? 登場人物 ¿
アリス
ハクラ
フリーワンライ参加
お題【壊した貯金箱】
昔使ってた部屋に、壊れた貯金箱があった。粉々に割れたそれは、もとは何の形をしていたのかわからなくなってしまっている。記憶を遡り、どんな貯金箱だったか思い出そうとした。
「どうしました、アリスくん。……それは、何ですか?」
いつの間に背後に来ていたのか、ハクラが割れた貯金箱の破片を不思議そうに見つめていた。自分より低い位置にある頭を一瞥し、もう一度手元の貯金箱だった破片へと視線を戻す。
「貯金箱。昔、どうしても欲しいものがあってお金を貯めてたんだ」
何度も何度も、両親に頼み込んだ。でも両親はどうしてもダメだと言って買ってくれなかったのだ。
それなら、自分でお小遣いを貯めて買ってやる。そう意気込んで、貯金箱を買ってもらった。大好きな猫の形をした貯金箱。黒塗りの陶器に、金色の目。お気に入りの貯金箱だった。
それから、僕はその貯金箱にお金を入れるのが毎日の楽しみになった。少ないお小遣いを毎日毎日、その貯金箱に入れた。チャリン、チャリンとお金が貯まっていく音を聞くことがこの上ない喜びだったんだ。
そうして、どれだけの間お金を貯め続けていっただろう。いつしか空っぽだった貯金箱は僕のお小遣いで一杯になった。
すっかり重くなったその貯金箱を抱え、ずっと欲しかったものが売っているお店へと走った。やっと買えるんだ。
だけど、そのお店に、僕の欲しかったものはなかった。僕の欲しかった黒猫は、元々体が弱かったらしく、僕が来る前の日に死んでしまったのだという。
僕は家に帰ると、自分の部屋へ閉じこもった。
無駄だった。全部無駄だった。あの子が買えないなら、この貯金箱も、お金も要らない。
「……っ、こんなもの!!」
持ち上げた貯金箱を壁に向かって投げる。壁にぶつかった貯金箱は大きな音を立てて砕けた。床に貯めていたお金と破片が散らばった。
「へぇ……アリスくんにも、欲しいものってあったんですね」
僕の話を聞いていたハクラが少し楽しそうに笑う。普段感情を見せることが少ない彼が見せた笑みに、少しだけ驚いてしまった。
ハクラは壊れた貯金箱へ近づくと、その破片を顔の前に持ち上げる。
「これは、黒猫、ですか」
さして興味もなさそうに呟いたハクラは、その破片を放る。ガチャンと、陶器同士がぶつかる音がした。
「猫は嫌いです」
腰のあたりから生えた黒い猫の尻尾をゆらゆらと揺らしながら、頭上にある黒い猫耳を揺らしながら、猫が嫌いなどと吐き捨てるハクラ。猫が嫌いなくせに、どうして彼はこんなにも猫のようなのだろう。どうせ聞いても答えてくれないのだろうから、聞かないけれど。
「そういえば、ハクラは大の猫嫌いだったね」
「はい。……でも、クロアは猫が好きなんですよ」
「そっか」
壊れた貯金箱に、壊れた黒猫。
僕の周りには壊れたものばかり。きっと、そんなもの達に囲まれている僕も相当壊れてるのだろうなと思う。でも、全部壊したのは僕だから。そしてそんな壊れたものが好きだから。
もう少し、このままでいるのもいいかな、なんて思ってしまったのだった。
*おわり*