上げたメリーと、地面に倒れた魔女の目が合う。僅かに歪められた瞳に、メリーの動きが止まった。
「痛いよ……メリー……」
「……っ」
 躊躇してしまったメリーに、魔女は口角を上げる。ああ、やはりこの玩具は簡単に揺らいでくれる。
 動きが止まった隙に起き上がると、白衣の汚れを払いながら魔女がくつくつと笑った。静かに脚を下ろしたメリーが、唇を噛み締めながら下を向く。
「メリーちゃんみたいに壊れやすい子、大好きだよ。ねぇ、ロキ君だっけ? この子も壊れてくれるかなぁ。どんな記憶や想いを見せてくれるんだろうねぇ。ねぇ?」
 歩み寄ってくる音が聞こえる。
 それ以上、大切な友達の声で喋るな。心を、覗くな。
「メリー」
「……っ、触らないで!」
 払った手が、たった今手を握ってきた少年の頬を叩いた。叩かれた勢いで少年はそのまま地面に転がる。
 その姿を見たメリーの瞳が、怯えたように揺れた。
「いっ……た……」
 白衣を着ていないロキが、叩かれた頬を押さえ体を起こす。何が起きたのかまだ理解出来ていないのか、不安げな目をメリーへと向けた。
「メリー……なんで……?」
「あ、ぁ……ち、違う……違うのっ……ごめん、ごめんなさいロキ……! 私……なんてこと……っ………! ごめんなさい……っ」
 ロキの前に座り込み、必死で言葉を探しているメリーを見て魔女はクスリと笑った。そんな彼女へと、ロキが視線を向ける。
「……誰?」
 いつの間に姿を変えたのか、そこには老婆の姿があった。大事そうに水晶を抱えたその老婆は、はてと首を捻る。
「誰じゃろうのう。メリーちゃんの知り合いかのう?」
 曖昧に答え笑い声をあげる老婆をロキは訝しげに眉根を寄せた。そんな彼の様子を気に留めた様子もなく、メリーへと歩み寄った老婆は屈んで耳元へと口を寄せる。
「じゃあまたね、メリーちゃん。ロキ君に嫌われないといいね?」
 俯いたままのメリーの耳元で囁くと、老婆は闇へと姿を消す。それを黙って見ていたロキは、視線をメリーへと戻し目を丸めた。
「え、ちょ、どうしたのメリー? なんで泣いてるの?」
 ぽたぽたと服を濡らしていく雫に、ロキはどうしたらいいのかわからずオロオロとしだす。「どこか痛いの……? さっきの人にいじめられた?」という問いをメリーは首を振り否定した。
 消え入りそうな声で、ロキの名を呼ぶ。
「ごめん、なさい……私、ロキのこと叩こうと思ってやったんじゃないの……」
「え、あ、いや、いいよ。そりゃ驚いたし、ちょっと痛かったけど」
「……ごめん……叩いて、ごめんね……」
 顔を上げず小さく謝罪をくり返すメリーは、服の上で握りしめられた手を更に強く握る。微かに震える手に爪が食い込み、じわりと血が滲む。その手を、ロキが自分の手でそっと包んだ。
「大丈夫だよ、メリー。ボク別に怒ってないから。だからもう泣かないでよ。ボク、メリーが泣いてるの嫌だ」
「私のこと……嫌いにならないでくれる……?」
「ならないよ。だってメリーはボクの友達でしょ」
 自分たちのリーダーがいつもそうしているように、ロキが頭を撫でる。少し顔を上げたメリーの目が、彼の頬に留まった。先程、自分が叩いてしまったところが赤くなっている。
 まだ僅かに震えている手でそこに触れるとロキが目を細めた。
「メリーの手、冷たい」
「……ロキのほっぺも、冷たいわ」
「寒いからね。風邪ひきたくないし帰ろう、メリー」
 立ち上がったロキに差し出された手をとる。袖で涙を拭うと、よろよろと立ち上がった。
 メリーがちゃんと立ち上がったことを確認すると、ロキはその手を引いて歩く。その彼の背中を、メリーはじっと見つめた。

『人殺しのくせに』

 彼と同じ声で、姿で。魔女に言われた言葉が耳の奥で響く。自分が殺人犯だと知ったら、この子も同じように言うのだろうか。
 初めて守りたいと思った、まだ小さな子ども。壊すことしか出来なかった自分に、守れるだろうか。

 そんな考えを頭を振って振り払う。そうじゃない。

 守らなければ。
 人殺しでも、この手が血で汚れていても。
 絶対に守る。それでもう一度、死ぬことになっても。

 だって、大切な友達なのだから。









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