肝試し組で都市伝説3
メリーさんの電話 × 利上 怜(りがみ れい)
小鳥遊 叶音(たかなし かのん)
引越しをするための片付けをしていると、押入れの奥から古ぼけた人形が出てきた。金髪に青い目。幼い頃に、どうしても欲しいと我儘を言い買ってもらった人形だった。
「懐かしい。とっくに捨てたと思ってたのに」
被っていた埃を手で払い、人形を目の前に掲げてみる。なんでこんな人形が欲しかったんだろう。今思うと不思議だ。
確か、名前をつけていたはず。何だっただろうか。メアリー……マリー……そうそう、メリーだ。
「うーん……もういらないよなぁ」
あったことも忘れてたくらいだし、この年になって人形遊びなんてしないもの。それにぬいぐるみなら、ホワイトタイガーがたくさんあるし。ちょっと不気味だし。
人形。“いらないもの”と書かれた段ボール箱の中に入れ、私は残りの片付けを済ませるため手を動かした。
「あー、そういえば引越しするって言ってたねー。いつだっけ?」
「明日。さっきまで片付けしてた」
午後、片付けやら準備やらをひと通り済ませ小鳥遊ちゃんとお茶(と言ってもサイ●リヤだが)に着 来ていた。ストローを咥えた彼女に答えてやると、少しの間の後「えっ」と声を漏らした。なんだろう今の間は。
「大丈夫だったの? ごめんね、忙しい時に誘っちゃって」
「別にいいよー。終わらなかったら断るつもりだったし」
店員が運んできたミラノ風ドリアをスプーンで掬う。ここに来ると、いつもこれを頼んでいるような気がする。
其れを食べながら、私は何と無く見つけた人形の話を小鳥遊ちゃんに振った。
「今日さ、小さい頃に買ってもらった人形が出てきてね」
「人形?」
「そうそう。金髪で青い目のーー」
それから人形について一通り話す。私が話し終えるまで、小鳥遊ちゃんは時たま相槌を挟むだけだった。
私が話し終えると、小鳥遊ちゃんは残っていた飲み物を飲み干しずっと咥えていたストローを口から離した。そして何か考えるような素振りを見せてから口を開く。
「人形かー。そういえば、この間見た都市伝説の中に」
「小鳥遊ちゃんそういうの好きだよねー」
小鳥遊ちゃんはホラーとか悲劇とかが好きらしい。というか、バッドエンドにお熱なんだよね。私は興味ないけど。
「まぁねー。利上ちゃん、メリーさんの電話って知ってる?」
「知らない。何それ?」
「メリーさんの電話っていうのはーー」
小鳥遊ちゃんが話してくれた内容はこうだ。
少女が引越しの際、古くなった外国製の人形、「メリー」を捨てていく。するとその夜、電話がかかってきた。電話に出ると、相手はメリーだと名乗る。イタズラだと思い電話を切ってもすぐにまたかかってくる。そしてその相手はどんどん近づいてくるのだという。
「ま、飽くまで都市伝説だけどね」
「まるっきり状況が一緒なんだけど」
「あたしも引っ越す時、人形捨ててきたけど平気だったよー。メリーじゃないけどね」
まぁ、小鳥遊ちゃんの言うとおりただの都市伝説だ。そもそも人形が動いたり喋ったりするわけないし。
それから取り留めもない話をして、夕方に彼女と別れ帰路に着いた。
「ふー、こんなもんかな」
引っ越しが終わり、あらかた荷物を片付け終わった頃には外はすっかり日が傾いていた。そういえば、少しお腹が減ったかもしれない。
何と無しに携帯を確認すると、メッセージが来ていることに気づいた。相手は小鳥遊ちゃんだ。
『引っ越し今日だよね? 片付け終わったー?』
……暇なのだろうか。
まぁ暇なんだろうな。今日は学校休みだろうし。
『終わったよー。お腹空いたから、おかーさん何か作りに来てよ』
『え? 別にいいけど』
冗談で言ったつもりだったんだけど、まさかのオッケーをもらってしまった。どうしよう。
本当に作りに来てくれるんだろうか。それはそれで助かるんだけど。
確認のためもう一度尋ねる。だが、同じ返事が返ってきた。どうやら、本当に来てくれるらしい。やったね。
『利上ちゃん! 場所教えてくれないとわかんないよ!』
あ、忘れてた。
取り敢えず場所を教えてみると、『じゃあ、材料買って行くねー。お米よろしく』って返って来た。え、今ので場所通じたの? てか、お米ないよ。
その旨を伝えたら、自分の家から持って来てくれるらしい。やった。
それから2時間くらい経ってから小鳥遊ちゃんが家に来た。やっぱり迷ってたみたい。よく来れたね。
「何が食べたいか聞くの忘れちゃったから、唐揚げでいい?」
「いいけど、家に調理器具ないよ」
「うん。かなぁって思ったから取り敢えずちっちゃいフライパン持ってきた。あと包丁」
え、持って来たの。すげぇ。
言った通り、小鳥遊ちゃんは買い物袋とは別に少し大きめのカバンと黒いバッグ(以前包丁バッグだと教えてもらった)を持っていた。
小鳥遊ちゃんに料理を任せ、残っていた荷物を片付ける。
でも、片付け終わる前に料理が出来上がった。早い。
「唐揚げは味付けしてあげるだけだからねー。それに、一人分しか作ってないし」
「小鳥遊ちゃん食べないの?」
「家で晩御飯作らなきゃだから。あ、食器適当に使っちゃったけど平気だった?」
あ、そっか。晩御飯担当なんだもんね。大変だなー。
テーブルに置かれた唐揚げとご飯は本当に一人分だった。ちょっと多い気がするけど。
いただきます、と挨拶をし作ってもらった唐揚げを食べる。おぉ、カリカリ。
「てか、家大丈夫なの? もう6時過ぎてるよ」
「うん、利上ちゃんの頼みだからって言ったら渋々だけどオッケー貰った。ついでにうちの買い物も済ませて来ちゃったし」
洗い物をしながら、笑う小鳥遊ちゃん。私ってどういうイメージなんだろう。
洗い物を済ませたらしい小鳥遊ちゃんは荷物をしまうと、それを持って立ち上がる。
「じゃあ、あたし帰るね。また暇な時カラオケでも行こうねー」
「あ、うん。わざわざありがとね」
一旦食事を中断して、玄関まで行き小鳥遊ちゃんのことを見送った。携帯を手に若干小走りになっているところを見ると、お母さんから連絡来てるんだろうなと想像できる。そんな無理して来なくても良いのにな。助かったけど。
ご飯を食べ終えて、残りの荷物を片付け終わった頃にはすっかり遅くなっていた。明日も仕事だし早く寝ないと。
電気を消そうとしたその時、突然家の電話が鳴った。いらないと言ったのに、一応と繋いで貰った電話。誰だろう、こんな時間に。
「……もしもし」
非常識な人もいたもんだなと思いながら、受話器を取る。だが、電話に出ても相手は何も言わない。
イタズラかなと思い受話器を置こうとした時、やっと相手が話し始めた。
『……し……もしもし、わたし、メリー』
「……!?」
え、今、何て?
有り得ない。だって、あれはただの都市伝説のはずじゃ……。
『もしもし、わたしメリー。今、ゴミ捨て場にいるの』
気味が悪くなり、私は叩きつけるように受話器を置く。ガチャンと大きな音がした。
嘘だ。有り得ない。きっと誰かのイタズラだ。小鳥遊ちゃんが、私を脅かそうとかけてきてるに違いない。
携帯を取ろうとしたところで、再度電話が鳴る。その音に驚いて足を、電話が乗っている台の脚にぶつけてしまった。その弾み受話器が外れる。
『もしもし、わたしメリー。今、タバコ屋さんの角にいるの』
考えるより先に手が出ていた。電話のコードを掴んで抜く。これで電話はならないはずだ。
そして携帯を手に取り、急いで電話をかける。早く出てよ。早く早く……!
『もしもし? どうしたの利上ちゃんこんな時間に』
「小鳥遊ちゃん家に電話かけてきたでしょ!?」
勢いで聞いたため、少し声が大きくなってしまった。私の声はよく通るらしいから自分で思ってる以上に大きくなってるかもしれない。
少しだけ間があり、小鳥遊ちゃんが口を開いた。
『……あたし、利上ちゃんの携帯番号しか知らないよ?』
それを聞いて固まる。
言われてみればそうだ。携帯の番号知ってるのに、普段使わない家の電話番号なんて教えない。現に私だって、みんなの家の電話番号なんて知らない。
じゃあ、あの電話は一体……。
背筋を嫌な汗が滑り落ちる。口を開こうとした時、再び電話がなった。
「は……!? なんで、線、抜いたし……受話器も外れたままなのに…」
『もしもし、わたし、メリー。今、○△□公園の前にいるの』
電話の向こうの声が、家のすぐ近くの公園の名前を告げる。まさか……だんだん近づいて来てる……?
そのことを小鳥遊ちゃんに伝えるが、何も反応してくれない。見ると、電源が落ちていた。こんな時に充電切れとか……。
『もしもし、わたしメリー。今、あなたの家の前にいるの』
『もしもし、わたしメリー。今、あなたの部屋の前にいるの』
もう電話は鳴らない。声だけが、受話器から聞こえてくる。
私はその場から動けずに、とっくに充電が切れ使い物にならない携帯を手に立ち尽くす。
ホラーは嫌いではないけど、自分の身に降りかかるのは勘弁してほしい。
てかこの状況、メリーさんの電話だよね。確かこの後はーー
「わたしメリー。今あなたの後ろにいるの」
* End *