肝試し組で都市伝説4
クネクネ × 生月 伊央(いけづき いお)
家の近所に、三つ上のお兄さんが住んでいた。彼はあたしのことを本当の妹の様に可愛がってくれた。あたしも、お兄さんのことが大好きだった。
小学3年生の夏休み。この日、あたしの家族とお兄さんの家族みんなで出掛けることになっていたの。田舎のじーちゃん家に。
じーちゃんに着いてお昼ご飯を食べた後、お兄さんと一緒に外で遊んだ。遊ぶ、と言っても田んぼと山くらいしかないから、虫取りでもしようかってことになった。
田んぼに挟まれた道を二人で歩く。生ぬるい風が吹いてきた。
ふと視線を向けた先に、白い案山子が立っていた。田んぼの中に立つその案山子は、風に揺られてくねくねくねくねと奇妙な動きをしている。その様子が何だか面白くて、つい立ち止まって見てしまった。
「伊央、何見てんの?」
先を歩いていたお兄さんが、こちらを振り返って首を傾げる。あたしは、あれ見てと案山子の方を指差す。お兄さんがそっちへ目をむけたところで、妙なことに気がついた。
今、風は吹いていない。それなのに、案山子はまだくねくねと動き続けている。……いや、あれは案山子なんかじゃないんだ。
「なんだ……あれ」
風もないのにくねくねと動く白い何か。ここからは距離があって、何なのかまではわからない。
すると、お兄さんは小さな双眼鏡をポケットから取り出してそれを覗いた。数秒したところで彼に異変が起こる。
顔は真っ青になり、冷や汗がダラダラと流れる。お兄さんの手から、双眼鏡が落ちた。
え、何? 何が見えたの? やめてよ……あたし、そういうホラー的なの苦手なのに……。
「ね、ねぇ、何が見えたの?」
「……わからない方がいい」
「え? ちょ、ちょっと……!」
何度も呼び止めたがあたしの声なんて聞こえていないかのように、お兄さんはフラフラとじーちゃん家の方へと歩いていってしまった。
1人残されたあたし。田んぼの中では、未だくねくねと白い物体は動き続けている。足元には、お兄さんの双眼鏡。
怖いけど、でも……気になる……。
双眼鏡を拾い上げると、物凄い勢いで足音が近づいてきた。びっくりして悲鳴をあげてしまいそうになる。思わず双眼鏡を落としてしまった。
「伊央!!」
足音の正体は、じーちゃんだった。ほっとする。
じーちゃんは息を切らせながら走ってきた。膝に手をついて、はぁはぁと苦しそうに息を整える。
あたしの足元に落ちていた双眼鏡を見つけたじーちゃんが、血相を変えて肩を掴んできた。
「伊央、お前アレを見たのか!?」
「え、いや、み、見てない……けど……」
あまりの剣幕に、首を左右に振り答えるとじーちゃんは「良かった……」と言ってその場にしゃがみ込んでしまった。あの白いモノのことを聞いても、知らない方がいいの一点張りで答えてくれない。
今頃になって、とてつもない恐怖に駆られる。生温い風。田んぼの中で踊る(他に表現が思いつかない)白い何か。くねくね、くねくねと体をおかしな方向に曲げている。人間じゃない。何なのかわからない。
あたしはじーちゃんの手を掴むと、力いっぱい引っ張り走った。今はただ、とにかくこの場から逃げることしか考えられなかった。
家に帰ると、お兄さんの家族は泣いていた。そんな家族など気にせず、お兄さんは奇妙な笑い声をあげながらくねくねと踊り続けている。それはまるで、あの田んぼにいた白い何かのような。
話し合いの末、お兄さんはじーちゃん家にいた方がいいだろうということになった。車に乗り、後ろを振り返ると手を振るじーちゃんとばーちゃん。そして、未だにくねくねと踊り続けるお兄さんの姿。
もう二度と会えないかもしれないという考えを振り払い、あたしは双眼鏡を覗いた。
きっと、いつか治る。そしたらまた一緒に遊ぶんだ……。
そんな思いを込めながら、あたしはお兄さんが見えなくなるまで双眼鏡でずっとその姿を見ていた。彼の顔を目に焼き付けるように。
そして曲がり道を曲がった時だった。
夕日に染まる田んぼの中。
あたしは、覗いていた双眼鏡でーー
見てはいけないアレを、間近で見てしまったのだ。
*End*