? 登場人物 ¿
一条 光(イチジヨウ ヒカル)
矢吹 涼(ヤブキ リョウ)
よその子×よその子
放課後、夕日が差し込む生徒会室で一条光は立ち尽くしていた。
ただ意味もなく立ち尽くしているわけではない。彼だって早く帰りたいのだ。苛立ちを隠そうともしない表情が、それを物語っている。
忌々しげに細められた焦げ茶色の目。その視線の先には、生徒会室に一つしかない出入り口。そしてそれを遮るようにドアの前に立つ、一人の少年。
「……何やねん、涼くん」
鬱陶しそうに発せられた言葉。何をしているのかという光の問いを受けても、彼の後輩である少年――矢吹涼は何も答えない。
答えの代わりに彼の口から発せられたのは小さな舌打ちだった。
舌打ちしたいのはこっちの方だ、と言いたくなるが光は口を開かない。
二人して口を閉ざしてしまったため、室内に沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのは涼の方だった。
「なんで、あなたがいるんですか」
光りの灯らない赤茶色の目で光を睨みつけ言葉をぶつける。
発せられた言葉に今度は光が舌打ちをする番だった。ガシガシと金髪を掻き乱し、心底面倒そうに息を吐き出す。
彼は、この後輩が苦手だった。突然殴ってくるわ、暇だと呟けば「なぜ生きてるんですか」と返ってくるわ。この生徒会の副会長を誰よりも慕う彼は、他の人間には一切興味を示さない。それなのに、光だけは別だった。慕っている副会長と共にいることが多いせいなのか、涼は何かと光のことを目の敵にする。本当の理由は、彼にもわからなかった。
「一条さん」
「何やねん」
「死んでくれませんか?」
「何でや!!」
ほんま意味不明やなお前!! という光の怒鳴り声に、涼は眉根を寄せる。まるでやかましく吠える犬を見るような表情を浮かべた。
そんな彼の表情に、光の苛立ちがさらに募る。
「今死なんでも、人間なんやからそのうち死ぬわ。それまで待っとき」
「……それは、ダメです」
一歩、二歩と光に歩み寄り距離を縮める涼。目の前まで来て睨みつけるように見上げる彼を、光は同じようにして見下ろす。
刹那、光の視界がぐるりと回る。次に視界に映ったのは、天井と自分を見下ろす涼の顔。
思い切りぶつけた後頭部の痛みに顔を顰め、目の前にある双眸を睨みつける。
「……っに、すんねんキチガイ」
「僕の知らないところで勝手に死ぬなんて許しません。あなたは僕がこの手で殺すんです。僕の手に掛かること以外で死ぬなんて絶対に許しませんから」
だから、と口を動かしながら掌を光の左胸へ押し当てる。ぐっと力を入れて手を押し付け続ける涼を、光は相変わらず黙って睨みつけたまま。
ほんの僅か、涼の口元が歪む。
「僕の手に掛かって死んでくださいよ、一条さん」
「はいそうですか、って殺される奴がおるか! 何でそう、俺を殺したがんねん! そないに俺が嫌いか! 俺が何したっちゅーねん!!」
怒鳴りながら上に乗る涼のこと退かせようと、胸ぐらを掴む光。その手を払い除け、お返しにとばかりに胸ぐらを掴んできた相手のワイシャツ掴む。
そしてそのまま、今度は押し付ける。ぶつけるような口付けに光の唇は切れ、二人の口内に鉄の味が広がる。
「……勿論、大っ嫌いですよ一条さん」
行動とは対照的な言葉に、光は眉間にシワを寄せる。そんな彼の表情を見て涼は奇妙な笑い声を発した。
そしてゆっくりと左手を振り上げる。ニタリと口端を吊り上げると、光の頬目掛けて振り上げた手を思い切り振り降ろした。
乾いた音が室内に響く。
「――ってぇな、何すんねん!」
「あはっ、痛いのは当然ですよ。本気でやってるんですもん」
以前にもこんな経験をしたことがある。あの時も理由もなく暴力を振るわれた。
理解できない。訳がわからない。何やねんコイツ。
光の苛立ちが限界に達したとき、タイミングを見計らったように携帯が鳴った。着信を告げるその音は、涼のポケットから鳴り響いている。
携帯を開き内容を確認する。どうやらメールが届いたらしい。
メールを開いた涼は、ぱっと嬉しそうな表情を浮かべる。彼をこんな表情にさせることが出来る人物は、現段階で一人しかいない。
光の上から退くと、涼は放ってあった自分の鞄を手に取り生徒会室を出ていこうとする。
ドアを開ける前に、一度だけ光の方を振り返った。
「侑葉さんに呼ばれたので帰ります。さよなら、一条さん」
それだけ言い残し涼はさっさと生徒会室を出て行ってしまう。
光は行き場所を失った怒りをどうすることもできず、その場でしばらく頭を抱えるのだった。
*おしまい*