? 登場人物 ¿

メリー・ゴーラ
第四PTの少年




うちよそCWのお話。
この街には、心を乱す魔女がいるらしい。










 「お嬢ちゃん、綺麗な足をしているねぇ」
 人通りのほとんど無い路地を歩いていたメリーは、そんな言葉に足を止める。カツン、という小気味いい音が狭い路地に響いた。
 視線だけを声の主へと向ける。そこには水晶玉を大事そうに抱えた老婆の姿。
「ええ、そうでしょう。貴女の脚とは比べ物にならないわね」
 老婆を見つめたまま、メリーは目を細めそう言い放つ。
 どうせ、この脚を嗤うのだろう。そう思った彼女はその場を離れようと視線を老婆から外した。
 もう慣れてしまった周りの反応。この脚をかつて父と呼んでいた男につけてもらってから、数え切れないほど嘲笑され忌避されてきた。だからきっとこの老婆も同じなのだろうと思ったのだ。
 だが、立ち去ろうとしたメリーの足は老婆の言葉によって再び止められる。
「お嬢ちゃん、占いは信じるかい?」
「……占い?」
 今度は体ごと老婆の方を向く。観察するようにじっと老婆を見つめた。
 深く皺の刻まれた手で大事そうに抱えている水晶玉を撫でている。お嬢ちゃんのことを占ってあげよう、という言葉にメリーは怪訝そうに眉根を寄せた。
「私、お金持ってないもの」
「お金なんか要らないよ」
「そんなの信じられないわ。占いだって、どうせ当たらないんでしょう」
 メリーの言葉に老婆はクツクツと笑う。
「お前さん一度死んでるだろう? 痣が出ているよ」
 痣という言葉に、メリーは咄嗟に自分の首へと手をやった。その行動に老婆はまた笑い声をあげる。冗談さね、という言葉にメリーは自分が揶揄われたことに気付いた。不機嫌そうに首から手を下ろす。
「嘘をついちゃいけないのよ」
「ほほっ、死んだことは事実じゃったろう? しかし、首とはねぇ。自ら首を括ったのか、それとも……」
 笑みを浮かべたまま、ドレスから覗く馬の脚へと目を向けた。脚を見つめる老婆の視線にメリーは居心地が悪そうに身じろぐ。無意識にドレスを握った。
 小さく手招く老婆に吸い寄せられるように、メリーはゆっくりと彼女へと歩み寄る。


「魔女って長命でねぇ。ちょうど、退屈していたのよ」


 老婆の手がメリーの顔を掴むように迫ってくる。反射的に目を閉じた彼女は、しかしいつまで経っても何もされない事を不思議に思い恐る恐る目を開いた。
「……え?」
 メリーの目の前にはただただ、黒い空間が広がっていた。先程まで立っていた路地も、目の前にいた老婆も姿を消している。
 突然のことに呆然と目の前の空間を見つめていた彼女が、1歩脚を引いた。だがその動きはガコッと何かに当たる音と共に止められる。
「え、な、なにこれ」
 メリーの周りを囲むように置かれた木の柵。まるで裁判のような雰囲気に、彼女の瞳が不安げに揺れる。早鐘を打つ心臓を押さえるように胸に手を当てて俯いてしまう。
『見てよあの足、気持ち悪い……』
 ポツリと呟かれた言葉にメリーはばっと顔を上げた。目の前に立った、中年くらいの男女。見覚えがある。家から閉め出された時、彼女に声を掛けてくれた夫婦だ。
 馬の脚を指差し、蔑むような目でひそひそと話をしている。
『ご覧ください、彼女の異様な出で立ちを。フリルの裾から覗いているのは人の足ではなくなんと馬の脚です。まさに異形、モンスターを思わせる姿です! 果たしてあの脚は彼女の意志によって取り付けられたものなのか……はたまた何者かの思惑があったのか……。もしくは、彼女なりのパフォーマンスのつもりなのでしょうか?』
 夫婦の立っていた場所から、彼女を挟んだ向かい側。テレビカメラを構えた男と、マイクを握った男。そして数人の男女。彼らはかつてメリーのことを好き勝手に報道し、面白可笑しく囃し立てたのだ。
 メリーの息が僅かに乱れる。
 学校の教師、近所の家族、誰かの親、警察官、刑事、同年代の女の子。彼女と関わった事のある人達が歩み出てきて彼女を蔑み始める。
 気持ち悪い。異常者。人殺し。犯罪者。化け物。次々と投げかけられる言葉に、メリーは震える手で耳を塞ぐ。
『自慢の娘だった』
 罵声を飛ばしていた声がピタリと止み、静かな女性の声が響いた。その声を聞いた途端、メリーの目が零れんばかりに開かれる。
 ゆっくりと顔を上げたメリーの前に立つ、嫋やかな女性。その女性に手を引かれているのは馬の脚をした幼い少女。
「お……かあ、さん……」
『可愛くて可愛くて。どんなことがあってもこの子を守ろうと、愛し続けようと思っていたの。……愛し続けられると思っていた』
 でも、と言葉を続けた彼女は手を引いていた少女を突き放す。少女はその場に尻もちをつくと、自分を突き飛ばした女性をじっと見つめた。
『やっぱり私には無理だった』
 自身を見上げる少女を見ようともせず、彼女は言葉を続けた。
『こんなものを娘につけたあの人にも。そして何より、気持ち悪い脚をつけられて平気でいるこの子を愛することなんて出来なかった。だから私はあなたを捨てたの。新しい家族を作るためにね。でもそれで良かったのかもしれないわ。だって、以前よりずっと幸せですもの』
 晴れやかな顔で、穏やかに微笑む生みの母親。メリーの目から雫が落ちた。
 自分を捨てて良かった、幸せだと笑う彼女にメリーは何も言えなかった。ぽろぽろと零れていく涙を拭うこともせず、黙って目の前の女性を見つめている。
『捨てられて当然なのよ』
 尻もちをついていた少女が、別の女に腕を掴まれて立たされる。少女の顔が怯えたように強ばる。
 それと同時に、メリーもまた恐ろしいものを見るように息を呑んだ。口から小さく「ママ」という言葉が漏れる。
『人の身体に馬の脚。こんな気持ち悪い化け物が娘だなんて、周りからなんて言われるか』
 母親が手を振り上げ、そのまま少女の顔を殴り飛ばした。少女が倒れ込み殴られた頬を押さえる。
『コイツのせいで、私まで近所の人から変な目で見られて! 可愛いマリアにまで影響が出たらどうしてくれようかと! ずっと死んで欲しいと思ってるのに図々しく生きやがって!』
 怒りをぶつけるように母親は少女に暴力を振るう。少女が泣いて謝っても女の暴力が止むことはなかった。
「ママ、お願い、もうやめて……」
『お前にママと呼ばれる度に虫唾が走るのよ。気持ち悪い』
 もう一度殴ろうと振り上げた母親の手を紫髪の男が止める。その相手を睨みつけた母親は舌打ちをすると手を払ってそっぽを向いた。
 蹲ったままの少女を、白金色の髪をした男が抱き起こした。少女が涙に濡れた瞳で不安げにその男を見つめる。
 母娘をじっと見ていた赤髪の女性が、母親に歩み寄り彼女の目の前に立つと閉じていた口を開いた。
『子どもを殴るのはいくらなんでも』
『……ママは、悪くないの』
 母親を咎めようとした女性を制するように、馬脚の少女が遠慮がちに声を発する。
『ママは悪くない……悪いのは……』
 すっと手を持ち上げて、少女の指がある場所を示した。3人の視線が少女が指差す先――メリーへと向く。
「な……私は……」
 何かを言いかけたメリーは、3人の責めるような視線に何も言えなくなり口を噤む。
 しばらく俯いていたメリーだが、突然木の柵を掴まれたことによりその顔を上げる。少年の、ルビーのような瞳と目が合った。
『メリーはさ、ボクのことも殺そうとしてたんじゃないの?』
 少年の言ったことが理解出来ず、メリーは目を丸めたまま黙って彼を見つめている。何も言わないメリーに少年が答えを急かすように彼女の名前を呼んだ。
「思ってない、そんなこと……」
『嘘』
「嘘じゃないわ、思ってない! あなたを殺そうと思ったことなんて」
『ないって言いきれる? 子どもを何十人も殺した人殺しなのに』
 少年の言葉にメリーが押し黙る。彼を殺そうと思ったことなど本当になかったのに、何故か否定することが出来なかった。
『メリーはさ、羨ましかったんじゃない?』
 少年の肩に手を置いた青い瞳の男がメリーを見つめ、優しく微笑む。
『俺達みたいな、普通の足が羨ましかった。自分と違って愛されてる子供がさ。だから殺して、足を切り落としていたんだよね?』
「違う……」
 違わないよ、という男にメリーが掴みかかった。胸元を掴まれても表情を崩さない彼を、メリーは睨みつける。
 乱れた呼吸を整えもせず自分を睨む彼女を、彼はただ静かに見つめている。
「なにが……あなたに、何がわかるの。何も知らないのに、知ったようなこと、言わないで。私は、私はただ、子どもたちを助けていただけ。どうせ親なんて、すぐ子どもが、可愛くなくなるんだから! だから、私は……」
 最後まで言い終わらないうちに、メリーが掴みかかっていた相手が彼女を突き飛ばす。バランスを崩し、そのまま後ろに倒れ込む。
「随分独りよがりな理由だねぇ」
 魔女が歩み寄ってくる。周りの景色は、いつの間にかあの路地へと戻っていた。
 メリーの前まで来た魔女は、その場にしゃがむと口端を吊り上げる。無様に地べたに座り込むメリーを見つめながら楽しそうに口を開いた。
「お前さんは、子どもを助けてやりたかったんだろう? なら、あの馬脚の子はどうして助けてやらなかったんだい?」
 已然俯いたまま立ち上がろうとすらしないメリーは、魔女の言葉にも何も反応を示さない。それでもなお、魔女は言葉を紡ぎ続ける。
「そんなんだから親にすら愛されないんじゃないの? そしてきっと、これから先も誰にも愛されることなく死んでいくんだろうね。……いや、もう死んでるのか。死刑の瞬間は怖かったかい?」
 問いかけに答えはない。代わりに、ガリッという微かに地面の擦れる音が響く。無意識に拳を握ったメリーの爪が、石畳を引っ掻いたようだ。
 特に気を害した様子もなく、魔女は立ち上がるとくすりと笑う。
「まぁいいや。久しぶりに面白い記憶を見せてもらったからお題は要らないよ。じゃあね、メリーちゃん」
 ひらりと手を振り魔女は路地の奥へと消えていった。1人残されたメリーは未だ座り込んだまま動かない。
 数日前。彼女も風の噂で聞いたことがあったことを思い出していた。
 占い師を騙り、人の記憶を盗み見て心を惑わせる魔女がいると。
「……私は、ただ」
 俯いたまま、ぽつりと言葉をこぼす。
 私はただ愛されたかっただけなのだと。
 ただ友達が欲しかっただけなのだと。 
 言葉をこぼして、何かを堪えるように唇を噛む。
「メリー?」
 パタパタと小さな足音を響かせ、少年がメリーへと駆け寄る。地べたに座り込む彼女に首を傾げ、目線を合わせるようにしゃがむ

「こんな所で何してるの。一人で買い物に出掛けたまま帰ってこないってリーダーが……何かあった?」
 少年の問いに、メリーは黙って首を横に振った。なんでもないと言って立ち上がると、服についた汚れを手で払う。
 どこか様子の違う彼女に少年は怪訝そうな表情を浮かべる。
「メリー、顔色悪いよ」
「そう? 気のせいじゃない?」
 じっと見つめてくる少年に、誤魔化すように笑いかけるメリー。でも、と言葉を続けようとする言葉を遮るように彼女が彼の名前を呼んだ。空色の目がすっと細められる。
「ねぇ、暇でしょ? これから私と遊ばない?」



 メリーが唯一救えなかった子どもは、過去の自分。
 母親の暴力に耐え、空腹に耐えていた幼い馬脚の少女。

 それでも、この世界が夢ならば。
 愛されないことも、救えなかった過去の自分も夢から醒めれば全て忘れる
 現実の自分は既に死んでいて、夢から醒めれば全て終わりなのだから。
 


fin
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